第三章45 『選択』
「なっ!?」
「――――ッ!!!」
クロエの刀がリヒトーの大剣を貫いた直後、ティアルスの真意を乗せた刃が首に直撃して首の骨を全てへし折る。
折れる音と振動で確信した。いくら外側が硬くたって内側は柔いんだ。
でもそんな程度の負傷はすぐに再生させ残った左腕で攻撃しようとする。
しかし言葉通りみんなはティアルスの援護に回って。
「させねぇッ!!」
「らぁッ!!」
全員で一斉に攻撃し左腕を弾き飛ばす。その隙に動かない大剣を足場にして飛び上がり、唯一残っていた天井に足を付けて思いっきり蹴り飛ばした。やがて神速で落下したティアルスの刃を脳天に叩き込む。これで微かにでも怯んでくれればうれしいのだけど……。
けれど、直後に背筋が凍る光景を目にする。
「嘘、だろ……」
弾かれて防御が間に合わなかったはずの腕が刃を防いでいた。それも右腕みたいに細剣の形状をしながら。
落下速度とか反応速度の限界を見ても間に合わないはずだ。それも全員で攻撃し大きく弾かれた直後なのに。そんなの腕から腕を生やさない限り出来やしない。
逆に言えば生やせば出来るという事なのだ。
――腕から、レイピア……!?
確かに腕は弾かれていた。みんなは腕で防がない様に押さえつけてもいた。それなのに腕からレイピアが生えてティアルスの攻撃を受け止めたのだ。
するとリヒトーの体が震えるので我に返り即座にその場を離れた。
直後に全身から生まれた衝撃波の刃。全員がそれに当てられて血を流しながらも吹き飛ばされる。
「クロエ!!」
「うん!!」
一番傷の浅い彼女の名前を叫ぶと、呼んだだけでティアルスの意図を汲み取ってくれたクロエは即座に行動に出る。みんなが起きるまでの時間を一秒でも多く稼ぐ。それが今の彼女に出来る最大限の抵抗だ。
だからこそティアルスは追撃なしにすぐ立て直す事が出来た。
――負けるな。粘れ!!
止血すらもしないから血を撒き散らしながら突進し、クロエの生んだ微かな隙を突いて思いっきり剣先を突き立てる。
内部から骨が折れる振動を感じる中で床に足が付けば即座に回し蹴りを食らわす。
唯一悪魔化していない顔面を蹴りで攻撃しながらも回転して型を繋げていった。
「貴様ッ!!」
「――させない!」
リヒトーが攻撃しようとすれば全員が大剣を弾いて大きな隙を作ってくれる。その隙をクロエと一緒に突いては内部を破壊し少しでも再生に使う体力を減らした。奴の体が斬れない以上、今ティアルス達に出来る最大限の抵抗がこの程度――――。
そう思っていた。
刀を振る度に舞い散る蒼白い桜と紫のパンジーを見てふと思う。真意っていうのは世界に通じてこんな莫大な威力が生まれてるってイルシアが言ってた。そして個々の魂は果実みたいに枝と繋がって保管されているとも。つまり、世界の中枢を経由してリヒトーへ呼びかける事だって出来るのではないか。
……やってみる価値はある。まずどういう原理で世界を経由しているのかも分からないけど、それでも出来る気がした。だって、イルシアの時もきっとそうだったから。
――潜れ。意識の底へ。
想像する。自分の意識が世界を経由してリヒトーの意識へと繋がり、問いかけるイメージで真意を発動させれば――――。
直後に頭の中で大量のノイズが走る。
「っ!!」
「なっ!?」
互いに戦闘が中断されてしまう程のノイズに足を滑らせバランスを崩した。その瞬間に全員が攻撃を仕掛けるも受け切ったリヒトーは呟く。
「まさか、直接真意で接続してこようとは……」
「言葉で分からないのなら心で分からせるまでだ……ッ!」
よく分からないけど接続できたのは確か。となればどっちの正義が強いかで全てが決まって来る。ティアルスの正義が勝つか、リヒトーの正義が勝つか……。
彼らにも彼らなりの正義がある。アイネスにそう言われた時はびっくりしたけど、でも、逆に言えばそれ相応の正義を持っているからこそこんな事が出来るとも言える。だから許せない。正義を持っているからと言ってこんな酷い事を平気でやっている彼らを。
――もっと深くだ。もっと深く潜れ……!
アイネスがあの世界で言っていた、『正面からぶつかった時、きっとその正義は心に刺さる』という言葉。それを思い出して覚悟を決めようとする。
意識に潜るって事は、イルシアの時みたいに記憶を見る事になるだろう。だからその時にティアルスはリヒトーの正義と対面する。
「これが、貴様の……」
額を押さえたリヒトーがそう呟く。きっとティアルスの意志とかを垣間見てるんだろう。咄嗟に腕を上げてみんなを制止させ、奴が怯んでいる隙にもっと深くへ潜り込んだ。
もっともっと。奴の深層まで――――。
――これが、リヒトーの……。
その先に見えたのは途轍もなく深い悲しみ。全ての空間が悲しみの『色』で覆われ、それらから垣間見える記憶達が見せるのは果てしなく深い悲しみだけだった。
喜びも何もない。何もかも。
これがリヒトーの正義だ。深淵の様に真っ黒な正義。
どんな感情も届かない、絶望の……。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
火の粉が宙を舞う夜。彼は一人だった。
屋敷が焼き払われ、脱出に成功しても既に四肢の半分を失っていた彼に待っていたのは、死のみだった。それが自分の運命なのだと受け入れようと目を閉じる。
熱くて冷たい世界の中、これが終わりだと悟ったから。
――リヒトの記憶……。
まだ幼いながらも自身の死を受け入れる彼を見つめる。
リヒトーはとある屋敷に拾われた孤児だった。その先で彼は色んな感情などを受けて育ち、立派な戦士になろうと志した。……彼も同じく、英雄に憧れる心を持った純粋な少年だったんだ。
そんな彼が自身の死を受け入れようと目を瞑っている。
見ているだけでも胸が痛かった。どこの誰かも分からない人に屋敷を焼かれ、未来を閉ざされ、憧れを捻じ曲げられ、その先に待っていたのが死だけだったから。
空虚な瞳の裏に隠されていた過去がこんな物だっただなんて――――。
「生き残りたいですか」
その時に彼が現れる。黒いコートを着て、見覚えのない黒髪をしたオルニクスが。リヒトーはそんなオルニクスを見つめていると手首を斬り、流れる血を見せつける。体に含めば半永久的な命を得られる吸血鬼の血を。
リヒトーは彼の眼や耳を見て吸血鬼だと判断した。
「生き残りたいのなら私の血を飲みなさい。ただし、死にたくても死ねない呪いを受ける事にもなりますが」
「死ね、ない……?」
「吸血鬼というのは半永久的な命を授かっています。が、人間が吸血鬼へと変わった時、死が確定してる運命から大きく逸れる事になる。それでも構わないのなら、飲みなさい」
オルニクスから投げかけられた選択。ここで死ぬか、死ねなくなる呪いを受けて半永久的に生き続けるか。憧れが叶うかもわからないまま。
それでも諦めきれなかった。
例え叶わない運命にあったとしても、憧れを諦める事は出来なかったから。
「僕は……」
手首に噛みついてまでその血を飲む。そんな光景をただひたすらに見つめていた。記憶を見ているティアルスが彼らに干渉する事は出来ないから。でも、もし干渉できるのであれば――――。そう考えて拳を握りしめる。
「英雄に、なりたい」
「……なれます。あなたなら、きっと」
涙目になりながらもそう言うと、オルニクスは慈しむ様な眼でリヒトーを見ながら頭を撫でた。その姿が残虐非道な事を行っているオルニクスだとは思えなくて、思わず本人なのかと疑ってしまう。
でも彼の瞳には明らかに感情が宿っていた。なのにどうしてあんな空虚な瞳になってしまったのだろう。
ふと言葉が流れ込む。
――憧れは止まらないから。
道は違えど原点は同じ。その事実に複雑な感情を抱いた。
だって、リヒトーは―――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
吸血鬼となりオルニクスに引き取られたリヒトーの向かった先はとある集団だった。多くの黒装束と白装束が道を作り、その真ん中を二人で歩く。
何の感情も無い視線を当てられてリヒトーは呟いた。
「あの、ここは……」
「ここは大罪教徒の本拠地です。私はここの司教なんですよ」
「大罪教徒?」
でもこの時のリヒトーはまだ大罪教徒という存在を知らなかった。首を傾けるとオルニクスはありのままを喋り出す。真実を隠さず、本当にありのままを。
「過去に世界を七度も破滅へと追いやった大罪。それらを信仰する団体が大罪教徒です。かつての大罪を信じ、新たな大罪を生ますべくして作られた最恐最大の暗殺集団」
「暗殺……」
するとリヒトーは驚愕して目を皿にした。命を助けてくれたオルニクスがそんな集団のトップだと伝えられたら、そんな風に驚愕するのも無理はない。
そしたら彼はリヒトーにまた選択肢を投げかける。
「ここ以外にも静かに暮らす吸血鬼の里があります。望むのならそこで平穏に過ごすといいでしょう。ここにいると、あなたも殺害対象にされますから」
「どうして、そんな事に……?」
「大罪教徒は世界の敵。故に発見された瞬間から殺害を義務付けられます。が、あなたはまだ幼いし世界を知らない。故に自身が望めば平穏に過ごす事も出来るはずです」
次々と語られる真実にリヒトーは戸惑った。
けれどまだ小さい彼にそこまでの選択を押し付けるのは酷という物だ。まだ己の道すらも見えず、先導者もいない彼にいきなり生涯を選ばせるのは。
オルニクスもそれを分かっていたのだろう。その表情には苦しそうな色が浮かんでいる。
でも、リヒトーは決めた。
「僕は、あなたに付き従います!!」




