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83 不揃いなトマト

 金持ちという生き物は、家事は全てメイドさんに任せ、料理は専属のシェフに作ってもらうものだとばかり思っていた。

 ところがアンジェラが自分でキッチンに立つと聞き、タクトは驚いてしまう。


 一応、この家でもメイドを二人雇っているらしい。が、住み込みではないので、夜は自分の家に帰ってしまう。

 またアンジェラが料理好きで自分で作ってしまうため、専属シェフというのはいないという。


「せっかくだから、タクトくんとセラナちゃんも食べていきなさいよ。腕によりをかけて作るから!」


 アンジェラは袖をまくり、気合いの入った顔で言った。

 遠慮すると怒られそうな雰囲気だったので、タクトは素直に頷いた。

 そしてセラナは、貴重な栄養補給の機会に喜び「わーい」と子供のようにはしゃぐ。


「お母様。わたくしも手伝いますわ」


 シンシアはキッチンに向かう母親を追いかけ、リビングから出て行く。

 これで部屋には、タクトとセラナとチャーリーの三人だ。

 せっかくなので『次元回廊の研究』のことを聞いてみよう。


「チャーリーさん。バルフォア家の誰かが九十五年前、長老の店で『次元回廊の研究』という本を買っているはずなのですが、何かご存じありませんか?」


 もちろん、駄目で元々の質問だ。

 バルフォア家の書架に何千冊あるのか知らないが、数日かけて探し回る覚悟は出来ている。

 だからこれは世間話のようなもの。

 アンジェラとシンシアが晩飯を作り終えるまでの時間潰し。

 まともな答えは期待はしていなかった。

 しかし――


「次元回廊の研究……ああ、うん。昔々、そんな本を読んだ気がするなぁ……」


 チャーリーは遠い目をしながら、記憶を探るようにそう呟いた。


「本当ですか? ちなみに、その本がどこにあるか覚えていますか!?」


「うむ、覚えている。というより、その手の奇書・怪書の類いは一カ所にまとめられている。私の父親がそういうのを集めるのが好きでね。まあ、荒唐無稽な本ばかりだったよ。言うまでもなく、ちゃんとした魔導書もあるがね」


 荒唐無稽。チャーリー・バルフォアはそう言い切った。

 やはり、まともな魔術師からすれば、次元回廊など笑い話でしかないのだろう。


「実は、その『次元回廊の研究』を探しているのですが……見せてもらってもいいですか? そして、出来ればお借りしたいのですが……」


「構わないよ。どうせホコリを被っているだけの本だ。しかし君は物好きだね」


「まあ、趣味のようなものでして」


 本気で次元回廊を開くつもりだと言えば、正気を疑われてしまう。

 チャーリーの記憶は明日まで続かないだろうが、たとえ一瞬でも軽蔑されたくなかった。

 しかし、これでまた一歩前進だ。

 あるいは一気に終わるかもしれない。

 懐かしの日本に戻って牛丼を食べるのだ!


 などと、タクトが牛丼を思い出して空腹を感じていると、


「皆さん。夕ご飯が出来ましたわ。食堂へどうぞ」


 丁度いいタイミングでシンシアがやってきた。


「やった! 私もう、お腹ペコペコよ!」


「あら。セラナはいつもお腹ペコペコではありませんか」


「確かにそうだけど、今は特に!」


 セラナは真っ先にソファーから立ち上がり、鼻歌を歌いながら廊下に向かう。

 続いてチャーリーが立つ。

 杖はついているが、しっかりとした足取りだ。身体の方は元気そうだと知り、タクトはホッとする。


 シンシアの案内でたどり着いた食堂は、中央に八人掛けの広いテーブルがあった。

 その上に染み一つない白いクロスがかけられ、更にロウソクの灯った燭台が乗っている。

 その明かりに照らされる料理が、とても美味しそうだった。


 海老がたっぷりのグラタンに、マッシュルームが入ったポタージュ。それからトマトとレタスのサラダだ。

 随分と庶民的であるが、だからこそアンジェラとシンシアの手作りだと分かる。

 とても温もりを感じる。


「さあ、皆さん。たんとお食べ。私とシンシアの合作なんだから」


 エプロン姿のアンジェラが自慢げに語った。

 こうしてみると、なるほど主婦っぽい。

 それにしても、シンシアがどの程度手伝ったのか知らないが、料理の完成度を見る限り、彼女もなかなかの腕前のようだ。

 そう、タクトが感心していると――


「わたくしはトマトを切りましたわ!」


 実は大したことがなかった。

 よく見ればトマトの大きさが不揃いである。

 これならタクトのほうが遥かにマシだ。


 もっとも、トマトの形や切り口がどうであろうと、味は変わらない。

 ありがたく食べるとしよう。


「いただきます」


 そして食事をしながら雑談に花を咲かせる。

 シンシアの父親の姿が見えないのは、仕事で出張しているからだという。

 なんでもバルフォア家で所有している山にダイヤモンドの鉱脈がある可能性が出てきたので、あの青年執事を引き連れて探査しにいったらしい。

 個人で山を持っているとは、流石は金持ちだ。

 しかも、そこにダイヤモンドが眠っているというのだから、金は金があるところに集まるのだなぁ――と詮無きことを考えてしまう。


 ちなみにシンシアの父親アーサー・バルフォアは、探索魔術の専門家である。

 戦闘中は隠れた敵を探しだし、ダンジョンでは罠の有無を見分け、そして山では鉱脈を探し出す。

 とても重宝されるスキルだ。


「ちなみに、あたしが得意なのは回復魔術。というか、それしか使えないの。つまり魔術師としては出来損ない。その代わり、武術が得意。むしろ、それが本職って感じ?」


 それは意外だ。

 なにせバルフォア家は昔から魔術師の家系として有名である。

 そういう家は基本的に、優秀な魔術師を伴侶とし、より血を濃くしていくものだ。

 血統で魔術師の才能が決まるというデータはないのだが、それでも優秀な親からは優秀な子が生まれると信じたい人は多い。


「武術家である私が、どうして回復魔術を覚えたか知りたい?」


「そうですね。ちょっと興味があります」


「ふふ、それはね。思いっきり殴ったあとに、壊れた自分の拳を治すためよ!」


「ええ……」


 そのアグレッシブすぎる答えに、タクトは若干引いてしまう。


「だって。武術をやってると自分の強さを試したくなるでしょ。強さを試すには魔物と戦うのが一番でしょ。けど人間の拳で魔物を殴ると、どうしてもこっちが壊れちゃうから。それを直すには魔術が一番!」


 恐るべき理論だ。

 頭のネジが完全に抜け落ちている。

 そして、今の話を聞いて、タクトは合点がいった。

 さっきからアンジェラが誰かに似ていると思っていたが、セラナに似ていたのだ。


「えへへ。アンジェラさんって、私のお父さんとお母さんとダンジョンに潜ったことがあるんだって」


「かつて冒険者だった者たちの子供たちが出会い仲間になる! ああ、ロマンチック! わたくしとセラナは運命の出会いだったのですわぁ」


「私たち凄い! 格好いい!」


 セラナとシンシアは大興奮だ。

 しかし実際、たまたま友達になったのに、親同士も知り合いだったというのは珍しい。

 盛り上がるのは無理もないといえる。


 ちなみにチャーリーは先程から、黙々と食べていた。

 八十を過ぎているとは思えないほどの食欲。

 健康的で何よりだ。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


「アンジェラさんのお料理、本当に美味しい!」


 裏表のないセラナは当然として、タクトもお世辞抜きの賞賛を口にした。

 店を開いても恥ずかしくないほどの味だった。

 トマトの形が不格好なのを除けば、完璧とすらいえる。

 そして、そのトマトを切った張本人は、


「ふふん」


 と、なぜか自慢げだった。

 別にシンシアのことは褒めていないのに。


「ありがとう。そう言ってくれると作ったかいがあるわ。さて、後片付けはあたしがやっちゃうから、シンシアはタクトくんとセラナちゃんを図書室に案内してあげて。なんとかって本を探しているんでしょう?」


「分かりましたわー」


 シンシアは快く引き受けてくれた。

 だが、案内するならば、彼女よりもチャーリーが適任だ。

 なぜなら彼は『次元回廊の研究』がどこにあるのかを把握している。


「チャーリーさん。『次元回廊の研究』がどの本棚にあるのか、教えてくれませんか?」


 チャーリーは晩飯を完食し、満足げな様子だ。

 これならきっと元気に連れて行ってくれるはず。

 と、思いきや。


「次元回廊の研究……? はて、何だったかな、それは……?」


「え」


 タクトは固まる。

 呼吸まで止まる。

 たっぷり三秒硬直し、それからようやく次の言葉を絞り出した。


「いや、さっき……どこにあるか覚えていると……」


「覚えておらんなぁ」


 チャーリーはハキハキした声で断言してしまった。

 これは困った。

 しかし仕方がない。

 まともな人間でもド忘れというのは普通にする。

 一度繋がった記憶の回路が、いつまでも繋がったままとは限らないのだ。


「タクトさん。頭を抱えて、どうされました?」


「さっきチャーリーさんが『次元回廊の研究』は奇書・怪書の棚にあると教えてくれたのですが……もう忘れてしまったらしくて」


 大変なことになった。

 先程アンジェラは〝図書室〟と言っていた。

 つまり本棚の数は一つや二つではない。

 これだけ大きな家だ。下手をすればアジールよりも多くの本がある。

 その中から目当ての一冊を探すというのはタフな仕事だ。

 もちろん覚悟していたことではある。

 しかし、出来れば楽に見つけたかった。


「奇書・怪書の棚ですか? それならわたくし知っていますわよ?」


「え、本当ですか!?」


「ええ。だってわたくし、この家で生まれ育ったのですから。当たり前ですわ」


 言われてみればその通りだ。

 シンシアはバルフォア家の娘として魔術の英才教育を受けて育った。

 ならば図書室には何度も入っているはずだ。

『次元回廊の研究』という一冊のことを知らなくても、ジャンルの区分け程度は把握していて当然。


「早速案内してください!」


「お安いご用ですわ。その代わりタクトさん……さっきセラナさんの部屋でした約束。今日、お願いしますね」


「うっ」


 やはりそう来たか。

 本だけ受け取って帰ってしまおうと思っていたのだが、逃げられないらしい。

 この屋敷に入った時点で、タクトは蜘蛛の巣にかかった虫と同じということか。


「分かりました……俺も男です。約束は守ります!」


「まあ凛々しいお顔! タクトさん、男らしいですわ!」


 シンシアはとても嬉しそうだ。

 反対にタクトは砕け散りたい思いだが、次元回廊を開くまでは死ぬわけにはいかない。


「ほら、セラナさんも行きましょう。いつまで空になった皿を見つめているんです?」


「グラタンおかわりしたいなぁ……と思って」


 浅ましい人である。


「ああ、ごめんねセラナちゃん。おかわりはないの。また今度作ってあげるから」


「そうですか……でも、次が楽しみです!」


 落ち込んだと思ったら、一瞬で復活するセラナ。

 前向きで実に素晴らしい性格だ。


「アンジェラさん。朝ご飯はまだかなぁ?」


「もう、おじいちゃん。今、晩ご飯食べたでしょう?」


「そうかね? そんな気もするなぁ」


 チャーリーとアンジェラの会話を聞きながら、タクトたちは図書室に向かった。

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