アルビノ少女
「葵、お疲れ様。今日も素敵だったわよ」
「ありがとうございます。優香さんもお疲れ様でした」
撮影を終え、セット脇でスタッフに渡された紙コップのお茶を飲んでいると、先程までカメラスタッフの元にいた優香さんが俺の隣に移動してきた。
「寒かったり暑かったりしなかった? 」
「大丈夫ですよ、ちょうどいいと思います」
モデルがファッション誌に載せる写真を撮影するのはだいたい半年前、つまり真逆の季節に撮影を行う。夏であれば冬の写真を撮るし今の季節である春なら秋物の写真を撮る。今は春で、今日は俺と白奈が二人で載っているファッション誌の秋物デートコーデの撮影だった。
「なら良かったわ。あなたもだけど特に白奈は気をつけないといけないものね」
「優香さんが理解して支えてくれてるおかげで白奈も問題なく活動出来てます」
「あら、褒めてくれるのは嬉しいけど今は何も出ないわよ」
「別に見返り求めてないですから」
膨れる優香さんを横目にあははと苦笑して撮影した写真の確認をしている白奈の方に視線を移す。
白く長い透き通ったストレートヘアー、その陰に覗く白い柔肌と彼女を型どる目鼻。幼馴染の俺ですら何度見ても見とれてしまう美しさが彼女にはある。モデルSHiRoNは本物の天使なんじゃないか、エルフなんじゃないかって言われるくらいに彼女は美しい。頭の上に天使の輪があっても、髪をどかしたらとんがった耳が出てきても違和感はない。
「今日も白奈をしっかり送ってってちょうだいね、あの子あなたがいないとどこ行っちゃうかわからないわ」
「わかってますよ、ちゃんと送っていきます」
実際に以前起こったことなのだが白奈がひとりでモデルをやっていた頃、撮影帰りにナンパされて連れてかれそうになったことがある。偶然近くを通った俺が助けて事なきを得たが、次がないとは言えない。それで俺の住むマンションとは真逆だが白奈を家まで送るようにしているのだ。
「優香さん、お疲れ様です。あおにぃ、早く帰ろう? 」
「お前を待ってたんだぞ、まったく」
「そうだったの? 待たせてごめんね」
足りない身長を上目遣いというチート技で今にも消えてしまいそうな儚い笑顔を向けてきた彼女には何度もドキっとさせられる。学校にいる時や撮影してる時は弱さを見せないくせに終わってしまえばこんなにも弱々しい。
「ほら、早く着替えてこいよ。俺はすぐだけど白奈時間かかるだろ」
「うん、じゃあ行ってくる」
控え室の方へ小走りで少しフラフラと駆けていく彼女は昔近所の公園で無邪気に走り回っていたあの頃とは少し変わってしまった。あの頃のまだ何も知らなかった白奈はもう居ない。白い肌白い髪赤い目の彼女の体質は、着実に彼女の身も心も削っている。
小さい頃からずっと隣にいた俺にだけ見せる隣からのにやにやとした視線に気づいてすぐに頬が引きつってしまったが。
「あなた達は本当に仲がいいわね。なんだか熟年夫婦って感じだわ」
「あはは…ただの幼馴染ですよ」
「ほんとにそうかしら。あなたがそう思っててもあの子がどう思ってるかはわからないわよ? 」
「あいつも同じですよ。それに俺に向いてるあいつの気持ちはそういうのというより依存ですからね。いい加減卒業してもらわないと困りますよ」
じゃあ失礼しますと言い残して俺も自分の控え室に向かう。白奈が俺に向ける強すぎる依存は彼女の幼少期が大きく関わっている。今でこそ彼女の体質を理解した上で接してくれる人が増えてきたが、昔はそう行かなかった。彼女には家族と隣人である俺の家族、そして同い年の俺だけだった。それ故に俺に依存するのは責めれない、しかしいい加減卒業して欲しいというのが本音だ。
着替え終わって荷物をまとめた俺はスタジオの建物の入口で白奈が出てくるのを待っていた。それにしても女子の着替えはたいへん時間がかかるものだ、かれこれ三十分が過ぎようとしている。いつも通りスマートフォン向けのオンラインゲームをポチポチしているとぜぇぜぇと過呼吸になりかけている白奈が俺の前に走ってきた。
「あお、にぃ。お待た、せ、」
「んなっ、謝らなくていいからまずは息を整えろ、ほら吸って、吐いて」
彼女の背中をさすって一旦呼吸を落ち着かせる。持っていたお茶も渡して彼女が落ち着くのを待った。彼女はアルビノ、つまり身体が普通の人より弱い。日頃からあまり動きすぎるなと言っているのだが…。
「すー、はー、すー、はー、ふー、もう大丈夫。色々ごめんね」
「気にするなよ。そんなことよりお前の体は無理しちゃいけないんだから、遅いのなんて気にしないから次からは走るなよ」
「うん、ほんとにごめん」
頷いた彼女の頭に手を乗せて優しく撫でてやる。昔から白奈はこうして撫でてやるのが好きだった。今ではこっぱずかしくて白奈が弱ってる時くらいしかやらないが。
「あおにぃに撫でられるの久しぶり」
にへらぁと嬉しそうな表情を浮かべる彼女にどうしたらそんなゆるゆるな表情になるんだ、女の子って不思議だなぁ、なんて思いながらポケットの中を探る。手に触れた袋入り飴を取り出して彼女の手に乗せて夜の街に向けて歩き出す。
「ほら、今日頑張ったご褒美。それ舐めて早く帰るぞ」
「ありがと…あ、待って〜」
昔からとにかく飴が好きだった彼女は仕事おわりにこうして飴を贈呈するとすごく喜んでくれる。そんな白奈に飴を用意して渡す瞬間が俺の楽しみの一つだったりする。
夏に向かって少しずつ春から季節が変わりつつあるとはいえ七時にもなれば暗くなり始めるもの、カラフルな光で彩られた都会の街並みを見ながら俺と白奈は駅までやってくる。
改札の前まで来たところで隣を歩いていた白奈が突然立ち止まった。
「あおにぃも忙しいんだから、しろはここまででも平気よ? 」
「俺は大丈夫だよ、また前みたいなことが起こる方が問題だろ。ちゃんと送ってくよ」
「うん、ありがと…でも疲れてる時はちゃんと言ってね。しろのせいであおにぃに迷惑かけたくないから」
俯きながら呟く彼女にもう一度よしよしと頭を撫でてやり握りしめた彼女の手を引いて改札に入る。
「これは俺のためだから、迷惑だなんて思うわけないよ。ほら行くぞ」
「うん…」
本当に白い肌、白い髪から除く端正な顔立ち。一件この世の全てから祝福されたかのような美しい容姿は彼女にかけられた呪いに等しい。今も白奈とすれ違った人が皆彼女に振り返る。
先天性色素欠乏症、通称アルビノ。メラニン色素が欠乏して生まれてくることで現れる白い個体。動物の例がよく上がるが、人間も例外ではない。特徴は全身真っ白な肌に、真っ白な毛。そして、赤く爛々と輝く瞳。通常の個体に比べて壊れやすく柔い。メラニンの欠乏した白い肌は日光を浴び続ければ重度の火傷を引き起こし皮膚がんになる可能性が極めて高い。同じくメラニンが欠乏した瞳も日光に弱く日差しの対策は、常に気をつけなければならない。視力も弱くなり、メガネが意味をなさない。彼女の場合視力は生活に支障のない程度の視力を記録している。ただ、もちろん人より見えずらいし、この先完全に目が見えなくなる可能性もないとは言えない。既に距離感が掴みづらい時があるらしい。
彼女は何も悪くない、生まれた瞬間から辛い生活を強要されたようなものだ。電車の窓に流れる都会の夜景を眺めながら、この先白奈に起こることを想像して唇を歪める。そんな俺に気づいたのか着ていたパーカーの袖を引く白奈。
「あおにぃ、どうしたの? 顔色悪いよ? 」
「…あぁ、ごめん。少し考え事してただけだよ」
「そうなの? 辛いことがあったらしろが聞いてあげる」
「ありがとう。次からそうしようかな」
もう一度、彼女の頭を優しく撫でて俺はあらためて心に刻む。この子がこの先どんな運命に巻き込まれても俺だけは近くで支えよう。彼女にとって俺の存在がどうあれ少なくとも俺だけは彼女の味方でいてやりたい。一応言っておくが恋心では無い、幼馴染としての俺の責任だ。
「お前も悩みとかあったらすぐ言えよ? 」
「うん…!」
再び見せた無邪気な笑顔。そんなに笑顔振りまかれると俺の心臓が持たないんですが…。
ちょっとした照れ隠しにわしゃわしゃと彼女の髪を撫でてやると『くしゃくしゃになった』と不満を漏らしながら肩を叩く彼女にごめんごめんと苦笑して、俺は窓の外に視線を戻したのだった。
「早速で悪いんだけどさ、そのあおにぃって何とかならない?こんな歳になってその呼び方は恥ずかしい」
誕生日が少し先と言うだけでいつまでもあおにぃ呼びされてはたまったもんじゃない。
「やだ」
「デスヨネ」
以前投稿していたものの続きを書いていきます。
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