第三章44 『覚悟の準備』
「起きろっての!」
「スリッチ!?」
ふと脳天から襲って来た激痛に誘われて目を覚ます。目の前には怖い顔のスリッチがあって、その後ろにはこっちを覗き込むラコルの姿があった。
精神世界に引き込まれた……って事だろうか。
またこの世界へ来た事に戸惑ってしまうも強く肩を握ったスリッチに驚愕する。
「いいか。お前はまだこんな所で死んでいい人間じゃねぇ! まだまだ守るモンとか沢山あるだろ!!」
「あ、ああ……」
「それを自覚してンなら気絶なんかすんな!」
「いや、彼も気絶したくてしてる訳じゃないと思うんスけど……」
何だか強めに当たって来るスリッチに怯みつつも確かな事を言う彼の言葉を聞いた。スリッチの言う通り、今は気絶なんかしてる場合じゃない。現実世界じゃ刻一刻とみんなの死が迫っているのだから。
ラコルが後ろから止めようとするけど力尽くで振り払い言葉を投げかける。
「まだオメェの心が負けてねぇのなら俺達が背中を押す。心が負けても俺達がオメェの背中を蹴飛ばす。だから負けんな。その灯火を、絶対に消すんじゃねぇ」
「灯火……」
激励って捉えていいのか脅しと捉えていいのか……。素直になっても意外と乱暴な性格な事にびっくりしながらも肩を揺らし続ける彼の瞳を見た。その瞳は顔とは裏腹に無垢で輝いた瞳だったから。
するとアイネスが喋り出す。
「彼らも彼らなりの正義を持って行動してる。正面からぶつかった時、きっとその正義はあなたの心に刺さるでしょうけど、それでもきっと大丈夫」
「正義って……?」
「どうしても諦めきれない時ってあるでしょ? 彼らもそうなのよ。私にはまだ知らない事が多いけど、それでも彼らは彼らなりの正義の中にいる」
「正義の、中……」
諦めきれない時。そんなの沢山あった。諦めきれないからこそ限界を越えてまで戦ったし、ボロボロになってまでみんなを守り抜いた。
まだ彼らとは互いの正義について語った事は無い。
でも分かる気がする。きっと彼らも諦めきれないからこそこんな異変を引き起こしたのだろう。何をしてでもイルシアを《虚飾》にしたい事があった――――。
「それでも許せない」
「なら自分の意志を貫き通して。あの夜みたいにね」
「ごめ――――」
「謝らなくてもいい」
言われてから思い出すけどアイネスの命を奪ったのはティアルスだ。自分の正義を振りかざしてアイネスをこの手で殺して……。でも、同時にアイネスを鎖からも解放した。だから謝らなくてもいいとは言われてもやっぱり罪悪感は残りつづける。
そんな風に俯いていると頬に触れて。
「優しいのね。やっぱり」
「…………」
「きっと大丈夫。私達が背中を押すわ」
彼女の微笑みに応援されて頷いた。すると残りのみんなも一斉に集まっては胸に手を当てる。――――その時、鼓動が大きく脈打った。
この中ではリーダー的な存在なのだろうか。アイネスは微笑みから一変して強気な表情を見せると正々堂々と言った。
「さぁ、みんなを助けて来て!」
そうしてみんなから力を貰って――――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ティア! ティア――――っ!!」
「くろ、え……」
何だか、こうして目が覚める度に泣いてるクロエがいるのにも慣れた気がする。その度にティアルスが目覚めてクロエが喜ぶのも。
強く抱き着いて来るクロエを引き剥しながら何とか起き上がった。全身に激痛が走るのも無視しながら。
でも今はそうしている余裕はない。みんなに応援されてしまった以上、絶対に勝たなきゃ。みんなに心配されない様に。全力で。
だからそれを伝える為にもティアルスは真剣な眼差しでクロエを見る。
「クロエ。……言いたい事は分かるよな」
「分かってるよ。ティアの事だもん」
「それはありがたいっ!!」
そうすると手を取って立ち上がり、既に互いの事を理解してるからこそ何も言わずに行動し始めた。ティアルスは刀を握って戦う為に。クロエはその援護をする為に。……アルスタは身の安全を確保する為にそのまま寝かせておく。
直後にティアルスの存在に気づいたリヒトーから弾幕が飛んで来るけど、間一髪で回避し転がっていた刀を手に取った。そのままバランスを崩しながらも激戦区へと何の躊躇もなく突っ込んで行く。
まず衝撃で後ずさりして来たラインハルトを避け、そして次に全力で構えていたロストルクの肩を蹴り思いっきり飛び出す。
「リヒトォォォォォォォォォォッッ!!!」
「貴様ァァァァァァァァァァッッ!!!」
互いに全力で刃を交える。まあ、リヒトーにとってティアルスは天敵同然なのだから凄い形相になったって無理はない。
ティアルスの真意を真正面から受けてもなお全く引け目を取らなかったリヒトーは更に力を入れ、大剣を大きくしては刀を弾き飛ばそうとする。
「っ!!」
――どこにそんな力が!?
きっと諦められない故の力なんだろう。いつもティアルスが追い詰められてるみたいに、今はリヒトーが追い詰められている。だから今は限界を超えてでも戦っていて――――。
気持ちは痛い程分かる。でも、どうしてもその“諦められない事”が許容できないから。
「――――ッ!!」
わざと刃を滑らせては攻撃を受け流し、腕を深く斬り裂かれながらも回転しもう一度刀を振り下ろした。リヒトーの首へ向かって。
……でも、真っ黒に染まってる首が斬れる訳なく、首に当てられた刀を握り締めると言った。
「無駄だと言って――――」
「これで終わりじゃない!」
直後に割り込んで来たリークとシファー。二人の攻撃を真正面から受けたリヒトーは少しだけ後ずさりし、凄まじい連携で迫ったレシリアとエスタリテによって更に追撃を食らう。けれど全く効果はない。
すると顔以外の全身を真っ黒に染めたリヒトーは乱暴に大剣を振るい、近づいていた全員を振り払っては左手を細長くして一番前にいたレシリアの肩を突き刺す。
――次の手は……そこだッ!!
大きく飛び上がっては戦況を判断し次の攻撃を予測して刀を動かした。イルシア戦で感を強化されたのだろうか、刃を動かした先にはリヒトーの大剣があってそのまま受け流す。
そうして落下するとリヒトーの拳とティアルスの剣先がぶつかって凄まじい衝撃波を生んだ。
「どうして諦めぬ! 貴様らにはもう後がないというのに、どうして――――」
「お前と一緒で諦めきれないからだ! それに、背中を押されたらもう進むしかないだろ!!」
刀身がずれた瞬間に爆発してまた吹き飛ばされる。ティアルスは上空へ。リヒトーは床にめり込む。直後にみんなが追撃を仕掛けようと動き始めるのだけど、それは咄嗟に叫んだティアルスによって制止させられる。
「……ここは俺とクロエに任せてくれ」
「そんなっ!?」
「出来る訳ないだろ! だってもう、ティアルスは――――」
「奴はもうみんなの技を覚えた。全員での追撃が通じるのもさっきので最後だろ」
その言葉に全員が反応した。ティアルスの言葉がその通りだったから。
確かにみんなの連携は凄まじい。でも同じ事を何度も繰り返していれば流石にリヒトーも攻撃方法を学習するのはおかしくない。元に途中からは完全に劣勢だったわけだし。
つまりその解決法って言うのが……。
「みんなはそれぞれの型に縛られて戦ってる。いきなり動きを変えろって言われても無理な話だ。つまり、戦況に応じて臨機応変に剣筋を変えられる俺とクロエしかいないって事になる」
「確かにそうだけど、でも……」
「なら完全に防がれる状況で更に劣勢になりながら戦うか? ……それに、これが出来るのは俺だけだから」
「「…………」」
自分でも不思議な感覚だ。いきなり強くなって、イルシアと渡り合えただなんて。でもだからこそ分かる事だってある。もう弱くないんだって。今度こそみんなに心配させないくらい強くなれるかも知れないんだって。まあ、既に心配はされてる訳だけど。
でも、その通りだからってみんなが諦める訳もなく。
「なら俺達がティアルスを援護する」
「あいつの攻撃は俺達が全部弾く。だから、二人は攻撃に専念してくれ。攻撃が読まれてるからって諦める訳にはいかないだろ?」
「……わかった」
予想してた事ではある。こんな程度で諦めてちゃ英雄になんてなれないから。
だから頷きつつも前を見た。結局は何も変わっていない戦況にリヒトーは鼻で笑い、言葉とは裏腹に余裕路はかけ離れた顔で言う。
「ふん。啖呵を切っておいて仲間一人も動かせんとはな」
「啖呵を切った訳じゃない。ただ覚悟を聞いただけだ。まあ、答えは聞く前から分かってたけどな」
自分で言っておいて何だけど、分かってても尚問いかけるって事はまだ完全には心を委ねられないって事なのだろうか。信頼はしてるし喜んで背中を預けられる。でも、まだそこまでの信頼は勝ち取れて――――。
ちがう。そんな事を考えてる場合じゃないだろう。
今は全力でぶつからなきゃいけない。そんな時に違う事を考えているとすぐに死ぬぞ。そう言い聞かせて気持ちを入れ替える。
「大丈夫。きっとやれる」
小さく呟いた。あの世界でアイネス達からかけられた言葉……。彼女達はかつて敵だった人達だ。でも、あの時にかけられた言葉と微笑みは本当に温かかった。だからそれらに応える為にも今一度気合いを入れる。
それに、状況を変える手なら既に打ってある。
「いくぞ、リヒトー!!」
ほんの微かな静寂を破って走り出した。
ティアルスの声を合図に全員で駆け出し、構えを取ろうとしたリヒトーへ剣先を向ける。――――けれど、既に手なら打っている訳で。
「来い! お前達の――――」
その瞬間、クロエの三連撃が全て一つに重なった超神速の三段突き――――《神剣》がリヒトーの大剣を貫いた。
今回で100話目だー! だからと言って特に何もないですけどせっかくなのでこうして後書きに書き込んでおきます。




