第一章26 『ブーイングの嵐』
「さあ、長らくお待たせしました! これより、支配者のクラスをかけた防衛戦を行います! まずは挑戦者、前へ!」
プシュー!
煙が勢いよく吹き出て、その中央を痩躯な若者が歩いてくる。
「挑戦者は過去最多の五度目! 今回は支配者のクラスを手に入れるのか! 星天の旅人、ベルハ=マッドマット!」
名前がコールされ、会場中が歓声に包まれる。
それを特別観客席から見ていたメアリたちは、気迫のようなものに驚いた。
「す、すごいですね。でも、よかったんですか? こんなに良い場所……」
「大丈夫ですよ。あなた方は防衛者の仲間。胸を張ってください」
そう言ってリリーゼ=メルフォルンが柔和に笑う。
特別優待席は普通の観客席とは違い、数席しかないリッチな席だ。会場を俯瞰でき、他の観客たちとは違って周りに気兼ねなく広く席を使える場所になっている。
「しっかし、あいつ人気者なのか? 女子の声援が聞こえてムカつくな」
「レクシスさん……」
レクシスの発言にシェドが呆れていたが、席を優待してくれた。リリーゼと彼女の側近ミカ=クルルサは別の理由で呆れていた。
「きみの言う通り。あいつは有名人なんだよ」
「はい。彼は人気者ですからね。死神に挑む勇敢なものとして」
「な、それって――」
メアリが何か言いかけると、リリーゼはゆったりと笑った。
「ですが、知ってる人は知っていますよ。彼では、あの人には絶対に勝てない。支配者とはクライ=フォーベルンのために用意された力なのです」
「……!」
リリーゼの一言にメアリは声が出ない。
彼女は前々から物腰柔らかで穏やかな雰囲気を纏っていたが、今のこの瞬間、鬼のような気迫を放っていたからだ。
これには、メアリだけでなくミスティールやアスカたちも息をのんでいる。
「ごめんな。姫さんは、クライに夢中だから」
「「えっ……?!」」
ミカの発言にメアリとミスティールは驚き、リリーゼはボッと顔を赤らめる。
「ちょ、ミカ! 何を!」
「怖い顔、後輩の前でするなって言いたいんだよ。姫ともあろう者がみっともない」
「……! す、すみません」
「い、いえ……」
ミカに制御されて大人しくなるリリーゼに驚きながら、メアリたちはアナウンスで会場の方に視線を向ける。
「続いては、支配者クライ=フォーベルン! 今回も防衛なるか!」
「あ、クライさんが来ました!」
「クライ、がんば――」
『さっさと負けちまえええええ!』
『死神、退場しろおお!』
『顔見せんなあああああ!』
メアリが声を出そうとすると、それを掻き消すほど、会場が大ブーイングに巻き込まれた。
「こ、これって……」
「想像以上に、ひどいな」
「クライさん、どうして」
「兄貴……」
ミスティール達は会場の反応に戸惑う。
メアリも戸惑うが、怒りをあらわにしていた。
「死神……クライを馬鹿にする奴らは、皆殺し」
「――! みんな! メアリちゃんが!」
「団長、こんなところで暴れるのはやめろ。あいつの評判を更に落とす気か?」
アスカが止めに入ろうとメアリを抱きしめる。
だが、そんな状況でも落ち着いて、リリーゼはにこりと笑った。
「大丈夫ですよ。あなた方の仲間は、あそこにいます」
「――! クライっ!」
「団長!」
メアリがアスカの拘束を振りほどき、勢いよくガラスに張り付くようにして下をのぞき込む。
すると、彼の表情を見て取れた。
「どうして、あんな表情……」
ミスティール達も目撃したようで、またしても驚きを隠せなかった。
「そう。クライ様は今日、初めてここに立っているように見えます。これまでの防衛戦では見せたことの無い、いつかの彼の姿でもって」
そう言って、リリーゼは閉じた瞳に涙を滲ませる。
「おかえりなさい。クライ様」
リリーゼの言葉に、隣にいたミカも感慨深げに頷いている。
「誇りに思ってください、みなさん」
「え……?」
「あそこに立っているのが、あなた方の仲間なのですから。これほど頼りになる人はいませんよ?」
リリーゼの言葉にしたクライは、自信に満ち溢れた表情で堂々と立っていた。
ブーイングに眉ひとつ動かさず、そこに君臨していた。
「クライ……」
「クライさん、カッコイイですね。メアリちゃん」
「うんっ。だって、クライだもん! 私が憧れた人だもん!」
メアリとミスティール達が覗き込むのを後ろから離れてみていたミカは、隣のリリーゼに耳打ちする。
「……姫さん、いいのかい?」
「なにがですか?」
「あの二人、完全に……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。あの方に惹かれるのは女性であれば必然。たとえどんな方であろうと、負けませんから」
「……さすが、姫さんだよ。しかしあの噂も広まってるだろうし、他の連中も、来てるだろうね」
「来ているでしょうね。『地獄軍神』の復活ですから」
「そりゃそうだ。――じゃあ、久しぶりに見せてもらおうか。クライの本気って奴を」
ブーイングの嵐は、当然だった。想像していたよりも少なくて驚いたくらいだ。
「クライさん、今回こそは負けません」
「ああ。全力でかかってこい。ベルハ=マッドマット」
「――!」
「すまんな。これまでは事務的に戦ってたから名前も忘れてたよ。でも、今は違う」
「……そうですか。これは以前より手ごわそうだ。カイウスさんの言ってた通りみたいですね」
ベルハはそう言って笑い、杖と剣を抜く。
それに合わせて、クライも杖と剣を抜く。
「両者、得物を握りましたので、これより開戦といたします!」
アナウンスが響き渡る。
「レディ、スタート!」