チートウィンドウ9
「ポテトチップスが食べたい」
燦々と朝陽が窓から降り注ぐ中、ぽつりと、はるかは呟いた。
朝目が覚めての、第一声である。
遠くでは教会の起床の鐘が鳴っているようだった。
「ぽてとちっぷす」
ぐう
もう一度呟いた声に、お腹が呼応する。
起きる直前まで見ていた夢の中で、はるかはポテトチップスを食べていた。
はるかは元々はそれほど好きというものではなく、たまに食べる程度のものだった。
ただそれでもポテトチップスの好みの味というものはあるわけで、とあるメーカーのビネガーの効いた一品がはるかの一等好きなポテトチップスなのだ。
夢の中で食べていたはるかは、久しぶりに食べるそれを美味しい美味しいと食べていた。
そして目が覚めて今。
はるかはポテトチップスが食べたくて仕方ない気分だった。
「こういうときこそ、まほーよね」
ちょっぴり寝ぼけているせいもあるのかもしれない。
薄掛けをどかし、ベッドの上にあひる座りする。
「はい、どーん」
目の前に、ポテトチップスの袋が現れる。
ところどころ包装の文字が雑な気もするけれど、気にしない。
そして早速うきうきとその袋を開けてみて。
「ひょえ」
中身が入っていないことに、はるかは思わず悲鳴を上げた。
なんとも間の抜けた・・・悲しげな悲鳴である。
「うう」
小さくうめいて、はるかはポテチの袋を宙に浮かせ、ゴウと高熱で跡形もなく焼ききった。
そこには灰すら残らなかった。
ひとまずはポテチの袋を消去して、気を取り直す。
「はい、どー、あ」
やば、と思ったときには遅い。
今度はポテチそのものだけが現れ、シーツを汚す。
はるかのネグリジェにもいくらか欠片が散っている。
「ああぁぁぁ、もう」
頭を抱えたくなるが、その前にポテチだ。
シーツやネグリジェに落ちたポテチをひょいぱくしていく。
「染み渡るなぁー」
たぶん、主に油が。
いけないと思いつつ、やめられない。
なんて罪深い食べ物だろうか・・・。
どうしよう、これ。
止まらないよ。
ひょいぱく、ひょいぱく。
ぱりぱりと食べ進めていく。
「はー」
満足満足。
出現させたポテチを全て食べたところで、シーツを浄化する。
「けふ」
久しぶりのポテチは堪らなかった。
あの酸味。
この世界の料理は、どちらかといわなくとも、素朴一筋だ。
素材の味をとてもとてもとても大切にしている。
野菜本来のうまみと、少しの塩味。
たまに肉から出汁がとれているのを感じることもある。
毎日食べるならば、そのほうが健康的だろう。
あれはあれで美味しいとも感じている。
けれど。
無性にジャンクな味が恋しくなるのだ。
ポテトチップス、チョコレート、フライドポテト。
暑い国に行って、アイスを食べるのもいい。
はるかはキャンディバーだって好きだ。
「そうだチョコレートを食べよう」
はい、どん。
板チョコを出して、けれど口に運ぼうとした瞬間にはるかは躊躇した。
朝一番に大量のポテトチップスを食べて、その上にチョコレート?
たしか朝の起きぬけは食べたものの吸収が進む時間帯だとかなんだとか、夏休みの日中奥様向けの情報番組を見たときに、そんな話を聞いた覚えがある。
あれ。でもそれはタレントさんが言ってただけだったっけ。
だらだらとはるかの背を冷や汗が伝う。
手に持つチョコレートは、先ほどのポテチ失敗編から学び、包装紙にくるまれていないチョコレートそのままの姿のものだ。
時間が経つにつれ、はるかの体温に温められて手の中で溶けていく。
「うーん」
食べるべきか、やめるべきか。
はるかは悩んだ。
悩んで、ほんのりと軟らかくなったチョコレートを口の中に入れた。
「おいしー」
もにゅもにゅ
どちらかといえば、パキパキいうチョコレートのほうが好きなのだけれど、久しぶりのチョコレートは軟らかくなっても十分美味しい。
指についたチョコレートまでも舐めて、はるかは人心地ついた。
そして、固く決心する。
もう二度と起きぬけのポテチ&チョコレートのコンボはない、と。
「うん、次からは気をつけよう。うん、それがいいね」
うんうん、それでいいそれでいい。
自分を納得させて、はるかは自分の指を魔法で清め、白いお姫様スタイルのネグリジェを浄化した。
ベッドから出て、踝丈のネグリジェを脱ぐと、アイテムフォルダに収納し、今日着るワンピースを代わりに取り出す。
淡い藤色のワンピースだ。
基本は荒くれ者が多いギルドだけれど、薬草などの採取の仕事をメインに受注する女性がいることもあり、ワンピース姿はギルドの建物内で珍しいものではない。
ではあるが、さすがによそ行き風味のワンピースを着た少女が出入りするのは、周囲も違和感を感じていた。
はるかはファンタジー世界に慣れることに気持ちが向ききっており気づかなかったが、はるかがギルドの建物に足を踏み入れた途端、いくつもの目がはるかを注視していたのだ。
それは今もあまり変わりないが、以前が得体の知れない少女を見る眼差しだったならば、今は知り合いの可愛い少女を見守る眼差しとでもいったところだろうか。