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チートウィンドウ1

 はるかが目を覚ましたのは、石造りの建物の中だった。

天井は高く、床はひんやりしている。


「どこ、ここ」


 横たわるはるかを離れて囲んでいるのは、背の高い白人の男たちだ。

 ローブやら甲冑やらから始まり、皆一様に中世だかファンタジーだかの衣服を身にまとっている。

 建物も衣装もあまりにも本格的でそれらしくて、そのクオリティの高さはまるでハリウッド映画の撮影現場みたいだ。

 はるかには、なぜ自分がここにいるのか理解できなかった。

 はるかは先月高校に入学したばかりの、平凡な女子高生だ。

 容姿は少々可愛らしい程度で、アイドルには足りないし、ハリウッドなど縁もゆかりも伝もない。

 はるかは恐る恐る起き上がった。

 寝ているまま見下ろされ続けるというのは、気分の良いものではない。

 立ち上がりながらスカートをはたき、高校の制服を着ていることに気づく。

 もう一方の手の中でがさがさ音が鳴るので見てみれば、学校指定の学生鞄とコンビニで買い物をしたビニール袋のもち手が手の中にあった。

 どうしてこんな格好でここにいるのか。

 意識を失う直前の記憶を辿る。

 たしか・・・いつも通りの学校からの帰り道だったはずだ。

 それが突然光に包まれて、あまりの眩しさに目を瞑ったら、いつのまにか意識を失っていた。

 そうして気づいたら、ここにいたのだ。

 目くらましに気絶したところを誘拐されたんだろうか。

 背中にじっとりと冷たい汗が滲む。


「???????」


 立ち上がったきり何の反応もなく黙ったままのはるかに、30歳ぐらいの男が声をかけてくるが、はるかにはまるで分からない言語だった。

 日本語でないことは明らかだ。

 早すぎてよく聞き取れないけれど、英語でもない気がする。

 肩口までの金色の髪はゆるくウェーブし、湖面を思わせる瞳は青というよりは銀色に近い。

 文官風の衣装に加え物腰柔らかそうな雰囲気だが、貧弱ということもない。

 平時ならば見惚れそうな甘めの美貌だが、今のはるかにはそんなものに目を配る余裕はなかった。


「あの、にほんご、分かりますか」


 話しかけてきた相手に、逆に問いかけてみる。

 男は怪訝そうに眉根を寄せてじっと黙る。

 はるかの言葉を反芻しているみたいだった。

 とりあえず理解できていないことは伝わってきた。


「きゃんにゅーすぴーくいんぐりっしゅ?」

「・・・キャノン?」


ゆっくりと男が紡いだ言葉は、きっとはるかの言葉を繰り返したつもりなのかもしれない。

大砲じゃないよ。

そんな物騒なこと口にしてないよ。

 通じないのは発音の悪さのせいではないはずだ。たぶん。

 はるかの残念な表情を見て、男はさらに難しい表情をした。


「?????????」


 だから、分からないってば。

 コミュニケーションが取れないというのは、非常に困る。

 はるかの額にじんわりと汗が滲む。


「???????」


 どこで切れてるのかも分からないし。

 なんて言ってるんだろう

 聞き取りに集中しようと思ったとき、それは現れた。

 半透明のウィンドウ画面だ。

 周囲の人々がちらとも反応していないので、咄嗟にはるかも無反応を貫く。

 それは、パソコンのウィンドウとネットのウィンドウが混ざったみたいなモノだった。。

 右上に×ボタン等があったり、右下に音声ボタン等があったり、左下にメニューボタンがあったり。

 ・・・・・・・。

 右下の音声ボタンをさりげなく押してみると、音量、字幕、音声切替の項目が表示された。

 またまたさりげなく字幕ボタンを押してみる。

日本語、英語をはじめ、言語名がずらずら出てきたので、はるかは当然のことながら日本語を選択する。


「????????」


『魔石の用意を。魔術師長、言語魔法を』

 ウィンドウ下部に日本語の字幕が流れるようになった。

 美貌の男の言葉に、ローブを着た人がはるかに近づいてこようとするのを、40歳ぐらいの赤髪短髪の男が止める。

 美貌の人が文官風であるのに対し、赤髪短髪は武官風だ。


「????????????????????????????????????????????????????」


『モンタナ公、今は魔石の消費は控えたほうがよろしいのでは。言語などそのうち通じよう。異界の巫女にご助力いただく方法など、いくらでもある。そも、この子供がまことに巫女ならば、軍旗とともに先頭に掲げておくだけで、存分に力を使ってくれるのではないか』


唇を歪めて笑う様は、嫌みったらしい、いかにも悪役といった風情である。

 美貌の男はモンタナ公というらしい。

そんなことは、どうでもいい。

 血の気が引く。

 魔石、異界の巫女、軍旗。

 このウィンドウ。

 ウィンドウは何も操作しないでいると、字幕は流れるままに、ウィンドウ部分は消えた。

 異世界トリップ。

 信じたくないことだけれど、疑う余地はない・・・・・のか?

 ない、のだろう。

 気が遠くなりそうだ。

 しかも、問答無用に戦争だとか物騒なことに駆り出されようとしているらしい。

 冗談じゃない。

 はるかは唇をかみしめる。

 本当に巫女の力があるというのなら、こんなやつら蹴散らしてやるのに。

 たった一つのお助けグッズになりそうなウィンドウに何か救済がないかと思い、ウィンドウを出すよう念じる。

 出た。

 右下にマップボタンがある。

操作もきっとスマホやパソコンをイメージすれば良さげかな。

 マップボタンを長押しすると、説明文が表示される。

 どうやら、この世界の地図が表示されるもので、1回クリックでクリック地点の説明文表示、二回クリックでその場所に移動できる機能らしい。

 なるほど。

 モンタナ公と赤髪短髪との舌戦に、周囲の男たちも加わり、はるかにはほとんど注意は向けられていなかった。

自分たちより小さく弱々しい存在など、歯牙にもかけていないのだろう。

 マップボタンをクリックするとウィンドウの中に新しく画面ができて、そこに大陸がいくつかある世界地図が表示される。

 現在地点は赤い三角マークらしい。

 地図の端にある縮尺でどんどん拡大していくと、今いる場所がルプス王国王城広間であると分かる。

 クリックすると、この広間の説明が表示されるが、はるかには必要ないので、説明文の右上の×ボタンで説明表示を消す。

 王城の部屋の表示を一つずつ見ていき、金庫と書かれた部屋を見つけた。

 はるかは迷わずそこを二回クリックする。

お金は大事です。

 一瞬後、はるかは別の部屋の中にいた。

 きっと金庫で間違いないだろう。

 部屋の中にはいくつも箱が置かれていて、その中には金貨やら銀貨やらが詰め込まれている。

 持っていた学生鞄の中に、金貨を詰められるだけ詰め込む。

 ・・・重くて持ち上がらなくなってしまった。

 何か便利機能はないかと、操作しないでいたらいつのまにか消えていたウィンドウを、再度立ち上げる。

 左下のメニューボタンを押すと、いくつかの項目が表示され、その中にアイテムフォルダというフォルダがあった。

 説明ボタンによると、手をかざしてフォルダに収納するようイメージすれば良いらしい。

 はるかはまず学生鞄の中にある金貨に手をかざし収納した。


「わーお」


 手をかざした金貨は全て収納され、はるかへの負荷もまったくない。

 フォルダの中には金貨という項目が勝手に増えていた。

 自動的に仕分けてくれるらしい。便利だ。


「あっはっは」


 はるかは笑った。

 金庫の金貨に手をかざしたまま金庫の中を歩き続ける。

 30分も歩き続けると、金庫の中の金貨は空になった。

 ついでに学生鞄とコンビニ袋も収納する。

これではるかは手荷物なしの身軽な状態である。


「次は・・・・・どこに行こうかな」


 金庫の外が騒がしくなってきた。

 はるかはウィンドウから地図を出し、吟味する。

 ウクリエナ王国のホトン森。

 説明文によると、700年前に異界人が建てたとされる石碑があるらしい。

 スマホの要領で指を滑らせて森の地図を拡大すると、異界人の石碑という点が表示される。

 二回クリックする。

 と、はるかは森の中にいた。

 木々の隙間から明るい青空が見えて、昼間らしいと分かる。


「かんたん」


 目の前には石碑がある。

 幸いなことに、700年前の異界人は日本人だったらしい。

 石碑には日本語で書かれていた。

 梅干が食べたいBY横山雄介、と。

 ・・・・・・。


「梅干かぁ」


 はるかは梅干が特別好きというわけではない。

 けれど今この状況になって、梅干が食べたいという先人のメッセージを眼にしたら、無性に食べたくなった。

 横山雄介さんは、いったいこの世界でどうやって過ごしたんだろう。

 そして、帰ったんだろうか。


「・・・きっと、帰ったんだよね」


 召還ができるなら、逆の送還もできるはず。

 はるかは、その考えにしがみつくしかない。


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