第一章16 『懐かしい顔』
しばらく歩くと、見知った顔が手頃な木に寄りかかって待っていた。
「クライ、久しぶりだな。エスコート助かったよ」
小麦色の肌をした高身長の女性だ。
「そっちも元気そうだな」
「おうよ。姫、どこで話すのか決めたか?」
彼女は「ミカ=クルルサ」。
リリーゼの付き人で、世話役の女性。男勝りで鋼のように美しく、戦う姿は屈強の男でも恐怖する。
彼女も十二神に数えられており、またの名を「神速の雪豹」と呼ばれる凄腕の探求者だ。リリーゼとは正反対で女性のファンが多い。
「わたくし達の本拠地は遠いですし、その辺でいいでしょう」
「ま、そうなるよな。クライ、お前の噂を聞いて、姫が大変だったんだぜ?」
その言葉の意味はすぐ分かる。
彼女達の本拠地は、隣国ラヘイラの首都だった。彼女がここにいるということは、大抵の想像がつく。
「すまん」
「謝るなよ。あたしらの間柄だろ? あっちも姫のワガママにも慣れっこだから、平気さ」
「ふふっ。そうですよ。わたくしの大切な仲間ですから、信用してください」
「姫は、少し反省しろ」
「な、なんでですか!」
本気でわかっていないようで、やはり変わっていなかった。
リリーゼはその容姿と強さで、探求者のアイドル的存在。
しかし本当の姿は、ワガママで天然な、箱入り娘だった。
「こほん。本題に入りましょう」
「ここでいいのか?」
「場所はどうでもよいです。今回は軽い挨拶ですし、近々、拠点を移しますから」
「ミカ、またリリーゼが勝手なこと言ってるぞ」
忠告するも、ミカは呆れ顔で首を振る。
「仕方ないだろ? お前が復帰したとなればこうなる。うちの連中は、みんな知ってるさ。今だって、引っ越しの準備で忙しい」
「本気か……」
「本気だ。お前だって、薄々勘付いてたろ?」
まったく気づかなかったわけではないが、確かにリリーゼの性格上、ありえないとは思えなかった。
「そうか――で、話があるんだろ?」
「はい。あなたは知らないでしょうから、報告が一点。カラットのダンジョンを憶えていますよね」
「ああ。嫌という程に憶えてるよ」
宝石のダンジョン、カラット。そこはクライが仲間を失った場所だ。
「あのダンジョンですが、わたくしと、さる方の意向で封鎖してあります」
「……さる方って」
「ご想像の通りです」
「……」
「王国側に提案し、あのダンジョンに足を踏み入れることができるのは、あなたのみとしています。それを、教えておこうと思いまして」
ダンジョンの封鎖。普通なら不可能だが、リリーゼと奴が提案すれば、五傑の恩恵に授かっている王国側は頷くしか手段はない。
特にリリーゼ達「深淵を覗く者」は唯一、王国と提携を結び、探求者の生活環境向上などに関わっている探求団で、信頼も厚い。
「……ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしていませんよ。ここから先は、あなたに決定権を委ねているのですから。これほど残酷はことはありません」
「でも、礼を言わせてくれ」
「そうですか」
最初に出た言葉が、感謝の言葉だった。
本当なら、近づきたくないほどに憎いが、今はそうではなかった。
「……ふふっ」
「ん? どうした?」
「いえ、こうして話していると、あの頃を思い出します」
「ちょ、姫――!」
リリーゼの言葉に、今まで見守っていたミカが飛び込んでくるが、リリーゼは続ける。
「大丈夫ですよね、今のあなたなら」
「……え?」
ミカとリリーゼがこちらを向く。
リリーゼには、とっくに気づかれていた。
彼女は元々目が見えていないから、耳だけで全ての状況を把握している。
その卓越した聴力に、心の声までもが漏れていたのではないかと思ってしまいそうだが、本当にその通りだった。
「団の名前、教えていただけませんか?」
「夢幻の探求団だよ。メアリっていう、俺達のファンが団長で、入った時には名前が決まってた」
「そうですか。……では、今日はこの辺にしておきましょうか」
「もういいのか?」
「ええ。お仲間の方も、そろそろ疲れていそうですし」
「え?」
リリーゼはそう言ってクライの後ろを指さした。
すると、慌てて物陰に隠れる影を捉えることができた。
「あいつら……」
「ふふっ。では、またお話ししましょう。前みたいに飲み会なんてどうですか? 誘いますよ? 誘っちゃいます」
飲み会って、あれのことか。
……あいつらとも、会ってないな。
行って、みたいな。
「わかったよ。……今日はありがとう。少しスッキリした。それと、ごめんな」
「いえ。クライ様が楽になったのなら、良かったです」
「……悪い。じゃあ、またな」
「はい」
クライは以前のようにリリーゼの手を握り、挨拶とした。
それからミカにも挨拶し、その場を立ち去ると、前方にメアリとミスティール、レクシスとシェドにアスカまで、全員が揃っているのが見えた。
「あ、クライだ。ぐ、偶然だね。私達今から買い物に――」
「下手か。そんなギルド装束で買い物なんて、もっとマシな嘘にしたほうがいいぞ」
「ご、ごめん」
「……はぁ。待たせたな。帰ろう」
「うんっ!」
遠巻きに彼らのやり取りを聞いていたリリーゼは、微笑んだ。
「姫、悔しくないのかい?」
「何がですか?」
「とぼけちゃって……クライを最初に誘ったのは、姫だろ」
「ふふっ。あの方には、あの方の生きる場所があります。クライ様が幸せになれるのなら、さすがにワガママは言いませんよ」
「……そうかい」
「ただ、ジェラシーですね」
「嫉妬してるじゃないか」
「もちろん。クライ様は誰にも渡したくないですから。ふふっ、勝負はこれからです」
リリーゼはそう言って踵を返し、ミカを伴って宿へと向かった。