第一章36 『いざ、コヤード踏破へ』
結果的に、ミスティールと共に夜を過ごしたクライであったが、これといって進展はない。早めに寝たおかげもあって体調が万全というくらいだ。
あの後、作業を切り上げてミスティールと一緒にベッドで横になった。
二人して恥ずかしがって背中を向けたまま寝てしまったが、少し感じた背中越しの温もりで、安心して眠ることができた。
「お、おはようございます」
赤面する、いつもより頭がふわふわしたミスティール。これはレアだ。
「ああ、おはよう」
ぎこちない挨拶を交わし、二人で起き上がる。
そして終始無言で赤面したまま、ベッドから降りると、ミスティールは用意があるからと言ってお辞儀してから部屋を出て行った。
このシーンが、他の連中に見られてないといいけど。
「よおし! みんな準備はいいかな!」
早朝、宿舎のリビングにはメンバーが準備を終えて集まっていた。
メアリの掛け声に、あまり反応が良くない。
きっと眠れなかったのだろう。あのアスカでさえ目の下のクマが酷いことになってる。
見た目上、元気なのはメアリとクライ、そしてミスティールくらいだった。
今回は未踏破のダンジョンではなく、俺が知り尽くしたダンジョンだけど、そうじゃなければ、俺もきっと眠れなかっただろうな。朝まで戦術考えていても不思議じゃない。
それで一回、マリーにこっぴどく叱られた経験がある。
「およ? みんな元気ないね。今日からコヤード踏破だよ! 元気出して行こうよ!」
彼女は、どこにエネルギーがあるのだろうか。
「随分と元気だな、メアリ。眠れたのか?」
「もちろん。熟睡だよ」
それを聞いて、メンバー一同は驚いている。
なんか、デジャブだな。
『クライってば、寝不足? だらしないなぁ』
マリーも確か、前の日でも元気だったよな。
「クライは……元気そうだね。うん、関心関心」
メアリはこちらの顔を覗き込んでウンウンと頷く。
「ミスティールも、顔色いいね」
「あ、うん……体調万全だよ」
「そっか。なによ――」
メアリがそれで終えようとしたのだが、誰も予想しなかった爆弾が、このタイミングで思いもよらぬ人物から投与された。
「クライさんと、一緒だったから。よく眠れたの」
『え――?』
一同の視線が刺さる。
なぜだ。何故言った、ミスティール。
そう思って恨みがましく彼女を見ると、ボッと頬を染めているが、少ししてから何かに気付いたのか、口元に手を当てて青ざめていく。
今気付いたのか……なんという天然。
「さっすが、兄貴……やっぱ男の中の男だぜ」
「く、くくクライさん! さすがにそれはどうかと」
「……夜を共に。考えられんな」
「クライ、私……思うんだよね。団の中で好き合うのは勝手だよ? でもね、チームの和を乱すような不健全な関係は、どうかと思うんだよね」
「いや、これは理由があって……」
「ちょっとそこに正座!」
その後、ミスティールの弁明があっても、正座は続けさせられ、大幅なロスとなった。
正座も終わり、ようやく出発の号令をメアリがかける。
「なにはともあれ、それじゃあ今日から! コヤード踏破目指すよ!」
『おおっ!』
こうして、クライ達は準備万端でコヤードへと向かうことになった。
宿舎を出てから、いつもの様にダンジョンへと向かう道を歩く。
「あの、クライさん、さっきはすみません」
「いや、いいよ。事実だったし……わかってくれたから」
「が、頑張りましょうね」
「ああ、そうだな」
足取りは思ったほど重くない。
今朝の一件は、意外とメンバーには良い方向に働いたかもしれないな。
ぞろぞろと歩いていくと、コヤードの入り口が見えて来た。
コヤードの手前で、いつもの様にメアリが許可証を提示している。番兵とはすでに顔見知りだが、これがルールである以上、則る必要があった。
「よし、入っていいぞ」
「あ。ちょっと待ってくれ。メアリ、ダンジョン泊の申請を教えておく」
「申請?」
メアリが首を傾げる一方、番兵は「そういうことか」と言って専用の木版を取り出した。
「ダンジョンに宿泊するとなった場合、こちらでの把握が必要となる。ここに記入しておけば、基本的に何拍でもできるが、出る際に宿泊料を払ってもらう。ダンジョンの中で生活されては困るからな」
番兵の説明を受け、メアリを含めたメンバーが頷いていた。
「団長の名前を書くんだ」
「うん。わかった」
こうしてクライはメアリに方法を教えてダンジョン泊の申請をさせた。
ダンジョン泊の申請を終え、ようやく足を踏み入れる時だ。踏破を目標とする以上、今までとは違った感覚でコヤードの入り口に立っている。
今日と明日は、長い二日間になりそうだな。
そう思い、クライは一層の緊張感でダンジョンを睨む。
「い、いくよ!」
「お、おう」
返事をしたのはレクシスだけ。
そんなメアリの少々震えた声で、一同はコヤードへと足を踏み入れようとしていた。
だが、この状況はマズい。
みんな、変な意識をしていてこちらにまで緊張感が伝わってくる。一定の緊張は必要だが、これだと戦闘に影響が出そうだ。最悪の場合、キャンプまで届かないかもしれない。
「みんな、少しは気を抜いてもいいぞ」
「そ、そうなんですか? そう言われても、ドキドキしてしまって……」
ミスティールが振り返る。無理もないか。
「こんなんじゃ、ウルフにもやられそうで見てられん」
「で、でも……」
ミスティールだけじゃない。その言葉に他のメンバーも足を止めてクライを見る。
クライは彼らの視線を受け止め、深呼吸してから言葉を吐いた。
「俺がいるから、心配するな。それとも、信用できないか?」
「そ、そんなこと、あるわけ――」
ミスティールがそう言って叫ぶ。
それを見ていたメアリは何かに気付いたのか、ブンブンと急に手を振り回し始めて、注目を一挙に集めた。
「団長……何をしてるんだ?」
「アスカ、見てわからないの? 気合十分ってことだよ。みんな、リラックスしよう! 私達には心強い味方がいるんだから! 大丈夫だよ!」
「……そうだな」
「兄貴がいるんだよな。そんなら――」
「頑張り、ます」
アスカ達から緊張していた空気が消えた。
メアリの一声で緊張感が少しは緩和されたようだ。
確かにダンジョンに挑む以上はこういった緊張が必要だ。しかし、それで生存率を下げるわけにはいかない。
緊張感は必要だが、彼らの分も、俺が気を張っていればいい。
彼らを護れるのは自分だけであって、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
例え命を懸けても、彼らを護る。これが今回の俺の使命だ。
こうして、夢幻の探求団のコヤード踏破へ向けた長い二日間が幕を開けた。