第一章15 『羽衣の盲目姫』
二日目以降、クライ達はひたすら反復戦闘を繰り返していった。
何度もダンジョンに潜り、連携や戦い方を学習していく。
「ん~~、今日も探索したね!」
メアリが身体を伸ばしてそう言った。
「そろそろ、ギルドで新しい技術を教わって来た方がいいかもな」
「ギルド! そうだね。よし、みんな! 明日は各自ギルドに行って、もっと強くなって来よう!」
「ギルドか。懐かしいな」
「もっと強くなっちまうのか。楽しみだなぁ、シェド!」
「うん……」
どうやら、明日の予定は決まったようだ。
クライもそろそろ反復を終える頃合いだと思っていたので、この話には賛成だ。
そんな中、ミスティールが何かに気付いてクライを見てくる。
「あ、でも、クライさんはどうしますか?」
その言葉に、皆が気づいた。
「クライって、最上級ギルドだったよね。それ以上強くなれないの?」
「ああ。そもそも最上級に師範はいないから、俺が師範みたいなもんだよ」
『えええええッッッ!?』
「そ、そうだったんですね」
「師範か……羨ましい」
アスカが本当に羨ましそうにしていたが、目を逸らした。
「『十二神』って知ってるか?」
「知ってる知ってる! クライも数えられてるやつでしょ? ファンの私が知らないはずないよ!」
メアリが勢いよく挙手した。
十二神。それはトップクラスの力を持った探求者を示す呼称だ。
「実は、十二神っていうのは最上級ギルドの師範代、最高クラスの保持者に与えられる称号なんだよ。世間的には知られてないけど、探求者なら知ってる者は多い」
「つまり、クライさんの他に11人が最高クラスってことですか?」
「ああ。その通りだ。……ってわけで、俺はギルドに出向くことは出来ない」
「そっかぁ、クライ一人で寂しくない?」
「大丈夫だ。なんとかなる」
クライが頷くと、後ろを歩くレクシスがうんうんと頷きながら口を開く。
「兄貴、女連れ込んじゃうんすか?」
「「え?」」
「あ、すんません」
軽口を叩いたレクシスは、メアリとミスティールの迫力に押されて縮こまった。
しかし、本当に何をしようか迷う。
きっと迷い迷って、戦略立てたりして終わりそうだな。
そう考えると、クライは思わず苦笑した。
「とりあえず、明日はギルドなんだろ。ギルドまでは一緒に行くよ」
「ありがと、クライ! よおし! みんなでギルドだ!」
メアリの号令に、団員が声をそろえる。
こうした場面でも結束力の塊が見受けられ、探求団として完成してきていた。
「ふんふふ~ん。明日が楽しみだね、ミスティ」
「はい。でも、クライさんを一人にするのは心配です」
なぜか心配そうに見てくるが、大丈夫だと返しておく。
そんな充実感に満ちた夕刻、ダンジョンを出て少し歩いた先で彼らは足を止められた。
シャリーン♪
「……あれ? なんか聞こえない?」
「ああ」
クライがメアリの声に頷いて足を止めると、全員が立ち止って耳を澄ます。
聞き慣れた、綺麗な鈴の音色だった。
音の正体は徐々に近づいてきて、正体を現す。
「――! あれって!」
「わ、わわ……」
メアリとミスティールは気付いたようで、彼女達の声に反応して他の者達も気が付く。
この中には、彼女を知らない世間知らずはいないらしい。
前方からゆっくりと近づいてくるのは、ブロンドをなびかせ白と緑色の帯が交差する神秘的な羽衣を纏う美しい女性。
杖を右手に持ち、その先端に鈴が付けてある。
「……ん」
どうやら彼女はこちらに気が付いたようで、口角を上げ、ゆったりと歩み寄ってきた。
クライの他は誰一人動けず、その雰囲気や存在に気圧されて固まっている。
「お久しぶりですね。クライ様」
「……ああ」
「クライ、知り合いだったの?」
メアリの言葉に頷く。
彼女は『五雄団』と呼ばれるダンジョン踏破団の一つ「深淵を覗く者」の団長。かつてはクライとも親交があった。
「お元気そうで、なによりです」
「そっちも、元気そうだな」
彼女はにっこりと笑って頷いた。
「なんか、すごいシーンっぽいな、これ」
「レクシスさん、静かにしてないと怒られますよ」
「お、やべ」
「……」
外野の声は気になるが、まさかの再会と言うべきだった。
No.2と呼ばれる探求団「深淵を覗く者」の団長「リリーゼ=メルフォルン」とこのような所で出会うとは、思ってもいなかった。
しかし、彼女ならば不思議ではない。
リリーゼは杖をつき、瞳を開くことなくクライに歩み寄ると、彼の頬に手を伸ばしてくる。
「本当に……探求者に戻ったのですね」
「まあ……成り行きだよ」
「そうですか」
リリーゼは小さく笑って手を放すと、それ以上言及してこなかった。
彼女は、探求者の中でも人気があり、クライに付けられた二つ名のようなものを持っている。
「羽衣の盲目姫」。
それが彼女の二つ名で、彼女は名の通り、目が見えなかった。
「少し、話せませんか?」
「……メアリ、いいか?」
「い、いいけど。クライは私の団に入ったんだから! た、たとえあのリリーゼさんだとしても、あげないんだから!」
メアリが言い切ると、リリーゼがクスリと笑う。
「ふふっ。よき仲間を得たようですね。心配なさらずとも、他の団からの引き抜きは禁則ですから、大丈夫ですよ」
「……そ、それならいいんだけど。も、門限! 門限までには帰ってきてね!」
「門限って、初耳なんだけど」
「九時!」
「……わかったよ」
「話もまとまったようですね。では、行きましょうか」
リリーゼが手を出す。導いてほしいと言わんばかりの催促で、団員たちの視線が痛い。
「どこまで行くんだ?」
「とりあえず、近くへ行きましょうか」
リリーゼの手を握り、クライは彼女の希望通り隣を歩いた。