チートウィンドウ5
宿に戻ると、とりあえず体に浄化魔法をかける。
清潔は保たれるが、癒しがない。
いずれはこの世界で風呂を作成し、風呂に入る予定だ。
宿屋に風呂はあるが、人の入った風呂には入る気がしない。
中世には病気が蔓延していたという世界史教師のわき道話は、はるかをこの上なく怯えさせていた。
それはともかく。
はるかはベッドに腰掛けて、ウィンドウ画面を出す。
メニューボタンを押し、項目を上から順に見ていく。
「あった」
スキル
「見た気がしたんだよねー」
クリックする。
一番上に、『スキルポイント 125』。
一行空いて、たぶんスキル名だろう単語がずらずらと記載されている。
スキル名の横には、数字のゼロと、プラス、マイナス、決定ボタンがそれぞれある。
数字はスキルレベルだとか。
うんうん。
分かる分かる。
なんとなくね。
「これかなー。鑑定」
一番近そうだと思い、鑑定のプラスボタンを押す。
プラスボタンを押すごとに、鑑定という文字の横に表示された数字が、どんどん上がる。
スキルポイント1でスキルレベルが1上がるらしい。
そしてスキルレベルの上限は9だった。
鑑定スキルをMAX表示まで上げて、プロフィールを見ると、スキル欄には天賜に加え、鑑定とある。
天賜の横には数字がないけど、たぶん後から取得できるスキルとは別物なんだろう。
ということにする。
分からないし。
部屋の窓から通りを見下ろし、適当な人をじっと見つめる。
名前 グレイン・ベッグ
年齢 25
職業 剣士
レベル 21
体力 151/211
魔力 35/35
スキル 二刀流
裁縫 2
二刀流って、スキルなんだ。
しかも裁縫って。
画面でもなく、意識で見るという感じで、変な気分だ。
まあ、そのうち慣れるだろう。
なにはともあれ。
鑑定、ゲットだぜ。
服の仕立てを注文して、8日が経った。
ホットミルク付の朝食をぱぱっと食べて、はるかは宿を飛び出した。
石畳の大通りを早足で歩き、服屋へ向かう。
店の前では、看板を出しているところだった。
近づくはるかに気づいて、顔を上げた女性は柔和な笑顔を向ける。
「おはようございます」
「おはようございます、アンナさん。あの。今、大丈夫でしょうか」
「ええ、大丈夫よ。服の受け取りに来たのよね。今用意しますので、少々お待ちください」
そう言って店の奥に行くと、ほどなくしてはるかの前に10着のワンピースが並べられた。
トルソーに着せたものが3着、テーブルに丁寧に並べたのが7着だ。
デザイン画で見たときよりも実物ははるかを感動させた。
「すごーい」
きらきらした目でワンピースを見つめるはるかに、アンナは苦笑した。
「着心地を調節したいから、着てもらえる?」
「はい」
早速の試着に、声が弾む。
アンナは店の外に出て看板を一度引っ込めると、通りに面した壁のカーテンを閉める。
この場で着替えができるように取り計らってくれたようだ。
「あら」
驚いたような楽しそうな声。
どうしたのアンナさん。
と思ってアンナさんを見たら、アンナさんの目は私の胸を見つめていた。
そうです、実は私、胸は大きめなんです。
服を着ていると分からないけど、脱ぐとすごいんです。
「まあー。将来有望ねえ」
前回は着替えを見られていなかったからね。
10歳でこの大きさは不自然かなと思ったけれど、特に違和感はないらしい。
まあ日本人の15歳にしてはという感じだし、周りの子と比べて程度なので、全体的に大きいこの世界の人からしたら、そうでもないんだろう。
ほっとしたような寂しいような。
「全部ワンピースで大丈夫だったかしら?」
「え?」
「ラビラビの肉の調達依頼を受けたと聞いて、動きやすい服のほうが良かったかと思って」
「いえ。ワンピースで大丈夫です。私、こんな可愛い服が着られるなんて、夢みたいで嬉しいです」
「だったら良かった」
実際、ウィンドウと魔法を駆使するはるかは、動きやすい服など無用だ。
少々汚れることがあっても、浄化の魔法などですぐに清潔になる。
最初に身に着けていた一枚しかない下着も、魔法のおかげで毎日使っても、汚れないし傷まない。
気分的には複雑なものがあるけれど、そこには目をつぶるしかない。
一着目の試着が終わる。
可愛い作りだけれど、一人での着替えも楽に行えた。
着心地は現代服と同じぐらい良く、裾や脇などを見てもらったけれど、アンナは満足そうに頷いていた。
靴にいたっては、現代靴よりも余程良い。
足にぴったりとフィットして、数歩歩いた感じでは靴擦れの心配がなさそうだった。
「すっごく着心地がいい」
「ありがとうございます。次の試着をお願いします」
「はい」
どうやら10着全て着るようだ。
だから広い場所で着替えさせてくれたのか。
「生地がすごく気持ちいですね」
「少し良い生地を使わせていただきました。見た目では分からないようになっていますの、安心してください」
えくぼを作って悪戯っぽく笑われるけど、一瞬なんのことだか分からなかった。
・・・・・・・・・・・・。
お金持ちと思われて、悪いヤツラに狙われないようにってことか。
咄嗟にそういう発想がまだ出てこないからね。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、微笑ましそうに笑みを浮かべる。
うんうん、癒されるね。
「あ、魔法店のことも、教えてくれてありがとうございました。早速買ってきました」
「店主のゲイルから聞きました。可愛らしい女の子が買い物に来たって」
あの男の人はゲイルというらしい。
楽しそうに笑うアンナさんは、ずいぶんと仲が良さそうだ。
「青い顔をして入ってきたのに、自分を見た途端気が抜けたような顔をしたって、笑っていたわ」
なんと。
バレバレでんがな。
ある意味失礼な態度だっただろうに、ほんとに笑ってくれたんだったらほっとするけど。
「怒ってませんでした?」
「怒ってませんよ。可愛かったって、ほんとうに楽しそうに話してくれたのよ」
そう言いながら笑うアンナさんは、どこか寂しそうに見えた。
ちょっと視線が遠いみたいな。
なんか、訳アリの二人なのかな?
大人の事情に踏み込めるほど、女子高生は人生経験を積めてないからね?
うーん。
10歳設定だし、スルーでいいよね。
「少し脇をいじりますね」
はるか的にはちょうど良い着心地だったけれど、プロの目には違ったらしい。
着たまま針をちくちくされて、どこが直ったのか分からないけれど、たぶん着心地がよくなったんだろう。
直しはそう入ることもなく、お昼前ぐらいには10着の試着を終えていた。
代金は金貨一枚でお釣りがきた。
売るほど金貨をもっている身としては安く感じるけれど、日本円に換算するとそんなものなんだろうか。
物価については良く分からない。
「またどうぞ」
「はい。お世話になりました」
頭を撫でられる。
下手したら10歳以下に見られるからね、しょうがないよね。
アイテムバッグをポケットに入れて、店を出る。
今日はこの後どうしようかな。
アンナさんのところでファッションショーはやったし。
お昼ごはんを食べてー、討伐行ってー。
「くあ」
あまりの天気の良さに欠伸が出る。
ギルドで読書は今日は無理だ。
絶対に寝る。
うん。
討伐だな。
今日の戦果は、モブゴブリン32体。
レベルは39になりました。
モブゴブリンは群れで暮らしているので、群れに突っ込んでいくと一気に稼げる。
上達した魔法で一気にスパッとやると、魔石と左耳、ボブゴブリンの肉になる。
肉は今のところ使い道がなく、アイテムフォルダにひたすらたまり続けている。
いつか使いたい・・・。
そろそろ次のレベルの討伐でもやってみたい。
ギルドで黒髪さんにモブゴブリンの左耳を7つ渡す。
「あの、モブゴブリンの次のおすすめってありますか?」
「・・・・・ゴブリンやコボルトはいかがでしょう。ただ、ゴブリンは群れの中に魔法を使うゴブリンメイジや群れを束ねるゴブリンキングがいます。それに、ゴブリンの生活域にはオークが現れることもあるので、十分な注意が必要です」
「分かりました。ありがとうございます」
処理の終わったギルドカードを受け取り、依頼が貼ってある掲示板を見に行く。
夕焼けが鮮やか過ぎて、光が差し込んで上のほうが見えない。
どうにか見える位置がないかと掲示板の前をうろうろする。
「どうしたお嬢ちゃん」
はるかの2倍は背丈横幅ともありそうな厳つい中年が声をかけてきた。
人相が悪い。
こわ。
「あの」
「上のほうが見えねぇんじゃねぇのか」
「ん? そうなのか」
横合いからかけられた声に、男ははるかの答えを待つこともなく、はるかを抱き上げていた。
後ろから脇の下に手を入れて高い高いの背後バーションだ。
「ほら、見えるか?」
「は、はい」
見える。
見えるけど、別の意味で見えなくなりそうだ。
うう。
でも、上のほうの依頼も確認できて、一応掲示板に貼ってある依頼を全部見たことになる。
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
はるかが言うと、ゆっくり下ろされる。
「困ったら言いな。いつでも抱っこしてやるからな」
はるかの頭を撫でると、男は周りの男たちとの会話に戻る。
「ありがとうございました」
もう一度お礼を言って、はるかはギルドを出た。
荒くれっぽい人たちだけど、意外と優しい?
ギルドの帰り、髪を結ぶリボンを買いに寄った服屋で、アンナに言うと、アンナは苦笑した。
「ここは、村が発展して町になった、小さな町だから、荒くれは荒くれでも、比較的気の良い者が集まっています。そうでない者もいますし、大きな街や王都はもっとひどいですよ。いろいろな人が集まってますからね」
王都かあ。
「王都って、どんなところですか?」
「ウクリエナ王国の王都は、ドワーフの武器屋が多いですよ。他国の作物が色々入ってくるから、食事も美味しいし。ギルド登録したなら、そのうち行ってみたらいいんじゃない?」
「ギルド登録したならって?」
「王都や街は城壁に囲まれていて、中に入るにはギルドカードが必要なの。城門で、ギルドカードを提示して犯罪歴のチェックを受けるのよ」
「ふうん」
王都。
王都ねえ。
城に嫌な思い出しかないからな。
別の国だけど、ろくなことなさそうだし。
「ゲインが王都に定期的に行くから、私もたまに便乗させてもらってるけど、活気があるし生地の種類も多いし、楽しいですよ」
「ああ、だからアンナさんはゲインさんと仲が良いの?」
言ってから、しまったと臍を噛む。
内心冷や汗を流しつつ、何も気づいていないふりで笑顔を保つ。
「ええ、生まれたときからの幼馴染ですよ。この町はほとんどが顔見知りですからね」
アンナさんも大人だ。
いつもの笑顔にほっとする。
「だから、余所者がいると、すぐに分かるんですよ。ナツさんのことは、今密かにブームになってますよ」
「え」
なんだと。
いや、でも。
たしかに10歳だと思われてるなら、一人で宿に何連泊もしたり、ギルド登録したり、怪しさ大爆発?
ギルドに提出する数を調整していたのもあまり意味なかったのかな?
うーん。
「可愛い女の子が、健気に一人旅をしているらしいって」
おやおや。
可愛いだなんて。
そういうことならいくらでも噂しててください。
「まだ小さいのに、腕は確かだとか」
「いえ、そんなことは」
「ナツさんぐらいの年の子で、一人で一日にモブゴブリンを7匹も倒すなんて、凄いわよ」
すごいのは、この町の噂の回る速さじゃないかなあ。
おっとりのアンナさんが、珍しく興奮気味だ。
「そのうちオークやオーガも倒せるようになるかしらねえ」
「・・・どうでしょう」
このままいけば、倒せるようになるだろうなぁ。
「女の子なら、倒せるようになれるなら、倒せたほうが良いわよ」
「そうなんですか?」
魔物図鑑で見た気がするけど、当分必要ないと思って、説明文は読まなかったしね。
「オークやオーガはね、男は殺すけれど、女は自分たちの子供を産ませようとするの」
・・・・・。
それは、あれですね。
犯すってやつですね。
「倒せるように、がんばります」
「うん。できるなら、そのほうがいいわ。討伐に出向かなくても、村や町を襲いにくることも多いから」
「がんばります!」
というわけで、リボンを買って店を出た。
薄い桜色のリボンはレースもなく飾り気がないけれど、極上の手触りだ。
リボンにワンピース、これに日傘と子犬がいれば最高なんだけど。