悪魔の話
俺は悪魔だ。
悪魔は人間と契約をして、命や魂、身体の一部を奪っていく。
まあその代わり、人間の願いを叶えてやってるからそれ相応の代償というわけだ。
……だがまあ、嘘をついて人間に絶望をあたえる悪魔もいるがな。
いや、契約を守る奴の方が珍しいか。
ちなみに俺は契約は守る方だ。……勝手に勘違いして怒ってきた奴もいたけどな。
契約の際はちゃんと敬語を使うようにしてる。
そのせいで俺に歯向かってくる奴もいたが、そういう奴らは全員命を奪った。
悪魔は人間の命や魂を食べると強くなっていく。
だからより多く手に入れようと契約者の周りの人間を皆殺しにする奴もいる。俺はやらないが。
ん?……喚ばれたみたいだな。行くとするか。
魔方陣が光り、悪魔は現れる。
「願いは何ですか?」
「おお、悪魔よ!殺して欲しい人間がいるのだ!」
「……」
こういう人間が多いんだよな。
「名は木下。こいつだ」
そう言って人間は写真を見せてくる。
………はいはい、こいつを殺せばいいんですね。
「……代償は君の命です」
「ああ!それでいい!」
「……」
意味わかんねえよなぁ、ほんと。自分も死ぬのに悪魔に頼むとか、馬鹿じゃねぇの。
そんなら自分で殺した方がいいだろ。
……まあ、自分で手を汚したくないだけだろうが。
「これで、彼奴がやっと」
「……契約は成立です。木下という人間を殺したら、君の命を貰います」
「ああ、持っていってくれ!」
「………」
これ魂と勘違いしてるな、絶対。
……ちゃんと俺は言ったからな?
「よっと」
木下とかいう奴のいる場所に魔術を使って向かう。
一瞬でそいつの元へ移動した。
「……」
木下の後ろに現れその首を刈り取った。
断末魔を上げることもなく、死んでゆく。
「……」
依頼完了ってね。
心の中でそう呟き、契約者の元へ戻る。
「終わりました」
「おお、終わったか。死んだのか、死んだのかあの男は」
「はい」
「そうか、そうか!」
目の前の契約者は嬉しそうに震えている。
……馬鹿だなぁ、冥界でまた遭うのに。
ま、どうでもいいけどさ。
「それでは」
悪魔は大鎌を構え
「その命頂きます」
契約者に振るった。
「うーん……」
仕事が終わり家で寛ぐ。
今日の奴は美味しくなかった。まあ、美味しいのは稀なんだけど。
誰だって美味しいものと美味しくないものだったら美味しいものを食べたいに決まってる。
「はぁ、」
ため息をつく。
この頃美味しいもの食べてないな……
魂は何だって美味しいけどなるべく無垢な汚れていない魂が食べたいんだよな。
光に強くなれるから。
汚れている魂を喰うと闇が濃くなって聖職者に殺されやすくなるんだよな……
「……腹へった」
とりあえず外で何か買ってこようかな。
別に食べなくても死なないけど、今は何か食べたい気分だ。
「行くか……」
椅子から立ち上がり玄関へ向かった。
この前人間が魔界に来た。と言うより迷いこんで来た。綺麗な魂を持った子供だった。
騒ぎになって周りの悪魔達がその魂を食べようと子供に襲い掛かったが、とある悪魔に阻まれた。
その悪魔は酷く強く、周りの悪魔を全て吹き飛ばした。
子供はその悪魔に連れられて行った。それから子供がどうなったかは俺は知らない。
もう魂を食べられて死んでいるかもな。
魔方陣が光り、悪魔が現れる。
「願いは何ですか?」
目の前にいたのは茶髪の少年だった。この少年が悪魔を喚んだのだろう。
「願い、は……」
こんな少年が悪魔を呼び出してまで叶えたい願いは何なんだ?
「俺の、好きな人を守って欲しい」
「……はい?」
「ええっと、」
少年の話はこうだ。
少年は自分の思い人が悪魔に狙われていると知った。だが自分じゃ悪魔には敵わない。ならどうすれば、と考えて『そうだ!あの悪魔に対抗できる悪魔を喚ぼう』と思ったらしい。そして悪魔を喚んだ。
「……それで君の魂が代償になってもですか?」
「好きな人のためなら」
「……そうですか、」
好きな人のためなら魂さえ差し出すなんて、ちょっと理解が出来ないな。
……まあでも、それほどまでに好きだってことか。俺にはよく、わからない感情だな。
「……代償は左腕だけでいいです」
「!……ありがとう!」
「……別に」
満面の笑みで、そんなこといわれても。
「にゃあ」
猫の姿になり少年の鞄の中に入る。
「だっ大丈夫?狭くない?」
「……別に平気です。早くその君の思い人の元へ行きましょう。」
「わ、わかった」
少年は頷いて鞄を肩にかけた。
鞄の空いた隙間から外を覗く。
玄関のドアが近づいてくる。いや、少年が近付いていく。
変な感じだな。自分が一切動いていないのに近づいているっていうのも。
「行ってきます」
少年は家の中に向かってそう呟くと玄関のドアを開けた。
少年が通う学校に着いた。さて、
『それで、君の思い人とはどこにいるんですか?』
「へ?えっ?」
少年が驚いて声をあげた。周りにいる人間達が訝しげに少年を見る。
『落ち着いてください、テレパシーと言うやつです。君にしか聞こえていません。心の中で話してください』
「っ!…は、はは……」
少年は周りを見て笑って誤魔化し急いで学校の中に入った。
『そ、そういうのは早く言ってよ!』
『すみません、忘れていました』
少年が下駄箱に靴をしまい上履きは出して床に落とす。
「お!おはよう、隼人」
後ろから声がかけられた。少年は少しビクッとして振り返る。
「お、おはよう。彼方」
少年に話しかけてきたのは黒髪の顔の整った少年だった。
…この魂、どこかで。
『この人です』
『はい?』
『俺の、好きな人……』
『え、あ……男?』
驚いて少し固まる。
『そう、です。はい』
『……』
『だ、駄目?』
『……いえ、驚いただけです』
『本当に?』
『はい』
『そっか、良かったぁ……』
『……』
と、いうか思い出した。彼はあれだ。あの時魔界に迷いこんで来た人間だ。悪魔に狙われているのはそれ関係か?……なら、もしかして………あー、嫌な予感がする。来るのが弱いのだといいなぁ……
『次は何の授業なんですか?』
『次はー……数学だね』
『数学ですか……』
暇つぶしに少年に話しかける。少年は律儀にちゃんと答えてくれる。
『そういえばさ』
『はい?』
『悪魔さんにも学校ってあるの?』
『ありますよ、一応』
『一応って?』
『学校って言っても契約の仕方や強くなるためにはどうするか、などわかりきっていることを説明されるだけの場所ですからね。いつも殺伐としていて戦場みたいな場所でしたよ。別に通わなくともいいですし』
そう、あそこはいつも殺伐としていた。だから途中でやめたんだよなあ……
『せ、戦場って、そんなに危なかったの?』
『気を抜くと死にますね』
『そ、そんなに……』
少年が少し青い顔をして黙った。魔界は危ない場所ですからね。まあ、君には関係ありませんよ。君が魔界行くことなどないでしょうから。
!、悪魔の気配!というかそういえば、
『少年!君の思い人は今どこに?』
『へ?それなら席に……っていない!』
『…悪魔がきました。おそらく、というか絶対に君の思い人が狙われています』
「なっ!」
少年が立ち上がった。周りは驚いた顔で少年を見ている。
『今すぐここから脱け出して少年の場所に行きましょう』
『うん』
少年は俺が入った鞄を持つ。
「す、すみません!えっと、用事が出来たので早退します!」
「えっちょっと待ちなさい!」
後ろから少年の先生の声が聞こえたが、無視して少年は走った。
『次を右です』
「了解!」
少年が右に曲がるとそこには少年の思い人と悪魔が対峙していた。
あの悪魔……俺より少し強いな。……不意討ちしよう。
「彼方!」
『ちょっ!』
少年に呼ばれ彼は振り返った。驚いて目を見開いている。
「隼人!?どうしてここに……!」
『話しかけてどうするんですか!バレないように不意討ちして殺す予定だったのに!』
「へ!?ご、ごめん!」
『もう、いいです。やっちまったもんはしゃあねぇってやつです』
『す、すみません……』
「隼人……危ないから後ろに下がってろ!」
「は、はい!」
少年が彼に言われて後ろに下がる。
「ははは、成る程なあ。……なあ、お前は俺が彼奴を殺したらどんな表情を浮かべるんだろうなあ?怒り?悲しみ?絶望?」
「っ」
少年が息をのむ。
「うるさい!隼人に手を出すな!」
彼は悪魔に向かって声を荒らげた。
『悪魔さん、あの悪魔を倒して』
『…いいんですか?』
『……えっ?何が』
『僕が君から離れたら、君は多分死にますよ』
『………いいよ、別に。彼を守れるのなら』
『…、……わかりました』
俺は少年の鞄のから飛び出した。降りて少年の顔を振り仰ぐ。
「死んだら、その時はその時、だよ。悔いはない」
少年は悲しそうに笑った。
「、……」
俺はそれ見た後、急いで悪魔にバレないよう近くの生垣に隠れた。
さて、どうするべきか。今出ると確実にバレるな。
攻撃した瞬間なら避けられないか?……やってみるか。
「くくく、さーてどうするか。」
「は!雑魚悪魔が、俺を殺せないからって他の奴を殺そうとしてんじゃねえよ!」
「なに、貴様ぁ。俺のことを雑魚と言ったな」
「本当のことだろうが!」
「…殺す」
悪魔が一瞬で彼に近づく。今だ。すぐに人形に戻る。
「なっ」
彼が驚いて目を見開く。悪魔の動きに反応出来ていない。
「駄目っ!」
少年が彼を押した。そして、悪魔の腕が少年の胸を貫いた。
「っ!」
何を動揺している?少年が死んだとしても関係ないだろう。
「はぁっ!」
今は目の前の悪魔を殺せ!後ろから左肩から下に斜めに斬る。
「がぁっ!きさまぁっ!!」
少年の身体から悪魔の腕が抜ける。少年は地面に倒れ伏した。
悪魔が振り返った瞬間血に濡れた右腕を切り落とした。
「ぐっ…がぁ!」
悪魔が残った左腕で攻撃してくるが傷をおったためか遅い。それを避けて今度は前から左腹から右肩へ左腕ごと斜めに斬った。
「がっあぁ……」
悪魔が膝をつく。俺はその首めがけて大鎌を振った。
悪魔の首が飛ぶ。首から血しぶきがあがり、悪魔の身体は倒れ伏した。
「……」
終わった。
彼は目を見開いて俺を見ている。驚いて動けないようだ。
俺はそれを無視して倒れ伏す少年の元へ向かう。
少年の近くにより膝をついて身体を抱き起こす。
「少年」
少年に呼び掛けると、少年はゆっくりと目を開いた。
「悪魔、さん」
少年の目は少し虚ろだ。
「彼方は、彼は、無事、ですか?」
「……はい」
それに肯定すると少年は笑った。
「よ、かったぁ……俺、守れたんだ」
「はい」
「好きな人を、守れたんだ」
「はい、」
「ねぇ、悪魔さん」
「な、んですか」
「ありがとう」
「なっ」
「彼を守ってくれて、ありがとう」
「っ!」
何で、何で、どうして笑う。どうして笑える!?何故!!
「何で、」
「……」
「何で、どうして笑える!?君は死ぬのに、何故……っ!」
少年の顔に滴が落ちる。
「悪魔さん、」
一滴、また一滴と少年の顔を濡らしていく。
「泣か、ないで」
この滴は俺の目から流れていた。俺は涙を流していた。
「悪魔さん、俺、悪魔さんを喚べ、て、良かった、と思ってる、よ?」
「何を、言って」
「あり、がとう」
ふっ、と少年は笑って、目を閉じた。
「……は、本当に、何を言ってんだ。馬鹿、」
俺は笑って、少年の身体から少年の魂を抜き取った。
「お、前何やって……」
さっきまでずっと黙っていた彼が喋る。
俺は少年の身体を置いて立ち上がる。その直後、俺の足元に魔方陣が現れる。
「っおい、待て!」
「じゃあな」
魔方陣が光り、俺はその場から消えた。
「隼人……」
彼は残った少年の遺体を見て、手を強く握り締めた。
「ほら、行け」
冥界の入り口の近くで少年の魂を放す。
「あのままあそこにいたら、他の悪魔に魂を喰われたかもしれないからな。だからここまで連れてきたんだ」
少年の魂は俺の目の前でふよふよと浮いている。
「あそこが冥界の入り口だ。あそこに入ればもう悪魔には狙われない。だから早く行け」
少年の魂を冥界の方へ押す。
「行け、少年」
少年の魂はふよふよと冥界の方へ向かう。途中で一回止まるが、すぐに動きだし冥界へと入って行った。
「……これで、大丈夫だ」
俺は踵を返して魔界に戻って行った。
この後魔界に帰ったら全悪魔から命を狙われたりしますが、それはまた別の話。