第一章6 『差しのべられた光』
今日も朝が始まってしまった。
朝日に睨みを聞かせながら、クライは一人、パンをかじっている。
「……」
路地で不思議な少女と出会ってから、悪夢しか見ていない。
ダンジョンの奥深くで、仲間たちが死ぬ夢ではない。
それまでの楽しかった日々が過っては消えていた。
「……こんな役立たずに、憧れたとか」
『あなたに、憧れたからです!』
あの時の言葉が、脳裏に残って離れない。
シャリーン。
「……?」
唐突に家のチャイムが鳴った。
普段通り無視する。
シャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリンシャリイイイインッッッッッ!
苛ッ……!
あまりの嫌がらせに、クライは立ち上がって玄関を目指す。
そして自分の顔を見ればすぐに立ち去るだろうという甘い考えで扉を開けた。
「お久しぶりですね!」
バタン!
「ちょ、何で閉めちゃうんですか!」
焦った声で抗議され、そのままチャイムの連打に移行する。
最悪だった。クライの顔を見ても立ち去らない、あの時の少女だった。
「開けてください! 話があるんです!」
こうなれば開けるしかなく、クライは渋々扉を開く。
扉を開くと、満面の笑みを浮かべる少女メアリと、後ろに見慣れない男女四名が並んでいた。
彼らの意味はすぐにわかった。
「もしかして、仲間を集めたのか……? この短期間で、僧侶で……どうやって」
「ふふん。私のカリスマですよ!」
バタン!
「う、嘘です! 開けて~~!」
もう一度開けると、メアリは足を挟むようにして扉を固定した。
「どうやって、ここを突き止めたんだ」
「街中で知られてますよ? そんなことよりも、どうですか? 探求団結成まであと一人。誰か優秀な指揮官はいないかなあ?」
わざとらしい。
メアリは唇に指を当ててきょろきょろとする。
「俺は、もう戻らない」
「駄目です」
「……普通の連中は、あんたと違って俺の事が嫌いだろ」
「いえ。ここにいる方々は、クライさんが団に入ることを知った上で集まっています」
つまり、相当な変わり者集団ということだ。
クライは経験でわかる。
そういう者達は、他の団から退団させられた連中に違いない。
「悪いが――」
クライが断ろうとすると、メアリはこちらをジッと見ていた。
「な、なんだ?」
「クライさんは、どうして黄昏の探求団が壊滅したとお思いですか?」
「そんなの、俺の――」
「いえ」
強い口調で、彼女は否定する。
「何を言ってる。俺以外に――」
「あなたに……軍神クライ=フォーベルンに、他の方々が頼り過ぎたからです」
「……!」
何を知った風な……。
「何を知った風な……と言いたいですよね」
「――!」
「そうです。私は噂でしか、あなたの事を知りません。でも、あなたに全ての非があるとは思えない。あなたのファンだから、そう思うんです!」
「ファン? あのなぁ、人を死なせておいて、非が無いって言うのか?」
「個人にはありません。非があるのは、探求団です。違いますか?」
「それは……」
「今でも、私の心は変わりません。あなたと、夢を追いたいんです!」
「――!」
理屈じゃなかった。
罪悪感も、この時は忘れた。
ただ、信じたいと思ってしまった。
「どうして、そこまで俺を評価するんだ」
「そんなの、実績があるからです」
「……仲間を死なせたんだぞ」
「私は死にません。あなたがいます」
一つ一つの言葉に、メアリの芯の強さを感じ取る。
どうして彼女がここまで、自分に必死になるのか。
それだけは分からなかった。
ただ、目は本気だった。
「あなたじゃなきゃ駄目なんです。私達と一緒に、探求者になってくれませんか?」
「……」
その言葉で、体中に衝撃が走る。
同時に脳裏をよぎったのは、いつかの陽だまりだった。
『こんなところで何してんの?』
『マリーか……。昼寝だよ。光の星が真上の時は気温が高くて眠りやすい』
『うわぁ、つまんなそ~』
『いいだろ。どうせ、何をしたってつまんないんだし』
『ふっふっふ。そこでクライくんに、一つ提案があるんだよ』
『提案? またくだらないこと企んでるんじゃ――』
『違うよ! あのさ、二人で探求団を作ろうよ! そんで、ダンジョンに挑むの! どうかな? 昼寝ばかりの生活より楽しいよ、きっと!』
『探求団って、あの? 本気かよ?』
『うんっ! だって、うずうずしない? なんか理屈じゃなくてさ!』
『――!』
あの時も、同じ衝撃が走った。
忘れていた、少年の心が刺激された感覚。
彼女の、大切な言葉。
「お願いします!」
メアリが頭を下げる。手だけはこちらに差し出され、握ってくれと言っていた。
これは当然、握れば承諾の意味を持つ。
「……!」
見ると、後ろに並ぶ他の連中も固唾をのんで見守っている。
「俺は、もう――」
それを見てもなお、クライが思い悩んでいると、不意に背中を押された気がした。
「マリー……?」
「え?」
「い、いや、なんでもない」
確かに彼女が、彼女達が、ここにいた気がした。
何度か心の内で確かめる。
本当にいいのか。
だが、その答えをくれる者はいない。
「……」
だから、選ぶしかなかった。
自分が、こうしたいと思える方法を選ぶ。
それが、握手に応じるということだったのだから。
「……あっ! あ、握手してくれたってことは!」
「こんな死神を団にいれるなんて正気の沙汰じゃないが、付き合ってやるよ」
「ど、どうして急に! 断られると思ってたのに!」
メアリはそう言ってブンブンと握った手を振る。
彼女の言葉に、その時ばかりは、恥ずかしげもなく、こう答えるしかなかった。
「理屈じゃない。なんとなく、こうしたかったんだ」
「……! 交渉成立! やったよみんな!」
メアリは喜びのあまり後ろの仲間たちの元へと駆け出し、はしゃぎまわる。
「これで、いいか?」
独り言をつぶやくと、そよ風がクライを包むように吹き抜ける。
それが彼女達の返事のような気がした。
「……そうか」
こうして、クライ=フォーベルンの物語は、再び始まることとなったのだった。