93 テルタンのお願い
タクトが『次元回廊の研究』と『例の本』を揃えた、あの日。
これと同じ景色を夢の中で見た。
満天の星空を反射する海と、白い砂浜。
珊瑚の森と、貝殻の家。
そしてそびえ立つピラミッド。
「また会ったね。それとも初めましてと言うべきなのか? テルタン・テールフラ」
かつて出会った場所。ピラミッドの山頂。
そこで彼女は待っていた。
「そうね。現実世界で会うのは初めてだし、初めましてでいいんじゃない? タクトさん。ようこそ私の故郷へ。とは言っても、地下に作ったレプリカだけどね」
人類発祥以前の種族。今現在の世界を構築したと自称する大神。
魔法少女テルタン・テールフラ。
相も変わらぬコスプレ的服装で、彼女は微笑む。
「さあ。せっかくあなたのために紅茶とお菓子を用意したのよ。立っていないで座って頂戴」
言葉どおり、ピラミッドの上には二つの椅子と、丸いテーブルがあった。
その上には湯気を上げるティーカップと、アップルパイが。
「心遣い痛み入るよ。このアップルパイは君が作ったの?」
「そうよ。まさかこんなに早く来るとは思っていなかったから、慌てて作ったんだから」
テルタンはそう自慢げに言って、ナイフでアップルパイを切る。
それを小皿に取り分けて、タクトの前にそっと置く。
「ありがたく頂くよ」
この後に及んで毒殺でもあるまい――とタクトはフォークで一刺し。
アップルパイを口に運ぶ。
意外なほど美味しかった。
どうやら本気でタクトをもてなすつもりのようだ。
「ところで。君には色々と聞きたいことがあるんだよ、テルタン。自力で会えたら教えてくれるって言っただろう?」
「そうね。けど、タクトさんが一番聞きたいことは分かっているわ。地球に帰る方法、でしょ?」
テルタンはそう言って、テーブルの上に拳大の物体を置いた。
それは水色に輝くライトクリスタルだった。
「日本の座標が入ってるから。ここに来たときと同じように、右手と左手の力をぶつければ大丈夫よ」
驚くほど呆気なく。
長年探し求めていたものが、タクトの目の前に現われた。
その突然の出来事に、タクトはポカンと口を開け、固まってしまう。
どう反応していいのか分からない。
「あら、いやだ。タクトさんったら変な顔。可愛いいけどね。言っておくけど騙すつもりはないわよ。正真正銘、本当に日本へ行けるライトクリスタル。それはあげるわ。だから、私のお願いも聞いて頂戴」
お願いを聞いたらあげる、ではなく。あげるからお願いを聞いてくれ。
これはフェアというより、タクトが有利すぎて不気味ですらある。
テルタンの狙いがまるで分からない。
「そのお願いって何だ?」
「私と一緒に、混沌を排除してほしいの」
そう呟いて、テルタンは紅茶を飲む。
とても綺麗な声で、とても優雅な仕草で、とても大それたことを口にする。
「例の本にもそんなことが書いてあったな……全ての生物は混沌を排除するために進化していると。そして混沌とは、大昔に次元回廊からこの世界に流れ込んできたものだと」
「そのとおり。おかげで私の種族は、私を除いて全滅しちゃったわ。もう十万年くらい昔の話かしら」
「十万年か……すると君は何歳なんだ?」
「あら、いやだ。女の子に歳を聞くなんて。私は永遠の十四歳よ」
「そうかい」
少なくとも十万歳以上ということなのだろう。
そのくらい長生きだと、もう二十万だろうが百万だろうがあまり違いがない。
「俺を地球からこの世界に召喚した理由は? まあ、別に俺をピンポイントで狙ったわけじゃないみたいだけど」
「そうね。別に誰でもよかったの。強ければね。次元回廊を開けるってことは、最低限の可能性はあるから。今まで二百人くらいこの世界に連れてきたわ。肉体を持っていた者はそのまま転移。あなたみたいに肉体を失っていた者は転生させてね」
「肉体を失っていた……?」
「ええ、そう。知らなかった? タクトさんは魂だけになってこの世界に来たのよ。きっと、魔王との戦いで死んじゃったのね」
タクトはあの戦い、勝ったとばかり思っていたが。そうか。相打ちだったのか。
少し悔しいが、過ぎたことだ。
「それで赤ん坊になったわけか。アジールの庭にいたのも、君の仕業かい?」
「まぁね。あなたくらい強い人を育てるなんて、女神じゃないと無理だと思ったから。あと、魔王のほうは絞りカスみたいになってたから、適当に捨てておいたわ。グラド・エルヴァスティが拾ったみたいだけど……それが巡り巡ってあなたのところにたどり着いたのは、私の仕業じゃないわよ。運命って不思議ね」
「すると、君が関与したのはどこからどこまでなんだ?」
「そうね……まず、創世記を書いたわ。あなたが例の本と呼ぶ代物。エルフたちは聖典って呼んでいるわね。あれ、他にも同じものが何冊かあるのよ。それから『次元回廊の研究』ね。私は、この二冊を手に入れた人の夢枕に立つことにしてるの。そして現実で私の元までたどり着けたら、望みを何でも叶えてあげるって言うの。そうすれば、大抵の人が頑張るわ。タクトさんみたいに自分の世界に帰りたがったり、永遠の命を欲したり、この愛らしい魔法少女テルタンをお嫁さんにしたがったり、中には世界最強になりたいって人もいたけど……」
「世界最強? それは駄目だね。君の趣旨と違う」
「その通り。私に頼らなきゃ強くなれない程度の人は願い下げよ。私が欲しいのは私より強い人。だって、混沌を倒さなきゃいけないんだもの」
かつてテルタンを含む、大神全てが束になっても勝てなかった〝混沌〟という存在。
「私はね。この十万年で強くなった。ええ、頑張ったわ。けれども混沌には到底敵わない。一人じゃ駄目なのよ。だから、ねぇタクトさん。お願いよ。私と一緒に、隣の大陸まで行って欲しいの。そこに混沌の核がある。そして戦って」
戦って。そう言った彼女の声は、今にも泣きそうだった。
タクトが日本に帰る方法を求めていた以上に、彼女は仲間を欲していた。
「もう一つ質問なんだけど。五大女神システムはいつまで生存領域を維持できるんだ? いつか限界が来るんだろ?」
「さあ。正確な時期なんて分からないわ。けど、五人の女神のうち二人は精神的にかなりキテるわね。うまく後継者を見つけないと、その時点でその生存領域は終り。混沌領域が押し寄せる力は日々強まってるから、女神の負担も増えているんでしょうね。だから、いつかどこかで全てが終わる。私はそうなる前に何とかしたいのよ。だから転移・転生者を集めたの。この世界の生き物が強く進化するまで待っている余裕はもうないから」
明日かもしれないし。千年後かもしれない。
それがいつかは分からない。
しかし終りは必ずやってくる。
今タクトが協力しなければ、次に相応しい者が現われるまで、更に十万年かかるかもしれない。
「いいよ。ライトクリスタルとアップルパイのお礼だ。手伝ってあげる。今すぐ出発するのかい?」
「出発したいのはやまやまだけど。その前に私、全力であなたを殺してみようと思うの。だって、半端な人を連れて行ったら、混沌に吸収されて逆効果だから。生き延びてね、タクトさん」
まるで散歩にでも誘うかのような口ぶりで彼女は言い、
「そうかい。かかっておいで」
と、タクトは軽く頷いた。
そしてテルラン・テールフラは魔力を解放した。
椅子とテーブルが消滅して、ピラミッドが砕け散って、貝殻や珊瑚が吹き飛んだ。
魔王よりも女神よりもなお強い相手が、タクトに牙を剥く。




