チートウィンドウ6
「ダンジョンに潜ったやつが帰ってこねえってよ」
いつものように討伐報告の後にギルドで掲示板を眺めていると、後ろからそんな声が耳に入ってきた。
ダンジョン?
潜る?
「それ、リュックだよ。お宝を取ってきてやるとか言ってたけどな」
「やっぱ難しそうだな」
「2層までなら、俺も行けるんだけどな」
お宝?
2層?
帰ってこないとか。
もしかして、別の世界に送還されちゃったんじゃないの?
ダンジョン・・・辿り着いたそこには、送還装置がある・・・・・。
なんてね。
でも、潜るとか、海だったらどうしよう。
ここらへん海はなかったから、川かな?
振り向くと、会話をしていたのは、以前掲示板前ではるかを抱っこしてくれた男だった。
振り向いて物言いたげにじっと見つめるはるかに気づくや、相変わらず気安い口調でどうしたお嬢ちゃんと声をかける。
にかっと笑ってくれるが、怖いだけである。
案外子供好きなのかもしれない。
幼女好きだったら困る。
「あの、ダンジョンて、何ですか」
好意的な応対に勇気を得て、話の輪に入る。
集まっていた男たちは自然に場を空けてくれた。
「ああ、ダンジョンてのはな、あー、あー、何て説明すればいいんだ?」
おいおい。
頭を抱える男を笑いながら、別の男が応えてくれる。
その男はその男で、垂れ目が厳つさを中和するかと思いきや、やっぱり人相が悪い。
「いろんな魔物がいっぱいいて、お宝がそこらにあって、ダンジョンボスを倒すとそれなりのお宝をもらえる。たまに罠が仕掛けてあって、とんでもねえところに飛ばされたりな」
「そうだ、そうだ、そんな感じだ」
説明に窮していた男は、がははと笑いながら代わりに説明した男の背をばんばん叩く。
ワイルドだなぁ。
「送還魔法ということですか? そのリュックさんも、送還魔法で・・・」
説明はこっちのほうが向いているなと、代わりに説明してくれた男に訊いてみる。
はるかは気づいていなかったが、最初にはるかに声をかけた男はしょんぼりしていた。
「それはねえな。送還魔法は結構な魔法だから、あそこのボス程度が仕掛けるもんじゃねえだろうし。ダンジョンもまだ生きてるしな」
「ダンジョンは、生き物なんですか?」
「さあ」
おい。
おまえもか。
「生きてるっていうか、ダンジョンコアってのがあってな、それを壊さないと、ダンジョンはなくならないんだよ。なくならない限りダンジョンで魔物が発生し続けて、発生した魔物たちがダンジョンの外に出てきて、村や町を襲う。場合によっては王都が侵攻されて国が滅ぶこともある」
「じゃあ、リュックさんが、ボスは倒したけど、コアを壊す前に送還されたとかは?」
「1層2層潜った感じだと、あそこは中級ダンジョンだ。さっきも言ったが、送還魔法なんてめんどくせえもんは置いてねえだろうし。リュックは、あいつは、一人じゃハイオークに苦戦するやつだからな。たぶん、やられちまったんだろう」
・・・帰ってこないって、帰らぬ人になったってこと。
うわー。
青ざめるはるかに、男は困ったように口ごもる。
「まあ、そういうこともあるわな」
「ああ。ダンジョンに潜るっていうのは、そういうことだ」
このときばかりは神妙に、はるかに最初に声をかけた男も言葉を重ねた。
「教えてくれてありがとうございました」
心配そうな男たちに見送られながらはるかはギルドを出た。
思った以上にギルドに長居していたようで、外はほんのりと薄暗い。
まっすぐ宿屋に戻る気にもなれなくて、町の中をうろつく。
そういえば、この時間に外に出ているのって、初めてかも。
このぐらいには宿に帰って食堂で夕飯を食べてる時間だもんなー。
夕飯の後は自分の部屋でウィンドウいじってるし。
つらつらと考えながら歩いていたら、町のはずれにある物見台に来てしまった。
人一人が上れる程度の簡易なものだ。
町の五隅に配置されていて、魔物や不審者の侵入を監視している。
はるかが町に入ったところを誰も覚えていないけれど、小さいから見落としていたんだろうと納得されている。
平和といえば平和な町だった。
この町に来て、そこそこ平穏な生活をしていたから、ちょっと初心を忘れていたみたいだ。
戦争はあるし、魔物はいるし、町から町への街道には追剥や盗賊も現れるらしい。
電車で一本じゃないんだ。
「だめだなあ」
町を振り返ると、夜の闇が深くなってきていた。
魔法の光が灯る街灯がそこここで点いている。
映画でしか見ることのなかったような服を着ている人たちが、家路を急いでいる。
庭先には馬車の荷台が置かれていて、その傍で馬が飼葉を食べている。
酒場で賑やかに飲んでいる男たちは、腰に剣を佩いている者も少なくない。
なんてファンタジー世界だろ。
とりあえず、ダンジョンというものを見てみようと思う。
万能ウィンドウの地図で。
ギルドでダンジョンについて聞いた翌朝、朝食の後、部屋に戻り、ベッドに寝転がってウィンドウを出す。
パソより便利かも。
「地図地図地図」
地図を出すや、右上の小さな細長い枠の端についている虫眼鏡マークをクリックし、だ行からダンジョンをポチ。
はい、どん。
地図の中でダンジョンのある場所がずらっと光点として表示される。
マ行には魔石もあるけれど、これは落ちた魔石や人が持っている魔石、魔石として存在している魔石しか表示しない。
まあ、魔石探査もあるからね。
一番近くの小さな光点を長押しすると、説明文が表示される。
「ふんふん。初級ダンジョン、3層構造、モブゴブリン、ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、ハイオーク、ジェネラルオーク、ボスはキングオーク」
オークとか、物騒な話を聞いてしまったので、手を出していない。
うーん。
ダンジョンは手がかりになるかもしれないから、行ってみたい。
とりあえず、森でもう少し色々討伐してみよう。
でも、なんで初級ダンジョンが残ってるんだろう。
話を聞いている限りだと、初級ダンジョンならダンジョンコアを壊せる人はいそうだし、ダンジョンから魔物が発生するなら、壊したほうが良さそうだけど。
でも、ダンジョンがなくなると、自然に湧いて出る肉や素材がなくなるわけで。
町の特産品が減るわけで。
「ダンジョンて、うまく付き合えば持ちつ持たれつってやつ?」
資源だね。
思いついたその答えは正解に近いように思えた。
ちょっとでも過疎れば、一気に魔物に圧される、危ういバランスの上で保つ共生関係。
「まあ、しばらくは、森で狩りだからね」
地図をスクロールして森を表示させる。
魔石探査ボタンを押してから、オークが1体でうろついている傍をダブルタップした。
森の中である。
5メートルほど先には、豚がつぶれたような顔をした巨体がいる。
やばい。
なんでこっち向いてるんだろ。
やばい。
気づかれた。近づいてくる。
豚の丸焼き!
ボワッ
「!!」
巨大な炎に包まれ、悲鳴をあげるかと思った瞬間、どうやら絶命したらしい。
セーフ!!
小粒の魔石と肉と左耳が落ちたので、収納する。
あっという間だったから、なんの経験にもならなかった気がする。
まあ、倒せるのは分かったけど。
「こげてない」
一緒に燃やしてしまったかと思った草たちは、燃えていなかった。
ただし、そのあたりは草がなくなっている。
「うん?」
どういうことだろう。
近づいて、しゃがみこむ。
なんだかさらさらと砂のようなものが散らばっている。
この森の土とはちょっと感触が違うような。
きれいに禿げた地面を撫でる。
「うーん?」
分からない。
「まあ、いっか」
鑑定を使うほどじゃないだろうと思い立ち上がると、立ち眩みがした。
さっきの衝撃で一気に貧血になっていたみたいだ。
仕方がないからその場に大の字に寝転がる。
宿屋の固めのベッドとはまた一味違う固さだ。
ただ、寝られなくはないと思った。
必要があれば野宿もできそうになっている自分に驚く。
静かだ。
耳を澄ませば、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
木々の隙間から朝陽が降り注ぎ、かすかに残る朝露を煌かせている。
心が洗われるような光景を楽しんでいると、視界の端で光点が近づいてきているのが見えた。
「いいところだったのに」
はるかは気だるいしぐさで上半身を起こす。
ふと思いついて、光点部分をズームアップして、光点部分を長押しする。
説明文が吹き出し表示された。
『オーガ レベル17』
なんと、噂のオーガが近づいてきているらしい。
・・・そういえばさっき倒したのはオークでいいんだよね。
図鑑の絵って変に写実的で、似てるような違うような、よく分からなかったし。
それにしても、オーガってレベル17なんだ?
それともこの個体がオーガの中でも弱いほうなのかな?
なにはともあれ、レベルだけで言えば楽勝だと、はるかは知らず強張っていた肩の力を抜く。
しばらくして現れたのは、日本昔話に悪役としてでてくる鬼を洋風にしたような感じの魔物だった。
パンチパーマはなく、禿げている。
腰巻がトラのパンツではなく、熊の毛皮のようだ。
角が生えているが、雄牛のような角である。
はるかは考えた。
禿げているということは、このオーガはそこそこの年齢ということだろうか。
そうすると、オーガのレベルはこれぐらいが一般的ということか。
はるかは珍しく雷魔法を使った。
電気ショックで毛根を刺激してあげられるかもしれないと思ったのだ。
ビリビリビリ
「!!!」
一瞬はげしくびくびくと痙攣し、オーガは消えた。
小粒の魔石とオーガの肉と左耳が残った。
なんともいえない気持ちで収納する。
今更毛根を刺激したところで、どうしようもなかったということに、殺した後で気がついた。
少々動揺していたようだ。
「でも、やれそうだな」
さすがに群れはまだ挑戦する気になれないけれど。
はるかは空中に水を出し、コップを使っているつもりになって、水を飲んだ。
出した水を無造作にそのまま口の中に放り込むには、はるかの常識が邪魔をしていて上手に飲めないのだ。
一つ息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
立ち眩みは治まっているようだった。
ウィンドウで地図を出し、一体で行動している光点を一つずつ長押しして、オーガとオークの所在を絞る。
ばらつきはあるものの、皆レベル20以下だ。
地図のダブルタップを使い、はるかはオークとオーガを集中的に殺し続けた。
はるかは自分でも気づかなかったが、オーガを殺すときには雷魔法をついつい使っていた。
昼食のためにいったん町に戻り、その後はまたひたすら殺し続ける。
たまに水分補給をはさむが、ひたすら殺し続ける。
気持ち良い青空の下で何やってるんだろうと思いつつも、はるかはひたすらに殺し続けた。
レベル50になったのを確認したとき、我に返った。
空を見ると、茜色から薄暗色へのグラデーションを描いているところだった。
「おなか・・・すいたかも」
きゅう
口にしたら余計に空腹感が強くなったようで、腹がかわいくない音量で可愛く鳴った。
地図の中の光点は、夕方だというのにまばらしかない。
「かえろ」
ギルドには、明日討伐報告に行こう。
今日はもう宿で夕食を食べて、浄化魔法で体をきれいにして、早く寝よう。
さすがに疲れちゃった。