第一章35 『次なる目標』
カップル成立報告の当日。クライは、朝の会議でもう一つの発表をしていた。
「コヤードの踏破! やりたい!」
「予想通りの反応だな」
例の計画を伝えると、早速メアリが飛びついてきた。
先程まで落ち込んでいたのに、立ち直りが早くて驚きだ。
「そのために、今日は個人技の確認ですか?」
「そうだな。各自の習得した技とギルドの状況を知っておきたい」
「ギルドの状況? 兄貴、それなんすか?」
レクシスが挙手して質問してくる。
「いい質問だ。ギルドの状況ってのは、要するにあと何回で下級ギルドを卒業できるかの目安になる。下級ギルドは憶えることの出来る技の項目が少ない。それ故に、教える内容の範囲も狭い。卒業というのは、ギルドで習得できる技を、全て習得することだ」
「つまり、残り幾つの技があるのか、把握したいということか」
「アスカの言うとおりだ。一応、聞いておきたくてな」
そう切り出して、メアリから順に教えてもらう。
すると面白いことに、やはりバラつきがあった。
他の探求団に所属していた経験を持つアスカ、シェド、レクシスは残り二つ程度。メアリとミスティは四つといった具合だ。
「じゃあ、またギルドに行かないといけないってことなの?」
「そうなるが、一回の修業で覚えることの出来る技は二つまで。そう焦っても仕方がない。それに下級ギルドは基礎だから、しっかりと学んでおくこと」
「はぁ……上級ギルドは遠そうだね、ミスティ」
「でも、わたし頑張る」
「……なんか、クライとカップルになってやる気になったの?」
「もちろんだよ! わたしが探求者になったのって、お婿さん探しも兼ねてたから……それに、クライさんの彼女になったんだから、弱いままじゃいられないもん」
婿探しか……そういえば、そんなこと言ってたな。確か母親を心配させないために、とか。女の幸せをつかむってことなんだろうな。
「ハッ……! もしかしてミスティ、勝ち組ってこと?」
「そ、そうなのかな?」
「ここへ来て、あのアラサー女性の話が身に沁みてわかるよ」
何の話をしてるんだ、メアリのやつ。
「とにかく、今日はコヤードの浅い階層で個人技をチェックする。団長、異存ないか?」
「勿論! ただし、二人の関係性には異存有り!」
「よし、みんな用意してくれ」
「あ、ちょっと!」
その後、ダンジョンでウルフを相手に一人一人が技を確認し、クライの指示で様々な連携を試すこと数時間。最終的にクライのゴーサインも出たことで、いよいよ明日からコヤードの踏破へ向けた挑戦が決定した。
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「それじゃあ、ご飯も食べたし、今日は早く寝ること。以上!」
夕食の後、メアリの元気な声に締めくくられると、メンバーは全員、明日に備えて部屋に戻っていった。
明日への昂揚感に寝付けない者、準備を怠らない者、各々が意識していたが、一人だけ眠ろうとせずに戦略を考える者がいた。
「……この時に、アスカに指示を」
ぶつくさと机に向かい、外に光が漏れないように机の上の灯りだけで作業している。
周りは静かで、カシャカシャとクライの持つペンが動く音だけ、響いていた。
「まず明日は、早めにキャンプ地に着いた方がいいよな。そして、次の日に――」
誰も起きていない。そう思って作業をしていたくらいだったが、扉の開く音も聞こえないほど集中しており、真後ろに立つ人影には気付けなかった。
「クライさん」
「――?!」
そう声をかけられた時に気付き、クライは少し飛び上がって、恐る恐る後ろを見る。
するとそこには、可愛らしい寝間着姿のミスティールが、怒り顔で立っていた。
「――び、びっくりした。ミスティか……もしかして起こしたとか?」
「違います。……クライさんも、寝てください」
そう言ったミスティールは、不満そうな顔でムスッとしている。いつものほんわかとしたフワフワのオーラを纏っていない。
「わざわざ、それを言いに来たのか?」
「……はい。クライさんの事だから、もしかして、と思って」
そうだったのか……。
「もう少ししたら寝るよ」
そう言ってミスティールが納得するはずもなく、彼女はその場で立ったままだ。
「……それじゃあ、私も一緒に起きてます」
「そ、それはだめだ。ミスティは――」
「起きてます! か、彼氏さんの心配するのは、当然の事です!」
「ミスティ……」
ミスティールは怒っていたと思ったら、目に涙を溜めていた。
ここまで心配されるとは、正直思っていなかったから驚いた。
「……わかったよ。今日は早めに切り上げる」
「そうして、ください」
「ああ」
ミスティールが立ち上がった。
それを見て、そのまま部屋を出て行くと思ったのだが、彼女はこちらに歩み寄ってくると、いきなり両手を首の後ろに回してきて、クライを抱きしめた。
「――!? な、な、な……」
クライの胸に頭を乗せる様にして、ミスティールは抱き付いてくる。
彼女の胸が腹部に当たっていて、クライは顔を真っ赤に染めるが、何より甘い香りがして、クラクラしそうだった。風呂には入っているが、先程までで汗をかいてないか心配になってくる。
「ミスティ、その、これはどういう――」
すぐさまミスティールに訊ねようとすると、彼女はこちらを見上げてきた。
「か、彼氏さんに抱き付くのは、こ、ここ恋人の特権ですから!」
そう言ってこちらを見つめるミスティールは、クライと同じくらい真っ赤だった。
とにかく、近すぎだった。
「い、いったん離れよう……それがいい」
「だ、駄目です」
「え?」
「もう、クライさんは一人じゃないんです。心配する人がいること、わかってください」
「……!」
そう言ってくるミスティールの顔は、不安に満ちた表情だった。赤面しつつも、彼女はキュッとクライの寝巻を掴んでくる。
それは、離れたくない。と言っているようなものだった。
「ごめん、心配かけて……」
そうか。……そうだよな。
誰だって、明日の事は不安になる。きっとメアリたちも似たような感覚だろう。
忘れていた。ダンジョンに挑み始めて、踏破を試みようとする前の晩、あのカイウスでさえ、当時は震えて眠れなかったという。
こんな、か弱い女の子が耐えられるはずなかった。
きっと、眠れなかったのだろう。それなのに、離れようってのは言い過ぎたな。
「今夜は、一緒に寝ようか。……そろそろ切り上げるから、ちょっと待ってて」
「……ありがとう、ございます」
そう言って間近に笑うミスティールの笑顔は、いつもの見ている者を幸せにするような柔らかな陽だまりのような笑みだった。
護らなきゃな……命に代えても。