第一章17 『数年越しの墓参り』
ギルドまでメアリ達を見送り、クライは一人、宿舎に戻ることにした。
しかし宿舎でもこれといってやることはない。
戦術の調整や構想は候補として挙がったが、クライは前々から先延ばしにしている「ある事」を実行に移すことにした。
「よし、行くか……」
準備をして宿舎を出る。
夢幻の探求団の宿舎がある東特区から歩いて数十分の丘をめざし、クライは歩く。
その丘の名前は「安寧の丘」。
探求者の墓が並ぶ場所だった。
東特区から歩き、仲介所を過ぎ、街の中心部から遠のいた場所。静かな丘が姿を現し、無数の墓石が並んでいる。
「……」
クライは覚悟を決めて、彼らの墓の手前へと歩く。
彼らというのは、クライのかつての仲間。
黄昏の探求団のメンバーだ。
ダンジョンから彼らの死体を運び、この墓地に埋葬した。位置は正確に把握していた為、迷わず墓石を見つけることができたのだが、先客がいた。
二メートル以上はある巨体と分厚い胸板、恐ろしく剛健な男のようだ。
「――! うわっとっとっと」
その竜のような風体の男を見て驚き、クライは持っていた荷物を落としそうになる。
だが、そのせいで彼にも気づかれてしまった。
「ん……? お、この声はクライではないか!」
「……ひ、久しぶり。カイウス」
「うむ。リリーゼに聞いた通り、息災のようだな」
「情報、早いな」
「はっはっは! 彼女の力を侮ってはならんぞ。それは、貴公が良く理解しているはずだ」
「まあ、な」
「しっかし、変わってないなぁ! あっはっはっは!」
「……」
この豪快に笑う大男こそ、ロストフォルセ最高の探求者にして、世界最強の探求団の団長でもある最高峰の人物「カイウス=ベルベット」だ。
「今日は、何でまたこんな場所に来たんだ?」
「ん? 今日だけではないぞ」
「どういうことだ?」
「ふははっ。クライが来るまでの間、定期的に花を供えに来ていた。彼らもまた、我らと肩を並べた勇士達だからな」
それを聞いて、クライは驚く。
これまでの数年間、彼はわざわざ献花しに来ていたというのだ。
「……すまん」
「我の個人的な趣味だ。時に、新たな探求団に所属したと聞く」
「ああ。リリーゼに聞いてる通りだ」
「そうか」
カイウスはどこか遠い眼をして、クライを見てくる。
「しかし寂しいなぁ。我とリリーゼが必死に口説き落とそうとしても落ちなかった男が、まさか、新設の探求団に所属するなんて。団長の顔を見てみたいものだ」
「……その件は、すまない」
「構わん。リリーゼも、同じことを言ったのではないか?」
「ああ。そうだった」
「――であれば、それでよい。……さて、我はこの辺にしておこう」
「いいのか?」
「ああ。これからは、団長が献花するだろうからな。もう来ることはない」
そう言って、カイウスはひらひらと手を振り、その場を後にしようとした。
「待ってくれ!」
「……?」
無意識に彼を引き留めてしまう。
そして、言葉も自然と出てきた。
「ありがとう! 感謝する!」
「……こちらもだ。戻ってきてくれて、ありがとう」
クライのお辞儀に合わせて、カイウスも礼をしてくる。
そして顔を上げると、二人の動きが揃って思わずクスリと笑った。
「クライ、また話そう。今度は、あの時のメンバーで」
「ああ。絶対に」
「さらばだ」
そう告げて、カイウスはマントを翻して去っていった。
カイウス=ベルベット。通称「絶対皇帝」と呼ばれる最強の男。
そして、昨日の姫と呼ばれる最高の指揮官リリーゼ=メルフォルン。
この二人とクライ=フォーベルンは仲が良かった。
共に団長同士ということもあって、情報の共有や、共同でパーティーを開くなど、有効な関係であったことは間違いない。
加えて、彼らとはそれだけの関係ではなかった。
誰にも知られていないが、あの二人とクライは特別な間柄だからだ。
しかし、それもあの事件以来、パッタリと止まってしまった。
だが、そう思っていたのはクライだけだったようで、彼らは変わっていなかった。
「……」
そして、目の前にある墓も、変わりない姿で迎えてくれる。
「ごめん、みんな。遅れたな」
副団長、木漏れ日の天使 マリー=テルテシア
団員、天性の魔剣士 リンクス=バルフォ
団員、超速暗殺者 ビスラ=オムニカッド
団員、微笑の魔導士 フィオラ=ミルフィーユ
団員、乱撃の狂戦士 ビスコット=アレグロ
彼らの名前が刻まれる墓石をゆっくりと眺め、クライは目を瞑る。
すると、今にも彼らが目の前に現れそうな、かつての光景を思い出していた。
彼らとともに歩き、共に笑い、共に戦った日々が、鮮明に蘇ってくる。
「……許してくれとは言わない。だから、見ていてくれ」
「……」
「俺は、お前達の分も生きるから。絶対に、忘れないから」
墓石に向かって語り掛けると、声が聞こえた気がした。
彼女の――、優しく透き通る声だ。
「マリー……」
『それでいいんだよ。クライは、そうでなくっちゃ』
幻聴でもいい。
それでも彼女の声が聞こえた気がしてよかった。
「みんな、行ってくる」
かつての仲間に告げて、クライは振り返って歩く。
振り返ることなく、その場を後にした。