第一章21 『ミスティール=アリエッタ』
夢幻の探求団の休日。
メンバーが外出する中、クライとミスティールは宿舎に残っていた。
「みんな、外で済ませていそうですね」
「そうだな」
こちらは宿舎。夕方になり、クライは作業を中断してミスティールと食卓を囲んだ。
「食べましょうか?」
「ああ」
「「いただきます」」
二人で手を合わせて食事を始める。
向かい合っているだけで、どことなく空気が硬い気がしたが、会話に花が咲くことなく無言のまま食事が進んでいく。
「「(な、なにか話題を!)」」
二人して話題に困る中、ミスティールがあることを思い出した。
「そ、そういえば、団の連携もスムーズになってきましたよね」
「あ、ああ。最初は酷かったけど、最近じゃ様になってきてる」
「これも、クライさんのおかげですよね」
「違う。これはみんなの――」
「いえ、クライさんのおかげです。わたしの称賛くらい受け取ってください」
「ご、ごめん」
「ふふっ」
笑顔をみせるミスティールはとても印象的で、心が洗われるようだった。
クライは少しだけ見惚れ、恥ずかしくなってスープをすすった。
「――うまい」
「ほ、ほんとですか?」
「ああ。こんなスープ、飲んだことない。いつも出してくれればいいのに」
「あ、あはは。今日はちょっと奮発しちゃったので」
「え?」
「あ、いえ。気持ちの方です」
どういう意味だ?
クライは首を傾げる。それを見てミスティールは少し肩を撫で下ろしていた。
互いの変な緊張も解け、それからは会話に花が咲いた。
「ところで、ミスティは生活に慣れたか?」
「はい。すごく楽しいです」
「そうか。それはよかった」
「あの、クライさんはどうですか?」
「俺? 俺は……楽しいよ。こんな俺を慕ってくれる人がいて、頼ってくれる仲間がいる。こんなに幸せな事はない」
「クライさん……」
ミスティールは何か考え込んでから、真剣な表情を向けてくる。
「あ、あの。クライさんには話しておきたいことがあって」
「ん? どうしたんだ? 妙に改まって」
「実は、わたしが探求者になった理由、クライさんにだけは話しておきたくて」
それを聞いて少し驚いた。
ずっと気になっていたが、まさか自分から話してくれるとは。
「いいのか? 他の連中には、話したくないみたいだけど」
「クライさんなら、平気です」
「……わかった。教えてくれ」
ミスティールは、ゆっくりと話し始める。
「わたしは北の王国の生まれなんです。都から離れた田舎町に住んでいて、弟と妹がいます。常に雪景色、そんな町で生まれて、わたしは両親から愛情をたくさん受け取りました。
でも、数年前に父が他界して、それまでも苦しかった生活が、さらに苦しくなってしまって――」
「それで、探求者を目指したのか?」
「はい。探求者は人によりけりですけど、高収入ですから」
確かに、探求者は普通の食よりも稼ぎやすい。
だがそれは、競争が発生し、命懸けだからという理由もある。
博打と呼んでも、否定できない職業だ。
「探求者になったのは、家族の為ってことか」
「そう、なります。え、えと、理由はもう一つあって、早く結婚したいということも」
「け、結婚?」
「母に、楽になってほしくて……。え、えっと、これまで稼いだお金は少しずつ故郷に送ってるんですけど、やっぱり、結婚して母を安心させたいんです。た、探求者になるために都に出て、結婚相手も探すつもりで……」
女の子は、そういうものなのか。
メアリやマリー、アスカからは想像できないな。
「一つ、質問したいんだけど、いいか?」
「あ、はい。どぞ」
「どうして、東の王国を選んだんだ? 北の王国にも探求団の仲介所はあっただろ?」
「えっと、それは……いくつかの仲介所を回っていたので」
「もしかして、他の王国でも?」
「はい。声をかけられたりすることはあったんですけど、わたしその、田舎者ですし、ちょっと怖くて」
なんとなく、その気持ちは分かる。
故郷から出てきて、いきなり経験者ばかりの探求団に入るのは度胸がいる。
それに、男ばかりの団に入りたがる子は少ないだろう。
探求者という職業は七割が男性で、混合で団を作っているのは大手とここくらいものだ。
大体の女性探求者は、女性限定で団を作ったりする。
「そ、それに、探求団には多くの人がいますし、やっていけるのかも不安なんですけど――」
なるほど、そういうことか。
「それは、良い判断だな」
「え……」
「大人数の探求団は、分配される報酬が少ない。そう思ったんだろ」
「――! はい、そうなんです」
「確かに大人数だと、そういう問題って多いんだよ。特に報酬の分配で揉めたら最後、団として機能しない。
大人数はダンジョン探索が安全になる反面、団内の管理が難しいんだ。有名な大手の探求団は上手く機能してるが、経験の少ない大人数の探求団は自滅しやすい」
「そ、そうだったんですね。よかった」
ミスティールはホッと肩を撫で下ろす。
「――それでも、中規模の女性探求団もあっただろ。ああいう所なら、きっと上手く機能するし楽して稼げたと思うぞ」
「そ、それも考えたんですけど……それ以上に、ここに入りたかったんです」
「……理由を、聞いてもいいのか?」
「もちろんです。ここは団長の方が女性で、しかも人数制限があって、退団させられないって書いてあったので、すぐに決めちゃいました」
確か、そんな募集条件って聞いたな。今思えば無茶苦茶だ。
きっと、レクシス辺りは退団させないって所に惹かれたんだろうな。
しかし――。
「俺がいても、よかったのか?」
「えと、ちょっと怖かったです。でも、話したこともないのに怖がるのは、失礼だと思って」
「――!」
「今は、ここでよかったです。クライさんとも、こんなに楽しく話せるようになりましたし」
「……人格者だな、ミスティは」
「そ、そうですか?」
「ああ。なんか感動した。……俺も手伝うよ」
「え?」
何の事かわからない。
ミスティールの顔にそう書いてあった。
「ミスティに報酬を少し渡すってことだよ。他の連中には内緒だぞ」
「え、え、え!? そ、そんなの駄目ですよ!」
「だって、このままだとミスティが自由に使う小遣いがなくなるだろ」
「そ、それは……」
「協力させてくれ。もうミスティは、それ以上のものを俺にくれてるんだ」
「クライさん……」
「秘密の約束、だな」
「――! はいっ!」
こうしてクライとミスティールの距離は、人知れず縮まった。