89 洞窟攻略
次の日。
マオとクララメラに店を任せて、タクトは早朝から出発した。
一人なので、遠慮なく加速する。
アジールからわずか数分で海上に到達したタクトは、地図を片手にダンジョンの場所を探す。
「ええと、半島から西に進んで、小さな岩山があって、そこから北にいったところの海底……この辺かなぁ」
タクトは周りに球状の結界を作り、海に飛び込んだ。
底が見えないほど深い海を、渦巻きが発生するくらいの速度で潜っていく。
三百メートルくらい進むと底にたどり着いた。
しかし真っ暗で何も見えない。
ライティングの光を四つ出して四方に浮かべると、ようやくまともに探索できるようになった。
海底には、やたらと脚が長いカニや、真っ白なエビ。かの有名なダイオウグソクムシなどが這っていた。
他にもグロテスクな魚やら細長いサメやらと、多種多様な生物でごった返している。
非常に興味深い。
しかしタクトの目的は海底探査ではなく、洞窟に行き、ライトクリスタルを見つけ出すことだ。
ウロウロしていたタクトは、それらしき大穴を発見する。
直径は約五メートル。深さは分からない。
まさか無限に続くわけでもないだろうから、とりあえず飛び込んでみる。
そして海底から更に百メートル程度潜ると、今度は上に向かう別の道が現われた。
つまりこの海底洞窟はU字型になっているのだ。
もちろん登っていく。
すると不意に水のない空間に出る。
垂直に続いていた洞窟は九十度折れ曲がり、ようやく水平になってくれた。
洞窟の上に降り立ったタクトは、奥の方から不気味な気配を感じ取った。
もしセラナを連れてきていたら、即座に引き返すほどの威圧感。
「これはあれか。テルタンが俺に課した試練ってことなのか?」
強くなって――。
彼女はそう言っていた。
グラド・エルヴァスティはテルタンの元に辿り着けなかった。
つまり強くなければ辿り着けないということ。
「けれども、この程度で俺に対する試練というのは、やれやれ、と言ったところかな」
タクトは気負いもなく、すたすたと歩いて行く。
すると、奥から何やら地獄めいた咆哮が聞こえた。かと思えば、目を爛々と光らせたコウモリの群れが空気を切り裂くようにして突進してきた。
明確にこちらを排除しようとしてる。
それは外敵が侵入してきたからか。あるいはタクトだから、か。
コウモリはタクトの結界に触れると同時に蒸発していく。
数こそ多いが、脅威にはなり得ない。
次に現われたのは巨大ミミズ。タクトの胴体よりも太いそれは、鞭のように体をしならせ襲いかかってくる。
だが当然、タクトの敵ではない。
睨み付けただけで燃え上がり炭化する。
続いてムカデ、クモ、サソリと薄気味悪い生物が、魔力を放ちながら矢のように飛んでくる。
その尽くを殲滅しながらタクトは進む。
並の魔術師なら既に百回は死んでいるような猛攻であるが、歩みは緩めない。
一切合切を灰燼にしながら、タクトは奥を目指す。
そして親玉が現われた。いうなればボスキャラ。
それは骸骨だった。
人間の物とも動物の物とも分からぬ白骨が集まって、像ほどもある四足歩行の形を作っていた。
隙間だらけで、関節の構造もデタラメ。
なのに崩れることなくタクトの眼前に立っていた。
「――――」
骸骨から、人の口では到底発音できない意味不明の音が広がり、タクトの鼓膜を打つ。
何らかの魔術であろう。
こちらの防御結界が削られていく。
しかし彼我の魔力量に差がありすぎた。
削られるそばからタクトの防御結界は再生していき、結局は何も起きていないのと同じになってしまう。
「今度はこっちの攻撃だ。セラナさんの技を借りてみよう。ライトニング・ブレード!」
タクトの手に蒼く輝く光の剣が現われる。
初めは打刀程度の刃渡りだったそれは、タクトの意に従い、どこまでも伸びていく。
骸骨まで届くほど伸ばしてから、タクトは無造作に振り下ろす。
まずは洞窟の天井を抉り、それから骸骨の脳天に直撃した。
無論こと一刀両断。
四足歩行の骸骨は、頭から尻にかけて切断され、左右に分かれた。
と、思いきや。異変が起きる。
不意に骨と骨の結合が剥がれ、バラバラに崩れてしまったのだ。真っ二つどころではない。
これではどんな形だったのかすら不明である。
もちろん、タクトにはここまで細かく切った覚えはなかった。
つまり、骸骨が自らこうなったのだ。
ゆえにタクトは警戒する。
何かしてくるに違いない――と。
予想は的中し、骨は再び集合し、形を作った。
今度は二足歩行。すなわち人型である。
洞窟の天井スレスレまでの身長だ。ざっと五メートルといったところか。
しかし大きいというだけなら珍しくもない。
問題なのは倒しても再生してしまうというその特質。
それから放つマナ、だ。
馬鹿げていると言いたくなるほど膨大だった。
おそらくこの骸骨が地上に出れば、都市を一夜で壊滅させるほどの暴れ方をするだろう。
それを証明するように、骸骨は腕を振る。
巻き起こる衝撃波がタクトを襲う。
「へえ――」
感嘆を漏らしてしまうほどの威力。
洞窟の壁が砕け、岩が飛び散り、地震が巻き起こる。
これでは人の作った建物などひとたまりもない。
だが、タクト・スメラギ・ラグナセカにとっては、鼻歌交じりに倒せる相手だ。
バラバラにしても再生するというなら、骨を一欠片も残さず消滅させればいいだけのこと。
「紋章解放――」
タクトの右手に勇者の紋章が浮かび上がる。
出力は一パーセント以下。
でなければ、この洞窟ごと崩壊してしまう。
「テルタン・テールフラ。もし見ているなら、次はもっとマシな試練を用意するんだな。あまり俺を舐めるなよ」
そして魔力の塊を放つ。
紋章から飛び出したソレは、無慈悲に骸骨を飲み込んだ。
そのまま洞窟を抉り取り直進。おかげで道幅が一回り広くなった。
当然、骨など欠片も残らない。
圧倒である。
しかし。
――奥からまだ威圧感がくるな。何だろう……マナっぽいけど。また敵かな?
面倒なのは嫌だから、敵が複数いるならまとめて来て欲しい。
そんな横着なことを考えながら、タクトは洞窟の奥へと向かう。
そして、たどり着いたのは、光り輝く空間だった。
足元も壁も天井も、全てが透き通り、そして水色に淡く発光している。
どうやら、そこから先は洞窟の全てがクリスタルで作られているらしい。
自然に出来たのか。あるいは人工物か。
いや、そもそも自然という概念が怪しくなっている。
この世界が大神たちによって創られたというのなら、全ては人工物だ。
――これが全てライトクリスタル……ではなさそうだな。マナを感じない。
タクトはそのガラスのような壁に手を当て、光の正体を探ろうとする。
確かにこの壁はマナを放っているわけではない。
しかし、どこからかマナが流れ込んでいるように思える。
そしてよく観察すると、この光は、壁や天井そのものが発光しているのではなく、もっと奥で放たれているものが乱反射しているのだと気付く。
きっとそれが光とマナの源なのだ。
――にしても幻想的だなぁ……やっぱりセラナさんを連れてきたほうがよかったかも。
視界の全てがクリスタルで覆われるなど、まさに御伽の世界だ。
ましてそれが光っているとなればロマンチックこの上ない。
二人で歩くことが出来れば素敵だろう。
今度、改めて来てもいいかもしれない。
もっとも、奥に行けば行くほど、美しい景色とは裏腹に、威圧感が増してくる。
それを取り除かないことには、遊び場として相応しくない。
そのためにもタクトは水晶の洞窟を進み、やがて開けた場所に出る。
光源はそこにあった。
「……凄いな」
タクトはつい感嘆の声を漏らしてしまう。
ついにライトクリスタルを見つけたのだ。
それも巨大な塊である。
まるで柱のように地面から伸びていくライトクリスタル。
水色に輝くそれは見とれるほど美しい。
だが同時に、何者をも近づけない力を持っていた。
四方へと広がっていく強烈なマナ。
それはあらゆるものを押し返し、ライトクリスタルへの接近を拒んでいる。
つまりアジールの周囲に張り巡らせてあるものと同様の『圧力の結界』だ。
ただし、出力は比べものにならない。
こちらの方が遥かに強力だ。
タクトが「凄いな」と呟いたのは、ライトクリスタルの美しさではなく、この結界の力に対してだった。
並大抵の魔術師では、この場に立っただけで潰されて圧死するだろう。
いや、混沌領域で活動可能な超一流魔術師でも、この圧力には耐えられない。
つまり、人類にライトクリスタルの入手は無理ということだ。
これがテルラン・テールフラの課した試練だとしたら、何ともハードルが高い試練だ。
いったい、どんな強さの者を求めているのか。
それこそタクトでなければ、この結界は突破できないのだ。
「台風に逆らって進んでいるみたいだな……」
ライトクリスタルに向かって一歩踏み出すたび、跳ね返そうとする力が強まっていく。
だが無論、たどり着く。
たとえ女神でも進めないほどの圧力の中を、タクトは歩ききった。
そしてライトクリスタルに触れる。
樹齢数百年の木にも匹敵する大きさの柱だ。
流石にこのまま持ち帰るわけにはいかない。
そこでタクトは手に魔力を込めて、手刀でライトクリスタルを切り裂いた。
一升瓶くらいの大きさにして、脇に抱きかかえる。
ライトクリスタルは小さくカットしても、まだ凄まじいマナを放っていた。
これだけあれば、きっと大丈夫だろう。
むしろ、これより大きくすると、置いておくだけで周りの花瓶やガラスが割れたりする恐れがある。
さて。次はこのライトクリスタルに術式を刻んで、右手と左手の紋章の力をぶつければいいわけだ。
それで次元回廊が開き、何か新しい展開が起きるはず。
しかし、どこで次元回廊を開けばいいのだろう。
勇者と魔王の力の激突とは、国が軽く滅びる規模の力である。
実験する場所は慎重に選ばないと、近所迷惑どころの話では済まない。
「どうしたものかなぁ……」
そう呟きながら、タクトは帰路についた。




