第一章13 『ミスティールは見た』
晩餐を堪能した最初の夜、ミスティールは進んで家事を担当し、メアリと共に後片付けをしていた。
「メアリちゃん、もう終わりそうだし部屋に戻っても――」
「平気平気! 私は団長だし、これくらいしないと!」
「……疲れてないの?」
訊ねると、メアリは強く頷く。
「初めてダンジョンに潜ってみて、すっごく楽しかったの。見たことない風景で、味わったことのない緊張感で……生きてるって実感できた」
「す、すごいね……わたしは、ちょっと怖かったから」
「どうして?」
「……だって、死んじゃうかもしれないし、最初は何していいのかもわからなくて」
ミスティールは持っていた箒を握りしめ、床に向かって言葉を吐き出す。
それを見ていたメアリは、ミスティールの肩に手を置き、微笑んだ。
「ミスティ、心配しなくても大丈夫だよ! 私達にはクライがいるもん!」
「……メアリちゃんはクライさんの事を、どうしてそこまで信頼してるの? わたし達は昨日会ったばかりで、何も知らない同士だよ?」
「うーん…………。何も知らないけど、これから知っていくから大丈夫じゃないかな。それにね、誰だって最初は何していいのかわからないよ。私だってダンジョンに入って舞い上がってたけど、一人だったら一歩も踏み出せなかったと思うの」
「メアリちゃん……」
「大丈夫! 私が団長だから、ミスティを死なせたりしないもん」
そう言って力強く頷くメアリの表情がとても印象的で、ミスティールは言葉が出てこなかった。
彼女の表情は本当に真っ直ぐで、一点の曇りもなかったから。
掃除を終えたのは夜。
まだ眠たくはなかったけど、ミスティールは部屋に戻ることにした。
部屋に戻って寝間着に着替え、読書や裁縫をしていると眠気が襲ってくる。
時計を見てから、ミスティールは眠ることにした。
「お水、飲んでから寝よ……」
そう思って部屋を出て一階のリビングに向かうことにする。
部屋に常備してあるランタンにマッチで火をつけ、それを持って廊下に出た。
そこは針を落とせば響く様な静けさで、真っ暗だ。
しかし、少し歩いた先でミスティールは部屋から伸びる灯りに気が付いた。
「……あれ?」
そこは確か、クライの部屋だ。
「まだ起きてるのかな……」
不思議に思って少し開いた扉を覗いてみると、部屋の奥で机に向かうクライが見えた。
「…………だから、……だな」
何か独り言をつぶやいているようだが、聞き取ることは出来ない。
時折メモを取り、頭を抱えているのが見えて、とても気になったミスティールは勇気を持って扉をノックする。
「……? どうぞ」
ギギィ。
「あの、まだ眠らないんですか?」
「ひょっとして、物音?」
「あ、いえ、そういうのではなくて……これから寝ようと思って、お水を――」
そう言うとクライは「ああ、そういうことか」と言って机に向き直る。
「なに、してるんですか?」
「大したことじゃないよ。メアリが明日も早くからダンジョンに向かうって言ってたし、早く眠った方がいい」
「で、でも……」
ミスティールが声を出そうとすると、クライは唇に手を置いて合図を送ってくる。
今は深夜。
周りに迷惑がかかる大声を出してはいけない。
すぐに理解し、ミスティールは顔を赤らめて口を押える。
「気になって、眠れない?」
「あ、あの、そう、です……はい」
「そうか。実は、これを書いてたんだ。……そんな所に立ってないで入ってきたら?」
「あ、お邪魔します」
ミスティールは深夜に男性の部屋に入るということで若干の抵抗を覚えたが、ここまでしておいて遠慮するのはおかしいと思い、部屋に入る。
近づいていくと、クライの手に持った用紙の内容がわかった。
「これって……」
「一応、戦術担当だからな。明日に備えておくのが役目なんだ」
そこに書かれていたのは、メアリやアスカ……ミスティールも当然含まれる団員たちの事だった。
内容は主に、今日の戦闘で発見した癖や性格など色々なことが書いてある。
「ミスティは、周囲がよく見えてる。予測を組み合わせて戦況を判断できるけど、実戦は目まぐるしく展開が変わるから、次の戦闘では予測外の行動にも対応できるように予測を信じないで選択肢の一つとして考えてみたらどうかな」
「え……」
急に言われ、ミスティールは思考が停止した。
「アドバイス、なんだけど。柄じゃないよな」
「そ、そんなことっ!」
ミスティが否定し、クライは少しだけ嬉しそうだった。
「あの、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「ん?」
ロウソクの火だけがともる部屋の中、ミスティールはつい口を滑らせてしまう。
「どうして、か」
「わたし達は探求団になりましたけど、そんなすぐに信頼できるものなんですか?」
「……一つ確かなことは、俺はみんなを信頼してる。じゃなきゃ、こんな面倒なことはしてないし」
「でも、どうして……」
「仲間だからって言いたいけど、出会ってから二日だし、難しいか。……俺の、死神の事は知ってるだろ?」
「……は、はい」
「そんな俺を仲間として認めてくれる連中だから、俺の方から信頼したいんだ」
「それってどういう――」
「こっちが信頼してなきゃ、誰にも信頼してもらえないからな」
「――!」
その言葉と表情に、ミスティールは驚いた。
ここ数日、クライはここまで笑顔を見せることは少なかった。
でも確かに、目の前で笑った。
いつか遠目に見たことのあった「死神」とは全く違う、クライ=フォーベルンの本質を見た気がした。
「だから、たとえ信頼されてなくても俺はミスティたちを信頼する。その為に、こうやって戦術を考えたりするんだ」
その言葉に、ようやくミスティールの中のピースが埋まった気がした。
「……わかりました」
「ん?」
「わたしも、信じます。メアリちゃんの事だけじゃなくて、あなたの事も信じます。他のみんなの事も、少しずつ信じていきたい……」
「それで、いいと思うよ」
「そ、そうですか……」
ドキッ!
「(あ、あれ、私どうしてこんなこと……! ね、寝ないと!)」
「あの、お、おやすみなさい!」
「おやすみ」
それだけを告げて、ミスティールは慌てて部屋を出ると、水も飲まずに自分の部屋に戻ってベッドに潜る。
「~~~~! どうして、そんなに優しくするんですかぁ」
ミスティールはその日の夜、あまり眠れなかった。