第一章42 『六人で探求団』
「っ、うわああああん!」
メアリ達は抗うことも出来ず、キャンプ地に辿り着いた。
そして、そこに辿り着くなりミスティールが泣き始め、他のメンバーも同様に感情を抑えきれていなかった。
嗚咽と悲痛な声が響き渡る中、メアリは一人、何もできなかった自分に唇を震わせる。
「くそっ! 俺様がもっと強けりゃ、こんな……」
レクシスが吐き捨てるように言い出し、地面を蹴った。
アスカやシェドも悔しそうに歯を食いしばっている。
ここならいくら叫んでも安全。でも、立ち止まっているわけにはいかない。
「団長、これからどうするんだ?」
「……!」
何か言おうとして戸惑っていると、アスカが先に言葉を吐いた。
ここの誰もが、次の選択に迷い、メアリを縋るように見ていた。
「兄貴は、逃げろって言ったんだ。俺様達が逃げないでどうすんだよ、姉御」
「それで、いいのか?」
「――あんなバケモノ、勝てっこねえだろ」
レクシスはそう言って座り込む。シェドも暗い表情のまま俯いており、ミスティールは顔を覆って泣きじゃくっている。
すごい重圧感と責任だった。
メアリは生まれて初めての感覚に襲われていた。
仲間たちの気持ちと自分の気持ちが入り混じり、頭が熱くて仕方がない。
何より、誰より、悔しくてたまらなかった。
「……こんな重圧を、クライは背負ってたんだね」
「団長?」
そう考えると、メアリは団長として何一つ仕事をしてこなかったことに気付いた。
自分が団長だから大丈夫。
彼にそう言ったくせに、メアリは頼り切っていた。
「みんな、よく聞いて」
そう言って震えた声で話を切り出すと、全員が注目した。
期待されているのか、縋っているのか、視線の正体は分からない。
でも、誰もがきっと、同じ思いを抱えているに違いなかった。
だから、メアリは代弁する。
彼女は、団長なのだから。
「私達は、六人で夢幻の探求団だよ!!」
『――!』
「クライは私達をここに逃がしたけど、私は戻りたい! あの人が、簡単にくたばると思う? まだ生きてる……それなら、足手まといかもしれないけど、私は戻りたいの!」
「団長……そうだな。彼が簡単に死ぬとは思えない」
「メアリちゃん……わ、わたしは賛成です!」
アスカとミスティールは頷いていたが、シェドは違った。
「駄目、ですよ……クライさんが逃げろって言ったんです。勝てないんです。僕達の力じゃ、どうにも――」
「そうかもしれないよ。でも、私はクライを信じたい! クライが負けないってことを信じたいの!」
「――そ、そんなの」
「無駄だぜ、シェド。団長がああなったら、止まらないだろ?」
「れ、レクシスさん……」
「俺様達も賛成だ。兄貴が負けるわけない」
そう言ってレクシスはシェドと肩を組む。
シェドは青ざめた顔で不安が残っていそうだったものの、小さく頷いた。
「僕も……賛成です」
「シェド、男になったじゃねえか」
「だって、僕は強くなりたいって、誓いましたから」
そう言って涙を拭ったシェドは立ち上がり、全員に意思が統一された。
「戻ろう、クライの所に」
メアリの一言で、彼らは再び最深部の手前、迷宮の主の元へと戻ることに決めた。
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「……え?」
しかし戻ってみると、そこには一人の男だけが佇んでおり、何かを待つような素振りをしていた。
「う、そ……人面大樹は?」
メアリ達が驚いていると、こちらの存在に気が付いた例の男が、呑気に手を振ってくる。
「やっと来たか。遅かったな」
「クライ……な、なんで?」
「クライさああああああああああん!」
メアリ達が驚いている最中、ミスティールは我先に駆け出してクライの元へと走って行く。
「うおっ! ミスティ、どうして泣いてるんだ?」
「何言ってるんですか! 誰のせいだと……で、でも、よかっだああ」
ミスティールが抱き付いてクライを放さない光景を、メアリ達は呆然と見ることしかできなかった。
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「さ、さっきは悪かったな。あれしか勝つための手段がなかったんだ」
ずっとくっついて離れようとしないミスティールを傍に置いたまま、クライは先程の事をメアリ達に説明した。
まず、あの場での陣形の悪さが仇となり、クライが魔法を使用できなかった事。
そしてまだメンバーのレベルが、迷宮の主に挑むには早すぎた事。
総合して考えうる限りでは、メアリ達を信用せずに一人で戦うべきだと思った。
それがクライの見解で、実際にクライは、たった一人で人面大樹を倒すことができた。
「そ、それで、さっきみたいに私達を操ったってこと?」
「そ、そうです。あれは何だったんですか?」
ミスティールに身体をくっつけられながら、ユサユサとクライのマントが引っ張られる。
「あ、あれは支配者の特殊能力……領域支配だよ」
「領域支配、ですか?」
「ああ。さっき、赤い円を作っただろう? あの中にいる人間の行動を支配する力なんだ」
「だから、クライさんの命令に逆らえなかったんですね……」
ミスティールは納得がいったのか、マントを引っ張るのをやめた。
「そうでもしないと、護れなかったんだ……すまん。こればかりは、全員の心を操ったみたいで気分悪いと思うけど、死なせるわけにはいかなかった……」
「兄貴……そ、そんなことないっすよ!」
「だが、操ったのは事実だ。すまな――」
パシンッ!
「め、メアリちゃん?」
乾いた音に、全員が注目した。
クライの話の途中、急にメアリは掌を叩いて音を鳴らしたようで、クライの声を意図的に遮ったらしい。
そして、いつもの笑顔ではなく、珍しく怒った表情でクライを見た。
「私、心配したんだけど」
「す、すまない」
「団長は、私だよ!」
「え?」
「だから、今度はちゃんと、私に許可取ってよ。……クライ一人に、背負わせたくないから」
「何言って――あんなことしたんだぞ?」
クライが戸惑い気味にメアリを問い詰めると、彼女は今度こそ、いつもの天真爛漫な笑顔を見せつけて来た。
「だって、クライが私達の事を護ってくれたんだもん。何を責める必要があるの? 例え人を操る方法でも、信用してくれたんでしょ?」
「……信用してないから、あれを使った」
「嘘だよ。ここに戻って来るって、信用してくれてたもん」
『やっと来たか。遅かったな』
「まあ、そうだけど」
「クライを責める必要ないよね、ミスティ」
メアリが話を振ると、クライから離れようとしないミスティールは笑顔でクライを見て来た。
「はい。もちろんです……それと、ありがとうございます」
「ミスティまで……」
「でも、わたしは怒ってますよ。彼女を置いて、なんてことするんですか。しかも、あの去り際のセリフはなんですか!」
「あ、あれは万が一、俺が死んだときの――」
「そんなこと、軽々しく言わないでください!」
ミスティールは本当に怒っているようで、滅多に見せない顔でクライを見る。
「クライさんがいなくなったら……わたし」
彼女の瞳から涙がこぼれるのを見て、クライは慌てて涙を指で掬った。
「ご、ごめん。……ミスティ、それにみんなも。でも大丈夫だ」
「え?」
「俺は一度、探求者として死んだ。だから、救ってくれた人たちを残して死ぬつもりはない」
「クライさん……! 絶対に今度から勝手なことしないでくださいね!」
「わかったよ。彼女にこんなに怒られたもんな」
「ふふっ、そうです」
ミスティールの笑顔で、他のメンバーも笑い始め、クライは攻められるというよりも感謝され、誰よりも戸惑った。
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「しかし、改めてレベルの違いを思い知らされたな……あの化物を一人で仕留めるとは」
アスカは人面大樹であったと思われる位の傍に置いてあった木材を見て、深く溜息をついた。
「ホントっすよ、兄貴。やっぱ半端ねえっす」
「褒めても何も出ないぞ? けど、今度は全員で倒したいな」
「クライさん……」
「クライの言う通りだよ! もう負けたくないもん!」
メアリが腰に手を当てて頬を膨らませていた。
『団長は、私だよ!』
「くふっ」
クライは先程の彼女の言葉を思い出し、無意識に笑ってしまう。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、思い出し笑いを……。と、とりあえず、メアリ。この先はどうするんだ?」
「――!」
試しに話を振ってみると、彼女は嬉しそうに目を丸くした後、顔を赤くして咳払いを一つし、全員の顔を一回一回見つめ直してから、声を大きくして宣言した。
「もちろん! コヤード踏破だよね!」
「――だな。ここまで来て帰れるはずもない」
「ですね。あ、でも、クライさんはわたしの隣から離れないでください。絶対です」
「ふむ。ダンジョンの踏破に興味はなかったが、少々の興味がわいてきた」
「いよいよ、ですか。楽しみですね、レクシスさん」
「楽しみだなぁ。財宝が無いってのは知ってるけど、達成感ぱねぇ!」
それぞれが想いを口にし、メアリはニヤッと笑う。
「それじゃあ、いくよ!」
『おお!』