94 前哨戦
まず始めに起きたのは大爆発。
熱核兵器や大火山の噴火ですら青ざめるようなエネルギーの奔流が閉鎖空間で荒れ狂い、その天井を吹き飛ばした。
そしてタクトとテルタンが飛び出した先は、混沌領域。
相も変わらずデタラメな場所であり、何の必然性もなく空から氷の矢が雨あられと降ってきた。
無論、そんなものは避けるに値しない。
体当たりで破砕しながら、タクトとテルタンは向かい合って上昇し続ける。
ただ視線をぶつけ合っているだけなのに、空間が歪み始めていた。
次元回廊が開きつつある。
「今は小手調べだからいいけど。ちょっとでも本気を出したら、その瞬間に次元回廊に飲み込まれてしまうんじゃないか?」
「あら、心配しないで。次元回廊を封じ込める術式くらい心得ているわ。私、この十万年間、頑張ってきたんだから」
テルタンは微笑む。すると次元回廊の徴候らしき歪みが消えていく。
「術式広域展開。これで私の半径一光年以内に次元回廊が開くことはありえない。思う存分、本気を出してね。あなたの強いところ見せて頂戴」
「一光年って、ちょっと広すぎやしないかなぁ」
「そう? 私とあなたが戦うんだから、そのくらい必要でしょ。ほら、宇宙空間に出たわよ。二つの紋章を解放なさい。世界の法則を歪めるほどの魔力を放つのよ。小惑星をダース単位で吹き飛ばしましょう。ほら、早く早く、タクトさん。私を感じさせて。もう待ちきれないわ! 私、初撃から本気で行くわよ!」
住んでいた惑星はすでに林檎ほどの大きさになった。
真空。無重力。
結界で自分を包まなければ死んでしまう。
念を送らなければ会話もできない。
つまり、ここは誰にも遠慮する必要のない宇宙空間だ。
魔法少女テルタンはステッキを振りかざし「キラ☆リンッ!」と口走る。
瞬間、彼女の背後に光の槍が出現する。
長さは一キロメートル以上。
魔力の量は国家消滅レベル。
それが十二本。
ファンシーな花が散るエフェクトと共に、タクトへ向けて連続発射された。
「死んじゃ駄目なんだからねっ!」
自分で撃ったくせに懇願するテルタン。
もちろんタクトだって死ぬつもりはない。
双紋章を全力解放。
前面に強固な結界を構築し、攻撃の尽くを吸収する。
そして一点に凝縮させて弾頭を形成。
目が潰れるほどの輝きを放つそれをテルタン目がけて撃ち返した。
当然テルタンは回避機動をとる。ほぼ光速に近い速度で避けたが、しかし弾頭は彼女を追尾した。
「――ッ!?」
驚愕を浮かべる彼女の真正面に、光の弾頭が直撃する。
宇宙開闢の炎かと思えるほどの紅蓮が広がり、彼女の姿を覆い隠す。
常識的な相手ならこれで終わりだが、無論、テルタンは終わらない。
即座に反撃がくる。
爆発の炎が集まって、動物の形を作った。
それはクマ。
テディベアのようにデフォルメされた可愛らしい姿であった。
ただし全長は五百メートルを超えている。
「そーれっ!」
クマは炎の回し蹴りをタクトへと放った。
その軌道には複数の小惑星が漂っていたが、尽く粉砕し、微塵も減速することなく迫り来る。
蹴り脚とタクトの結界が触れた刹那、クマ全体が閃光を放った。
自爆である。
その威力に、さしものタクトも一瞬、前後を失った。
傷こそ負わなかったものの、ふと気が付けば、母星が見えないほど遠くまで吹き飛ばされていた。
そしてテルタンはタクトと併走しており、追撃せんと新たな魔術をくり出す。
「マジカル触手アターック!」
広大な宇宙を埋め尽くすようにして、無数の魔法陣が描き出された。
数百、いや千を超えている。
その全てから怪獣じみた大きさの触手が生え、タクト目がけて四方八方から襲いかかってきた。
「可愛がってあげるわタクトさん!」
速度と質量だけでも驚異的。更にどんな特殊能力を備えているか分からない。
しかし――
「覆え、火の繭」
迫る触手の全てを覆い尽くす、炎が壁となって現われた。
かつて地球において数万の魔族を屠った技であり、ここでも同様に、目標の尽くを消し飛ばす。原子核が崩壊するほどの熱量で、跡形もなく消滅させる。
「タクトさん、凄いわね。けれど、これはどうかしら?」
テルタンはステッキをくるくる回して、大きな大きな魔法陣を描いた。
彼女自身を中心に、徐々に徐々に広がっていき、やがてララスギアの街よりも、トゥサラガ王国よりも大きなものとなっていく。
その奥から、唸る声が聞こえる。蠢く影が見える。
揺れるはずのない宇宙を揺らして現われたのは、異形の化物。
先程の触手より大きく、数も多い塊。
暗黒神話めいた冒涜的な姿。
タコともイカともつかぬ不気味なそれは、重力変動を引き起こすほどの質量を有していた。
「可愛いでしょ? これが私の、し・も・べ。とても太くて大きいでしょう? 堅くもなるんだから。ふふ、情熱的に遊んでアゲル」
地上に降り立てば、それだけで百万単位で人が死ぬような正真正銘のモンスター。
それが明確な敵意を持って攻撃を仕掛けてくる――その直前。
タクトは先手を打った。
「輝帝招来――光を以て邪を払え」
勇者と魔王の紋章から溢れる魔力を光のエネルギーへと変換し、波長を整え指向性を与え、的へと叩き込む。
すなわちレーザー。
だが光〝線〟とは言いがたい。
いや、離れて見れば確かに線なのだが、タクトやテルタンの視点からは、面攻撃にしか映らない。
光を一点集中させることによって破壊力を増大させるというレーザーの利点を放棄しているようにも見えるが、タクトの魔力量を考えれば、そのような小賢しい理屈は論ずるに値しない。
ただひたすらに滅するのみ。慈悲なく化物を消し飛ばす。
「うそ、一撃で!?」
ここにきてテルタンは焦りの色を強めていく。
均衡が崩れた瞬間であった。
あとは一瞬で終わらせる。長引かせるような戦いではない。
タクトは、勇者と魔王の力を凝縮させた球体を作り出し、亜光速でテルタンへと叩き付ける。
なに、彼女は死なないだろう。
それどころか、反撃の気配すらあるではないか。
「流石にこのくらいじゃ終われないわよっ!」
テルタンもまた自分の魔力を絞り出して光の球を生み出し、真正面から撃ち込んできた。
鍔迫り合いのようにして、二つの力が激突する。
おそらくテルタンにとっては乾坤一擲。ここで敗れたら余力はないという状況だろう。
対してタクトは余裕がある。むしろ指数関数的に魔力が増大しているような気さえした。
否。
気のせいではなく、本当に魔力が増えている。
テルタンとの開戦からの数分。タクトにとっては、転生してから初めて全力を出した数分だった。
つまり、今の今まで、自分が本気を出したらどうなるのか知らなかった。
勇者と魔王の紋章が、共鳴のような現象を引き起こし、天井知らずに強くなっていくなど、予想もしていなかった。
ゆえにタクトとテルタンの実力は既に比べものにならないほど開いている。
手加減の必要すら感じられるほどに。
「まさか、こんな……これほどなんて……!」
彼女は悔しさと喜びを混ぜ込んだ笑みを浮かべて――そして諦めた。
光の玉から魔力を抜き、全身からも力を抜き、吹き飛んでいく。
茶番劇じみた決闘はここに決着を見る。
タクトは、血にまみれて真空に放り出されたテルタンに追いつき、抱きしめ、回復魔術を使う。
攻撃魔術に対して回復魔術は不得意なのだが、膨大な魔力にものを言わせて何とかする。
するとテルタンの傷が塞がっていき、美しい肌が戻ってきた。
「あらタクトさん……助けてくれたの?」
「まあね。別に憎き敵ってわけじゃないし。混沌の核とやらを一緒に倒しに行くんだろ? じゃあもう少し生き残らなきゃ」
「そうね。それにしても……ふふ。タクトさんの魔力が流れ込んでくる……温かいのが沢山……こんな凄い回復魔術かけられたら私、気持ちよくなっちゃうわぁ」
「あんまり変なこと言ってると、傷が塞がる前に中断して、太陽に向かってぶん投げるよ」
「いやん。いじわるなのねタクトさん。けど私、嘘を言ってるわけじゃないんだから。あなたの回復魔術、本当に心地いい。このままお昼寝したいくらい」
テルタンは瞼を閉じ、か細く呟いた。
体にはほどんど力が入っておらず、あれほど力強かった魔力は微塵も感じられなくなっている。
タクトの力を試すため、全て放出してしまったのだろう。
あと、それから。
研鑽を積んできた十万年を、容易く越えられてたまるかという意地。それを打ち砕かれ、疲れ切っている。
「おやすみ、テルタン・テールフラ。目覚めたら一緒に混沌を倒しに行こうか」
「ありがとう、タクトさん……あなたは何をやるにしてもピクニック気分なのねぇ……」
結界の中に、魔法少女の寝息が流れる。
十万年以上生きたとか、太古の大神とか、そんな大層なものにはとても見えず、外見相応の十四歳の寝顔がそこにあった。




