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東雲の姫君  作者: 小花衣 杏佳
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式部卿宮 その二

初夜を終え、遙貴に抱かれながら、櫻子は遙貴の着物の裾を握っていた。


「初夜なのに申し訳ないが、言っておくべき事があります。」


「…なんでしょう?」


「貴女だけが、私の妻であるという可能性は、ほとんどない事を前以て理解していただきたい。」


つまり、櫻子がただ一人の后ではないということだ。

后が何人もいるのは当たり前のことで、父帝もそうであったから、別段、何の違和感もなかったが、やはり一抹の寂しさを感じた。


「父帝には五人の女御様がいらっしゃいますから、慣れっこでございます。どうぞ、ご心配なく。心から愛する女性を、大切になさって下さい。」


自分とは政略結婚であって、恋を貫いた訳ではない。きっと、遙貴には、素晴らしい恋人がいるに違いなかった。


「貴女は…それで良いのですか?」


急に質問を振られて、櫻子は戸惑った。

それで良い、とは、どういう意味だろう。


「良いとか、悪いとか…そういう問題ではございませんでしょう。」


「いえ、善悪の問題ではなく、私が他に妻を娶っても、何の感情も湧かないのか、という事を訊いているのです。」


阿保か、と本気で櫻子は思った。何の感情も湧かない訳が、ないではないか。

遙貴が何故このような事を訊くのか、櫻子には理解できなかった。


「では…遙貴様は、私が他に妻を娶るなと言ったら、その通りになさいますか。」


「いいえ、恐らくしないでしょう。」


櫻子は、寝返りを打って、上半身を起き上がらせた。


「ならば、そのような事を訊くのは野暮ですわ。」


つい刺々しい口調になってしまった。


「…何の感情も湧かないと、本当に、遙貴様はお思いですか。」


きつい口調になっても、櫻子は気にしなかった。

涙を堪えるのに必死で、口調にまで構っている余裕などなかった。

あまりにも、酷いではないか。

遙貴は、顔色一つ変えず櫻子を見つめていた。


「嫉妬しますか。」


不安げに遙貴は訊いた。

言われた瞬間、櫻子は、かっと頭に血が昇るのが分かった。

初夜でさえ、遙貴は自分ではなく、恋人の事を考えているのか。

最早、これは侮辱である。


「どういう意味で言っていらっしゃるの?」


急に語気を荒げた櫻子に、遙貴は驚いたようだった。


「私が貴女の恋人に嫉妬して、生霊にでもなって、とり殺すとでも?貴方が、私を愛してなどいないと、知っているのに?」


言い切ると、涙が溢れてきた。

顔を見られたくなくて、遙貴のいない方を向く。袖で、頬を伝いながら流れる涙を拭いた。

悲しくて、悔しくて、そして、惨めであった。


何という酷い仕打ちをするのだろう。

今まで、恋もした事がない自分に、遙貴は何を求めているのだろうか。


自分の保身?地位の安定?


唯一、正しいことは、遙貴は自分を何とも思っていないことだった。


御帳台を抜け出そうと思ったが、女房に何を言われるかわからないし、遙貴のせいで、自分の名や、母の名に傷がつくのも不快だった。

遙貴は、何も言わず、押し黙っている。


「私を放っておいてくださいませ。」


自分でも驚くほど、冷ややかな声だった。

だが、撤回する気はさらさらない。

ゆっくりと褥へ戻り、掛け布を胸元まで引っ張った。

櫻子は、政略結婚で幸せな生活を送るのが、いかに大変かを深く嚙みしめるのだった。


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