梅壺の中宮
母、梅壺の中宮が懐妊したのは女一の宮が臨月を迎えた頃であった。日に日に大きくなっている腹を眺めながら、女一の宮は母の懐妊を喜ぶべきなのか複雑な心境だった。
自らと母中宮のお腹の子が皇子であれば、最悪、帝の地位を巡って血で血を争うことになりかねない。それに登花殿の女御が皇子を産めば、さらに事態は深刻化し面倒なことに発展することは目に見えている。
本音を知ってからというもの、登花殿の女御は数人の女房を連れて度々この桐壺を訪れるようになっていた。しかし、その彼女も今は実家の右大臣邸に戻っている。お産をするために里帰りしているのだ。
さて、それはさて置き。数ヶ月前、東宮の元に新たに更衣が入内したのである。本来、更衣が与えられる殿舎が埋まっているため、現在、不在になった御匣殿の貞観殿に収まった。彼女はさっそく東宮と子を作ろうと試行錯誤しているらしい。雷鳴壺の女御といい、貞観殿の更衣といい、面倒臭い女ばかりが後宮に残ってしまった。
女一の宮が盛大にため息を吐くと、晴乃が慌てて入ってきた。
「宮様、中宮様と女三の宮様がいらっしゃるそうです」
言うのが早いか、さっと御簾が巻き上げられた。その後まもなく現れたのは、女一の宮よりも小柄で嫋やかな雰囲気の女人であった。
「宮、動かなくて良いですからね。身体を大事になさい」
「ありがとうございます、母上。母上こそ御身大切になさらなくては…」
「まあ…」
そう言って、中宮はやや膨らんだ腹をぎこちない手つきで撫でた。
「貴女には先に伝えようと思っていましたの。主上は皇子が生まれようが、皇女が生まれようが、譲位なさるおつもりです。ですから、心配要りませんよ」
緊張感が部屋を貫いた。中宮と女一の宮の間には、以前はなかった違和感が生まれていた。
「母上様、この際ですから言っておきます」
中宮は小さく身じろぎすると、女一の宮と正面から対峙した。
「私は東宮様と私の子を必ずや帝にします。もし、母上が皇子を産んだとしても」
「…………」
「私は血を分けた弟が政敵であったとしても、容赦いたしませんわ」
ぐっと唇を噛み締めながら、たじろいだ様子で中宮は下を向いた。
「貴女のお腹の御子は、私の孫でもあるのです。それから…もう一つ言わなくてはなりません」
中宮は悲しそうな眼差しを女一の宮に向けた。
「流しました」
当初、女一の宮は何を言われたのか理解できなかった。
「流産しました。医が言うことには、薬を飲まされたそうです」
絶句する女一の宮に中宮は淡く微笑んだ。
「良かったと思っています。この歳でのお産は危険ですし、貴女と争うのも嫌です。先ほどまでのぎすぎすした空気も、全て。私が身籠っていた子は、争いの火種にしかならなかったでしょう…遅すぎたのです」
「母上、先ほどの非礼、お許しください」
女一の宮は心から謝った。自分は何て心ないことを言ったのだろう。最近、情緒不安定になりがちで、思ってもいないことを口走ってしまうことがあるのだ。
「いえ、宮くらいの強かさが私にもあれば良いのです。後宮を治めるというのは、そういうことです」
自分よりも中宮の方がよほど后らしい、と女一の宮は思った。
「そうであれば、弘徽殿の御方にも藤壺の御方にも、侮られることはありませんし。あそこまでのさばらせることもなかったでしょう」
中宮は優しく女一の宮の背中を撫でた。




