第一章29 『帰る場所』
「クライ、お疲れ様!」
「おう、迎えに来てくれたのか。って、リリーゼもいるじゃないか」
「はいは~い。いますよぉ」
クライの防衛戦が終わり、メアリたちが選手出入口で待っていた。その後ろに何故かリリーゼとミカもいる。
「そうか、特別席。……そういうことか。メアリ、ちょっと話すから、みんなの所に行っててくれないか?」
「……早くしてね」
「わかったって」
メアリが少し離れたところにいるメンバーの元に戻ったのを見てから、俺は小声で礼を言う。
「特別席、すまなかったな」
「いえいえ、あの子たちの為ですよ。通常席では、観客の前で応援して騒ぎになってしまいそうでしたので」
そんなことまで考えてくれていたのか。本当に感謝しかないな。
「うふふ。ですが、もう帰りますね」
「え、いいのか? 宿代くらいは……」
「む。クライ様は、わたくしに施しを与えるほど、裕福ですか?」
「いや……初心者探求団にしちゃ、懐は幸せな方だと思うぞ」
「まあ、そうでしょうね。あなたがいますし。……ですが、今回は受け取りません。今は彼らと喜びを分かち合うべきかと」
そう言ってリリーゼはメアリたちの方角を向く。
「……そうだな。リリーゼ、ありがとう。今度、飲みに行くか」
「ほ、ほんとですか? 何なら今から――ぐぎゃ!」
リリーゼが身を乗り出そうとすると、彼女の襟首を後ろにいたミカさんが引っ張る。
「こ、殺す気ですか!」
「姫さん、自重しろ」
「あ、えっと、はい。楽しみにしておきますね」
……リリーゼ、ありがとう。
「あれ? リリーゼさん帰っちゃったの?」
「ああ。みんな、さっきは応援ありがとうな。おかげで支配者のクラスを維持できたよ」
礼を言うと、待てずにいたミスティール達が口々に賞賛してくる。
「クライさん、すごくカッコよかったです」
「兄貴、輝いてたぜ! さすが俺様達の兄貴だ! な、シェド」
「あ、え、っと、はい」
「是非、一騎打ちをしてほしいな」
「姉御、そればっかっすね」
「悪いか?」
「いや、一本気、最高っすよ!」
みんなが笑っているのを見て、なんだかこちらも楽しくなってくる。
なんだろうな、この感覚。久しぶりだな。
そういえば、昔もこうだった……。
「……」
「クライ?」
「あ、いや、こうして褒められるのは久しぶりで、なんか恥ずかしいんだ」
「クライさん、意外と情に脆いんですか?」
「ま、まあな。それじゃあ、宿に行くか。こんなところにいても――」
「あ、そうだ。そのことなんだけどね」
「?」
「本当に良かったのか? 向こうのベッドの方が寝心地いいと思うぞ。うちの宿舎よりも」
「いいんだよ! だって私達の拠点はあそこだもん」
「ま、そうだけどな」
クライ達は何故か夜の道を馬車で走っていた。こんな時間に馬車を走らせるものはおらず、道を独占しているような気分だ。
彼らは予約していた宿をキャンセルし、グレンタの宿舎へと向かっている。
「兄貴、俺様達もさ、いつかは兄貴みたいになれんの?」
「ああ。地道に努力すればなれる」
「マジかよ! シェド、聞いたか!」
「き、聞いてます……起こさないで~~」
この二人は、元気だな。
「でもまあ、あそこで泊まるよりは俺達らしいか」
「そうですよ。クライさんは、帰る場所があるんですから」
「ミスティか……」
彼女が運転席の隣に座ってきて、その距離に少し驚く。
「ちょっと、近くないか?」
「ふふっ、クライさんが寝ないようにしてるんですよぉ」
「メアリはどうしたんだ? いつもなら騒ぎ出しそうだけど」
「アスカさんの膝枕で寝てます。となると、わたしが適任です」
「……そ、そうか」
「はい。駄目、でしたか?」
そう言って見上げてくるミスティールの言葉に、ドキッとした。
思いがけず、言葉に迷い、顔が熱くなってくる。
「クライさん?」
「な、なんでもない。まあ、眠気覚ましになっていいかもな」
夜だからだ。夜だから変な気持ちになるんだ。
そう言い聞かせて、いつもよりも可愛らしいミスティールから目を逸らした。
それからしばらく走り、道の先に灯りが見えて来た。夜を照らす街灯ではなく、朝に昇る光の星だ。
「見えたよ。グレンタ!」
メアリが眠気覚ましのように耳元で叫ぶ。さっきまで寝ていたくせに、起きたのか。
夜通し走って、ようやく見えてくる。
朝日をバックにした、見慣れた穏やかな街、グレンタだ。
「ふぅ、ようやく着いたな。しかし、メアリもいきなり言い出して……また寝てるし」
つい先程起きていたかと思えば、後ろを窺うとメアリは夢の中のようだ。
「あの街じゃ、クライさんはいい思い出が、ないと思ったんです」
街を見ながら、隣に座るミスティールは眠そうな目を擦って話しかけてくる。
「……それで、夜通しの馬車を提案したのか。どうしてそのことを?」
「リリーゼさんから聞いていたんです」
そうか……。
みんな揃って賛成した理由はそれか。
確かに、西の王国には悪い思い出しかない。
あの王国には黄昏の探求団が壊滅した宝石のダンジョン、カラットがあるから。
「……ありがとな」
「えへへ……役得です。みんな寝ちゃってますから、感謝の独り占めですね」
「そうだな」
レクシスとシェド、メアリは夢の中。
「……手綱を握る奴の気も知らないで。普通、防衛戦で戦ってた奴がやるか?」
「あはは……あ、でも、アスカさんは起きてますよ」
「……」
アスカを見るが、反応はない。
「あれは座って寝てるな……」
「そ、それじゃあわたし達だ、け……くう」
最後の話し相手、ミスティールも眠気に敗北してしまったようで、パタリと俺の膝元に倒れ込んでくる。
一瞬ドキリとしたが、幸せそうに眠る彼女を見て、痺れを我慢することにした。
「やっぱり、泊まっておけばよかったか」
思ってもいない悪態をついてから馬車の中を振り返り、クライは気を取り直して手綱を握る。
それから一時間後、運転手以外の全員を寝かせた馬車が到着する。
彼らは朝までに、宿舎へと戻ることができた。
「ふう、着いたか……ただいま」
クライの独り言は、彼らの耳には入らない。
だからそれを良い事に、クライは馬車の中で眠る五人に向かって小声で言う。
「居場所をくれて、ありがとう」