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彼岸に咲く願いの華  作者: 大根沢庵
第一章 零の追憶
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第一章9  『異変』

 あれから必死で走り続けた。

 最初は躓いてた木の根っこにも引っ掛からなくなったし、山下りの時よりも長い距離を走って来た。けど街は一向に見えない。それどころかさっきから進んでるかどうかも分からない。

 ただ1つ分かる事は、


 ――助けて……!


 あの時にも聞こえた助けを呼ぶ声が強くなっていると言う事。より切なく寂しそうな声になっていく声に揺さぶられつつも街を目指す。

 だけど運悪く奴らに出会ってしまって。


「人だ人だ! コロセ!」


「コロセ、コロセ!」


「さっきの奴か!」


 イルシアが討伐していた魔物が前へ立ち塞がる。大きな口をパックリと開いて食べる気力を見せていた。でも立ち止まる訳にはいかない。

 あの時の感覚が蘇る事を信じて刀を握った。


 ――何で俺が《桜木流》を使えるのかは分からない。でもこれだけは分かる!!


 そう己を鼓舞して刀を振り抜いた。

 踏み込みと同時に素早く裂いて消滅させる。そこから勢いで回転し残りの1体の首に刃を叩きこむ。何とか倒せたのはいいけど、やっぱり一息つく余裕も無い。

 ほんの少しでも立ち止まっていると次々と数が増えて囲まれてしまう。


 ――無傷じゃ無理だよな……。


 戦闘をする為の必要最低限の準備しか出来てないティアルスじゃこの数は無傷じゃ捌けない。即座に悟る。だからって逃げられる訳でもないけど。

 でも、それなら傷ついても突破するだけ。


「――――」


 呼吸を整える。

 別に呼吸で体がどうにかなる訳でもなければ呼吸の知識もない。けど今だけは体が勝手にそう動いた。

 ――いつまでも誰かの記憶に助けられる訳にはいかない。


「囲め! コロセ! 囲め!! コロセ!!」


「コロセコロセ!」


 知能はあるのだろうか。周囲を囲んでは陣形らしき形を組んで行った。

 しかし、そんな中でも突破出来る技がある。

 刀を腰に構えて思いっきり体を捻る。イメージするのは足に力が溜まる感じ。そして地面を蹴る瞬間、蓄積された力を一気に解放して――――!


「――らぁぁぁぁぁぁッ!!」


 円形に振った刀は竜巻を発生させて周囲の魔物を一掃する。何でそんな威力を発揮したのかってもちろん思うけど、今だけは気にせず小さな突破口に向けて全力で駆け抜けた。

 どこまで走れば街へ出られるだろう。方角すらも見失ったこの状況で。


 イルシアなら大丈夫。そう信じる事しか出来ない。だってあれだけ大きな化け物を数秒で倒してしまう様な強さだ。ティアルスでも倒す事が出来る魔物なんか目じゃないはず。例え後ろから轟音が鳴り響いたとしても。

 だけど目の前に人影が見えて立ち止まった。


「そこで止まりな、坊主」


「人!?」


 あの男以外にもここに来ている仲間がいたのか。

 木の陰から現れた男は薄青い着物を身にまとい、大きな両手剣をその手に下げていた。それだけで分かる。――――殺す気だって。


「お前も邪魔をするなら殺すのか?」


「分かってんじゃねぇか。じゃ、説明しなくたっていいよな」


「っ!」


 すると凄く重そうな両手剣を振り回して構えた。

 殺し合わなきゃダメなのか。話し合いじゃ解決できないのか。そんな考えが交錯する。だって、目の前の男も色んな思いを得てここに立っているはずだ。なのに殺し合わなきゃ解決できないなんて。

 そうして何の躊躇もなく両手剣を振り下ろす。


「おりゃッ!!」


「くっ!」


 1回の振りおろしだけで地面が割かれる。見ただけでも分かる事だ。あの攻撃なら掠めただけでも重症だって事くらい。

 そして1回で終わる訳もなく、男は次々と一撃必殺の剣を振り回した。


「おらおら! 避けてるだけじゃ殺せねェぞ!!」


 ――やるしかないのか……!


 刀を握り締める。

 別に殺さなくたって別に方法はあるはずだ。重傷を負わせて行動不能にするとか、ちょっと酷いけど剣を振れないように腕を斬るとか。そうだ。殺さなくたって道はあるじゃないか。

 あの動きを使えば一瞬で敵の懐まで入れるはず。そこから一撃を叩きこんで――――。

 倒し方を計算しながらも地面を蹴った。


 この男の剣は確かに脅威となる。掠っただけでも痛いだろうし。けど両手剣ならではの隙もあるからそこを突くように接近できればこっちの勝ちだ。

 姿勢を低くして髪を掠めながらも攻撃を潜り抜けると、両手で握った刀を振り上げた。

 でも、刹那でも動きが止まってしまって。


「――迷ったな」


「しまっ!?」


 直後、腹部に飛んで来た膝蹴りを防御もせずに食らって吹き飛ばされた。背後の木に衝突してからあまりの激痛にその場でうずくまる。

 迷ってしまった。刀を振り上げた瞬間、殺してしまうと思って体が――――。

 男は近づくと両手剣を振りかざしながらも言う。


「戦場ってのは迷った奴から死ぬ。坊主みたいな子供を殺す事にゃ抵抗があるが……すまねぇ。――死んでくれ」


「ぐ……!!」


 上手く立てない。今の一撃で動揺とダメージが一気に来たのか。

 でも立たなきゃ死ぬ。避けなきゃ死ぬ。そう思っても体が震えて上手く動けない。

 そうして男はティアルスの首へと一直線に振り下ろした。けど首と胴体が離れる事はなく、その代わりにさっきよりも強烈な地震と地形変動が2人を襲う。


「またこれか!?」


 ――今しかない!


 男は突然の地震にバランスを崩す。

 それから逃げるタイミングは今しかないと見切って思いっきり身を投げ出した。とりあえずは逃げるしか手は無い。あの時に振れなかった以上、きっと今奇襲を仕掛けても体が硬直するはずだから。

 地面が波みたいにうごめくせいで足をとられるけど必死に走り続ける。


 周囲では何かが潰れるような音が響いていた。何人もの声が重なっている辺り、あの魔物も木々や土の波に潰されているのだろうか。

 でもティアルスにだけ来ないなんて事もなく。


 ――また木々が動いて!?


 見ただけじゃ不自然な動きだった。確実に位置を把握して潰しに来ている様な感覚。それだけじゃなく次々と潰しに掛かって来るって事は、誰かがこの地形変動を行っているって事なのか。そうなったらどれだけ大きな魔法を使える奴なんだ。

 そう長くは持ちそうにない。早い所終わってくれる事を願うけど……。

 足をとられながらも回避するのには思った以上に体力が持っていかれる。


「ッ!」


 遂に回避出来ず突進してくる木に衝突する。

 山下りで衝突する時よりも痛い。膝蹴りの激痛から回復しきってない今じゃこの痛みでさえも致命傷になりかねないのに。

 少し収まったから一息ついても次は魔物の波が襲って来る。


「見付けた。コロセ!」


「また……」


 逃げても追いつかれると判断して迎撃した。飛び込んで来る敵から順に切り裂くけど、さっきので相当体力を持っていかれた。既に足はふらついてさっきみたいな強烈な一撃は繰り出せそうにない。

 畳み掛けるかの様に迫って来る魔物に対処できなくなる。


 ――まずい、体が……!


 鍛えてもないこの体じゃそんなに長く持たない事は分かっていた。でも迫りくる数があまりにも多すぎる。このままじゃ本当に――――。

 その時、消滅せずに残っていた魔物の血に足を滑らせてしまう。

 バランスを崩したティアルスに大きな鎌を振りかざして、


「しまっ――――」


 突如、大きな衝撃が体を襲って何かに持ち上げられる。

 一体何が起こった。そう思って目を開くと何故か地面が遠く離れていて、空中にいるのだと自覚すると声を掛けられる。


「大丈夫ですか!?」


「……?」


 声の方向に振り向くと目の前に少女の顔が映し出され、すぐにこの少女に助けられたのだと自覚した。しばらくすると降下が始まり、少女は自分の脚で着地の衝撃に耐えながらもなんとか着地してみせる。


「大丈夫、怪我ない!?」


「大丈夫だけど、君は……?」


 そうしてティアルスは少女の姿を見た。

 長い黒髪に同色の服を着て、尖った猫耳がある幼い少女。

 だけど、次に刀を見付けて思いっきり距離を取る。もうこの山で刃物を持った人は全員敵だと思っていたから。体力もないけど反撃の為に刀の柄も握る。

 しかし少女は両手を振ると降参のポーズを取った。


「あっ、違う違う! 私に戦う気はないですからっ!」


「どういう事だ?」


「私は他の人とは違う! 何も殺し合いをする為に来たんじゃなくて、助ける為に来たんです!!」


 ようやく使い方が分かって来た魔眼を使って確かめる。『嘘の色』が出てない辺り、本当に彼女は助けに来たのだろうか……?

 一先ずは刀から手を離すと少女は一息ついて話し出した。


「今、この山には異変が起きているんです。地形が変化したり、大量の魔物が現れたり」


「ああ、そうみたいだけど……」


「私はそれを止める為に来ました」


「もしかして1人でか?」


 すると少女は頷いた。

 そんな、こんな危険な所に1人で来るなんて。ここはこんな幼い少女が1人で来ていいところじゃないはずだ。しかも今は異変が起こっている最中なのに。


「って事は、誰がこれを起こしているのかも?」


「知ってます。ただ、一筋縄ではいかなくて……」


 上手く行っていない様子の少女は暗い顔をする。そりゃ、こんな方向感覚の狂わされる地形変動の中じゃ上手く行かなくても当然だ。

 一先ず少女は手をとると移動し始めようとした。


「……ここは危険です。私ならふもとまで案内できます」


「ああ、ありがとう。――でもいいよ」


「えっ?」


 けど、断ると咄嗟にこっちを向いて確認してくる。

 そんな少女に言った。これからどうるすのかを。


「俺も付いていく。この地形変動を止めなきゃ、まともに移動する事も出来ないんだから」


「でも……」


「大丈夫。絶対に足を引っ張らないって言ったら嘘になるかも知れないけど、それでも俺だって戦える。――多分、剣士だし」


「多分?」


 こっちの事情を全く知らない少女は首をかしげた。

 恐らくお荷物にはなるだろう。でもあの魔物にだって勝てたんだ。何とかなるはず。そうやって決意を固めてると視界が少し暗くなった事に気づいて、咄嗟に空を見上げた。そこにはさっきの両手剣の男が今にも大剣を振り下ろしていて。


「――危ない!」


 少女が突進してくる事で何とか回避出来た。

 たった一振りで地面を盛り上がらせると、男は悔しそうに舌打ちをして2人を睨んだ。小柄な少女と戦うんじゃ危険と判断して即座に呼びかける。


「あいつの一撃は地面を裂く程大きい。まともに食らえば刀が折れるぞ」


「重量型って事ですね」


 そうして刀を振り抜く。この男なら逃してくれそうにないし迎撃するしかないのか。2人で敵の様子を観察していると男は喋り始める。


「1人増えてんじゃねぇか。ま、邪魔なら殺すだけなんだけどな」


「この子はこの件を知らない。だから殺す理由なんてないはずだ」


「いいやあるね。邪魔をするなら殺すだけだから」


 聞き訳がない。この調子ならどれだけかかっても殺そうとする事は止めないだろう。奥歯を噛みしめていると、少女は姿勢を低くして突進する態勢をみせる。

 そして小さく話しかけた。


「私が注意を引きます。その内に行動不能にしてください」


「分かった」


 簡単な作戦を伝えると即行で駆け抜ける。その後を追ってティアルスも足を動かす。

 直後、また耳障りな金属音が辺りへと鳴り響いた。

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