第一章43 『最高の景色』
人面大樹との戦闘があった地点から数分歩いたところに、不思議な形をした真っ赤な扉があった。
そう、これこそが最深部の部屋の証。
「ここが、コヤードの最深部ってことですか?」
「そうだ。この扉を開く権限は、団長にある。メアリ、お前だ」
「……! そ、そうなんだ。じゃあ、開くね」
指名されて緊張したメアリは、すぅっと息を吐き、扉に両手を乗せると、静かにそれを押し込んでいった。
ガガガガッ。
埃を立たせながら分厚い扉が開かれていくと、その奥から水の音が聞こえて来た。
「――!」
メアリはいち早くその光景を目にして息をのんでいる。
続いて目にした者達も、言葉が出てこないようだった。
「……く、クライさん。これ」
クライの隣で、ミスティールは両手で無意識に口を押えている。
それほどまでに、圧倒されたのだろう。
「そう。これがダンジョンを制覇した者のみが拝める光景……世界中を探しても拝むことの出来ない、最高の景色だよ」
そこに広がるのは、遺跡の中とは思えない神秘的な光景。
綺麗な緑と、一面に広がる鏡のような透き通った湖。地上でも目にかかることの出来ないような、森林の中のオアシス。
これがコヤードの最深部に広がる、クライを焚きつけた光景だ。
「綺麗です。とっても」
ミスティールが目に涙を溜めて感想を言った。
他の面々も、その光景に目を奪われており、中には涙ぐんでる者もいた。コヤードに足を踏み入れた初日を思い出しているのかもしれない。
「ダンジョンの最深部には、財宝が眠っている。けれど財宝の形は様々で、真理を覆すようなものもあるかもしれないし、文字通りの金銀財宝があるかもしれない。そして、富には変えることの出来ない感動も、財宝の一つなんだ」
「素敵ですね……」
「実は、俺がダンジョンに挑むのは、富でも名声でも神秘の力でもなくて、仲間と一緒にコヤードみたいな誰も目にしたことの無い光景を見たかったからなんだ」
「そうだったんですね……なんか、ロマンチックです。さすが、わたしの彼氏さんです」
「照れるからやめてくれ……」
「ふふっ」
「でも、こうしてまた、この景色を見られてよかった」
「何度か、見たことがあるんですね」
「うん。初めてダンジョンを踏破したのが、ここだったんだ。記録に残ってるのは黄昏の探求団としてだけどね」
「?」
「でもよかった……三度目に、また新たなスタートを切れた気がするよ」
「クライさん……わたしも、そのスタートラインに立っていましたか?」
「もちろん。ここから一緒に、頑張ろうな」
「はいっ!」
ミスティとクライが肩を並べて話し込んでいると、メアリが突然、話しかけて来た。
「二人して、なんかいい雰囲気過ぎない?」
「メアリ!?」「メアリちゃん!?」
「やっぱり、立ち位置が違う気がするんだけど」
「め、メアリちゃん、しつこいですよ?」
「しつこくもなるよ。だって、クライのこと好きだもん!」
「わ、わたしの方が好きです! それに彼女ですから!」
「ぬぐぐぐ……で、でも、最初にクライを誘ったのは私だもん!」
「関係ないです! きっかけを作ったのがメアリちゃんだとしても、クライさんが好きになってくれたのは、わたしです!」
またしても二人の言い争いが始まってしまう。
「これは、止めに入ったら痛い目を見そうだ……」
「彼女を護ってやらないのか?」
アスカがからかうように声をかけて来た。
「護ったら、メアリがうるさいだろ」
「団長だからな……ふふっ」
「兄貴はモテモテっすからね。ま、行きつけの店だと、俺様の方がモテてますけどね」
「レクシスさん、少しは恥ずかしく思わないんですか?」
「馬鹿者! 女を好いて、女に好かれて、恥などない!」
「シェド、レクシスの話は鵜呑みにするなよ」
「あ、はい」
「ちょ、兄貴!」
見慣れた光景にクライとアスカ達は談笑して頬を緩め、しばらくの間、二人の言い争いをBGMにこの光景を楽しんだ。
そしてここに、夢幻の探求団は初めて、ダンジョンを踏破したのだった。