第一章10 『ダンジョンの洗礼』
簡易的に決めた陣形で、クライ達はダンジョンを進んでいく。
クライは大体迷宮の構造を頭に入れているが、あえて何も言わずに彼らの後をついて歩いた。
前衛にアスカとレクシス。遊撃としてシェド。中盤から後衛にかけてはクライとメアリ、ミスティールの三名が配置されている。
皆、それぞれのクラスに合わせた装備をしており、クライも久しぶりに袖を通す「支配者」専用のマントと鎧を着こんで、剣と杖を持っていた。
これらはかなりの代物で、このような初心者向けのダンジョンに出向く者は、こんな装備を見たこともないだろう。
「クライ、質問いいかな?」
歩いていると、メアリが急に話しかけてきた。
「ああ」
「魔物ってどのくらいの深さから出てくるの?」
「そうだな……もう少ししたら自然と出てくると思うぞ」
「じゃあさ、もう一個質問いいかな?」
「どうぞ」
「クライの装備って、支配者専用なんだよね」
「そうだ」
「支配者って、どんなことができるの?」
「そうだなぁ……魔法・治癒・剣技の三つになる」
それを聞いて隣を歩くメアリと、少し前を歩くミスティールが驚いていた。
「同時に三役をこなせるってことですか?」
ミスティールが振り返って訊ねてくる。
「まあ、そういうことだけど……上級からは二つ三つを同時に習得できるから、基本的に一人で全部をこなすことはない。一人一人には団の中で役割があって、それに合わせた技術を使っていくことになるから、他の技術は、あくまでも保険。俺は主に治癒と魔法を使うから」
「「なるほどぉ」」
前を行く三名は知っていたのだろう。反応が薄い。
下級ギルドで教わるのは一つの技術。
つまり、メアリであれば治癒、ミスティールであれば占い、シェドであれば弓術、レクシスであれば曲芸、アスカであれば剣技というように、一つの技術しか教わらないのは当然のことだ。
皆も、それに合わせた装備をしており、昨日初対面の時に付けていた鎧やマント、ローブといった具合に、クラスごとの装備を身に纏っている。
お金に余裕があれば装備を充実させることで、生存率を引き上げることが可能だが、まだクライ達は金貨も銀貨も、銅貨ですら稼いでいない。
本日の目標は、とりあえず銀貨十枚程度の収入。
これが無ければ生活すら危うい。
本来であれば、ここに家賃が組み込まれてきて、金銭の余裕はゼロに等しいが、その点は心配ない。
「お、そろそろみたいだぜ!」
先頭を歩くレクシスが声を出す。
通常、大声は厳禁だ。
しかしクライは注意しない。
このダンジョンの、この深さの魔物であれば、まず初心者でも死ぬことはない。
今日は身を持って、彼らに戦闘の難しさを知ってもらおうと考えている。
「がるるるぅあ!」
「うおっ! いきなり出やがった!」
ダンジョンの曲がり角。
そこから現れたのはウルフと呼ばれる獣型の低レベル魔物だ。
「死神さんよ! 敵出現だぜ!」
「俺は今回、多くの指示を出さない。五人でやってみてくれ。これから先の為に、まずは一人一人の性格と癖を知っておきたい」
「はぁ!? お前なに悠長なこと言って――」
「よそ見してていいのか? 相手は待ってくれないぞ」
「うげっ! ぐはっ!」
レクシスが早々にウルフのタックルをくらい、地面を転げ回って岩に激突する。
「た、助けないと!」
「メアリ、あの程度で治癒術は使うな。ギルドで習ったはずだ」
メアリのクラス「僧侶」は回復の要。つまり、生存率を上げる存在だ。
傷の治療から解毒まで、治療一般の全てを請け負うのだが、その代償は攻撃手段がないこと。
つまり僧侶は戦えない。
さらに厄介なのが、精神力と魔力を酷使するため、治癒術を使える回数は限られており、祈りを捧げない限り精神力は回復せず、瞑想をしない限り、魔力は回復しない。
――といった大きな制約がある。これは各クラスも同様で、無双のクラスは最上級くらいにしか存在していない。
「ギルドで……回復は、えっと」
だから回復を容易く行使することは出来ない。
必要な場面を見極める必要がある。
「あ、そうだった……体制を立て直して! アスカ!」
それでいい。
「任された!」
レクシスと入れ替わるようにアスカが前に出る。これも良い判断だ。
「このウルフは、あたしがやる!」
「ばうっ!」
アスカはそのままウルフと交戦し、剣で応戦している。
彼女の腕はなかなかのもので、戦士ならではの速度と力のある斬撃をウルフに浴びせていた。
アスカのクラス「戦士」は、騎士とは違う攻撃特化のアタッカー。盾を捨て、身軽さをもって剣を食らわせるリスキーなクラスだが、彼女には適任のようだ。
攻撃をうまく受け流し、確実に急所に剣をヒットさせている。一騎討ちしかしないと言うだけあって、実力はかなりのもののようだ。
さて、あとの二人だが……。
「えと、えぇと」
ミスティールが戸惑うのは無理もない。これが初戦闘なのだから。
隣では、メアリも少し声を震わせ息を荒くしているのがわかる。
しかし、彼は経験者のはずなのに、誰よりも腰が引けていた。
「シェド! 狩人の仕事をするんだ!」
「で、でも、どうやって」
「それくらい自分の頭で考えろ!」
「ひっ!」
シェドは慌てふためき、ウルフに気取られぬように奴の後方へと移動していく。
意外と狩人としての勘はよく、ベストポジションに位置取りし、ウルフにも気づかれていない。
息を潜めてウルフの死角で弓を構え、好機を待っている姿は狩人のそれだ。
あれでいい。
シェドのクラス「狩人」は弓を扱う狙撃手。
誰にも気づかれない場所から、一撃で敵を仕留めることが求められるクラスの為、位置取りや気配消しなど、繊細な動作が求められてくる。
「次は……」
ミスティールを見ると、どうやら彼女は自身で考えたのか、水晶玉を取り出して占いを始めていた。
ミスティールのクラス「占い師」は魔法を扱うことは出来ない。
そもそも、魔法は上級ギルドに所属してから扱えるものだ。
占い師の場合、魔法を使うことは出来ないが、魔力を消費して占いをすることができ、例えば――。
「気を付けてください! 敵が増えそうです! 二頭です!」
このように魔物の増援や、行動を予測することが可能。
他には味方の支援や補助を中心とした行動に長けており、僧侶とは違った角度から前衛をサポートするクラスになる。
「え、ほんと!?」
「こちらは手一杯だ。他は頼む!」
「くそっ! あいつ本当に見てるだけかよ! 俺様がいく!」
アスカは現在のウルフの相手を続け、レクシスが他のウルフに備える。
この判断は駄目だ。
アスカの担当するウルフはそろそろ倒れそうだが、増援は無傷。
たとえ狩人のシェドが一撃でウルフを葬ったとしても、もう一体残る状況では、狩人は弓を放てない。自分にウルフの視線が向くのは避ける必要があるからだ。
そこで飛び出したのが、レクシスというのは最悪だ。
彼のクラスは、確か「曲芸師」。あんな誰も選びそうにない意味不明のギルドを選択する時点で、他の団から敬遠されてしまいかねない。
「……」
曲芸師はトリッキーな技を使うことができる。
しかし前衛には向いておらず、ここで飛び出すべきではないのだが――。
「「うがああ!」」
「来たな、ウルフ!」
レクシスはカッコつけたのか、一度立ち止まってからウルフに突っ込んでいく。
アホもここまで来ると清々しく、驚きもしない考えなしの突撃だった。
「ちょりゃあああ!」
ナイフ片手にウルフに飛び掛かり、二頭のウルフと交戦を始める。しかし、予想通り防戦一方で、奴らの攻撃を受けきるのがやっとだった。
「ぐっ、このっ! こんにゃろう!」
しかし意外なことに、たった一人でしぶとくウルフの攻撃を受け、一歩も退こうとしない。
その姿勢だけは評価できた。
戦いにおいて、時間を稼ぐ要員は重要。それがどんな格好であろうと、レクシスはアスカがウルフを倒しきるまでの時間を稼いだ。
「代われ!」
「おうよ!」
掛け声と共にレクシスはバックステップで戦線離脱。このバックステップは曲芸師の技の一つだが、相手を撹乱するためのものだった気がする……まあいいだろう。
ひゅんっ! グサッ!
「アオオオオン!」
一頭のウルフが、突然遠吠えを上げて倒れる。
ちょうど交代のタイミングでシェドは弓矢を放ち、ウルフの頭を横一線で貫いたようだ。
彼の狩人としての腕は確からしい。
「ナイス、女々しい奴!」
「ひっ! ごめんなさい!」
アスカが叫ぶと、シェドは言い返そうともせずに縮こまる。
ウルフはもう一頭のウルフが倒れたことに動揺し、そのままアスカに一刀両断された。