チートウィンドウ7
オークは簡単に殺せる。
オーガも簡単に殺せる。
単体なら。
群れだとどうだろう。
上位種だとどうだろう。
ちょっとずつ、試していった。
上位種はあまりうろついていないから、森の奥で見つけた群れを潰した後に、2体逃がして、誘き出してみた。
最初の何回かは新しい群れがそこに定住を始めたけれど、繰り返すと、定住を始める群れの中に、メイジが交ざり、ハイ種が交じり、ジェネラルが交じった。
キングはさすがに出てこない。
気がつけばこの世界に召還されて3ヶ月ぐらい経っていた。
宿屋の部屋は、すっかりマイルームだ。
荷物はフォルダに入れてあるから、部屋には私物を一切置いていないけれども。
宿屋の恰幅の良いおかみさんは、アリサさん。
厨房の奥で、朝ごはんにホットミルクを出してくれるのは、アリサさんのだんなさんのダリルさん。
照れ屋だからとほとんど顔を見せてくれない。
たまに顔を見てご馳走様というと、戦国武将のような顔で、はにかんで笑う。
服屋のアンナさんは、柔和な笑顔がほっとする。
仕立ての仕事も丁寧で、作ってもらう服はどれも体に馴染む。
リボンもはるかの好みのものを仕入れてきてくれている。
魔法道具店の店主でアンナさんの幼馴染は、ゲインさん。
気弱そうだけれど、アンナさんと一緒にいるところを見ると、アンナさんを見守る頼もしさを感じる。
アンナさんの可愛がっている子だからと、よくおまけをくれる。
ギルドの窓口の黒髪さんは、ルナさん。
27歳バツイチ。
ギルドで雑談に興じている男たちの半分は、ルナさん目当てじゃないかと目している。
はるかに掲示板の前でよく話しかけてくれる厳つい男は、グイドさん。
流れの冒険者だったけれど、2年前にこの町に来て、居心地良くて居着いてしまったのだとか。
時折商人の護衛や街道の盗賊退治で長期間見ないこともあるけれど、基本はこの町を拠点にギルドの近場の依頼を受けたりダンジョン攻略をしているらしい。
小さな町は、プライバシーがほとんどなかった。
はるかは今のところ奇異の目を向けられることはないが、そろそろ10歳の子供が一人でオークやオーガの上位種を倒してくることがあまり一般的でないということは察していた。
この世界の子供は大体働いているが、10歳程度であれば親の手伝いがせいぜいだ。
一人でやらせてもらえることといえば、子守や雑用部分である。
はるかは町の人たちに自分がどう思われているのか、ちょびっとだけ気になっていた。
まあ。
相変わらずホットミルクを出してくれるし。
可愛いリボンを結んでくれるし。
おまけをくれるし。
討伐報告に行くとはるかの全身を確認した後にかすかに笑ってくれるし。
特に支障はないようなので、どうということもない。
朝食後の食休みをして宿屋を出ると、ちり雲ひとつない青空だった。
風が少し冷たいけれど、意識が冴えて気持ちいい。
「やるぞー。おー」
小さく呟きながら、大通りを歩く。
お気に入りの薄い水色のワンピースを着て、レースで飾りをつけたリボンを結んだ。
石畳を歩く靴は、アンナさんに調整してもらってぴったりの履き心地になった靴だ。
「お、お嬢ちゃん、今日は2階に行かねえのか」
ギルドから出てきたグイドが、呼び止める。
見れば、グイドは、腰に大剣を佩き、防具も身につけている。
「はい。おはようございます。グイドさんはお仕事ですか?」
「ああ。王都までの護衛でな。今朝町に着いた商人の護衛が足りなくてな」
「そうですか」
グイドは言葉を濁しているが、たぶんこの町に来る途中で盗賊か魔物に殺された護衛の補充といことだろう。
視線を落とすはるかの頭を大きな手が乱暴に撫でた。
グイドとしては優しく撫でたつもりでいるが、はるかには十分荒い。
「もう、せっかく結んだのに」
「そんなもんしてなくても、お嬢ちゃんは十分かわいいぞ」
拗ねたように唇を尖らせるはるかに、グイドが笑いながら言う。
グイドは昔、妻と娘を亡くしたらしい。
娘は生きていれば11歳。
ギルドでよく見かけるはるかを、構わずにいられないそうだ。
酒場で酔っ払って、泣きながら喚いていた。
商隊の準備ができたのか、荷台をつけた馬車がギルドの前に近づいてきていた。
「お、じゃあな。何するのか知らんが、町の外に行くなら気をつけろよ」
保護者のつもりだろうかという台詞をよく吐く。
手を上げて去る背中に、「グイドさんも気をつけて」と小さくなってしまう声で告げた。
「おうよ」
聞こえたのか、振り返ってにかっと笑った。
相変わらずの人相の悪さに、吹き出した。
グイドが商隊の主と話す声を背中に聞きながら、再び歩み始める。
今日は、初級ダンジョンに挑戦する予定だ。
ダンジョンはいろいろな場所にあるらしいが、今日はるかが挑戦しようと考えているのは、いつも行く森の近くにある谷底に入り口があるダンジョンだ。
地下に広がっているようで、3層まであるとか。。
鑑定でギルドに集う冒険者たちのレベルを観察していたところ、レベル30あれば初級ダンジョンの攻略は容易らしい。
はるかは今レベル62になっている。
余裕を持って臨みたかったので、レベルが倍以上になるのを待っていた。
森に入り少し進んだところで、ウィンドウで地図を出し、谷底へ移動する。
「わあ」
これがダンジョンの入り口か。
鍾乳洞の入り口っぽい。
中からひんやりした空気が湧き出ていて肌寒い。
おどろおどろしい隆起岩が天井や壁面を飾り、地面もごつごつしていて歩きにくい。
うーん。
できないことはないだろうと思って体を浮かせてみると、やっぱり浮いた。
けれど、生理的な違和感が半端ないので、ダンジョン初挑戦ではちょっと控えようと思った。
足場の悪い中を時間をかけてゆっくり進むと、モブゴブリンが現れた。
風を飛ばしてサクっといく。
歩き進めながら手をかざして、ささっと回収する。
宝箱も風を飛ばして解錠して、中に入っているものを手をかざしてささっと回収する。
中身はポーションだったり、解毒薬だったり、小さな剣だったり。
次々出てくる魔物や宝箱をを、その手順で歩きながら処理していく。
オーガを風で倒したときは失敗した気分を味わったけれど、順調も順調な進み具合だ。
こんな簡単でいいのかなと思いながら3層に進み、奥の台座に仁王立ちしていたキングオークを倒した。
ボスだったらしい。
キングオークは、親指ほどの魔石、キングオークの肉、キングオークの剣、左耳を残して消えた。
「こんなんでいいのかなあ」
思わず悩んでしまうぐらい簡単だ。
まあ簡単ならいいことじゃないかと気を取り直し、奥に進む。
ボスの台座の奥には小さな小部屋があり、拳ほどの大きさの正八面体が中央で宙に浮いていた。
「・・・何も起こらないか」
正八面体の周囲をぐるぐる歩いても、何も起こらない。
魔法陣ぽいものもどこにも見当たらない。
中級初級ダンジョンではそんな凝った仕掛けはないと、聞いていた。
だから、がっかりすることなんてない。
はるかはぎゅっと唇を結んだ。