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80 セラナさんの部屋

「ところで長老。手紙でお伝えしたとおり〝例の本〟の出所を知りたいのですが。何か分かりましたか?」


 タクトは気分を変えるため、本題を切り出した。

 例の本――つまり百イエンで落札した、あのグリモワールらしき物体のことだ。

 人類が書いたものなのか。そもそも本なのか。

 なにやら、この世界の根底というか、根源にすら接触しそうな代物だ。

 実のところタクトは、例の本を金庫に閉じ込めたまま、忘れてしまいたいとすら思っている。

 タクトの望みはこの世界と地球を自由に行き来できるようにすることであって、スケールの大きい物語にはもう関わりたくないのだ。

 そんなものは地球で嫌というほど味わった。

 あとは静かに暮らしたい。


 しかし、例の本は次元回廊の手がかりだった。

 なにせ、次元回廊を開いて混沌をこの世界に呼び寄せた張本人たちが残したものなのだ。

 それが嘘か真かは知らないが。

 とにかく、タクトとしては例の本の正体を探らざるを得ない。


「例の本か。ワシは金庫の本と呼んでいたが……ワシの記憶が確かなら、あれはワシが十歳くらいのときに、親父がどこからか入手してきた本でな。親父が手に入れた時点で、何重にも封印されていたらしい。それで、ワシの親父は何でもかんでも記録をつける几帳面な男でな。きっと当時のことを詳しく描いているはずだと思い、店の記録を調べてみたんだが――」


「長老。申し訳ありませんが、結論から教えてくれませんか?」


「若い者はせっかちだな。人生を急ぎすぎるな。クララメラ様を見ろ。いつも落ち着いておられるだろう」


「店長は落ち着いているんじゃなくて、ぐーたらなだけです。それで例の本は」


「ああ、ああ。分かった、分かった。記録は見つかったよ。ちょっと待て。今持ってくるから」


 長話に付き合ってくれないタクトなんてうんざりだ。長老はそんな表情を浮かべて立ち上がり、部屋の奥へと歩いて行った。

 百七歳にしてはしっかりとした足取りだ。

 魔術師は普通の人間よりも平均寿命が長いが、それにしても長老は元気である。


「ところでタクト。チャーリー・バルフォアがボケたってのは本当か?」


 そう言いながら、長老は古びたノートを手に持って帰ってきた。


「ええ、本当です。身体の方は元気みたいですが、記憶は……朝ご飯を二回食べるそうですよ」


「情けない奴だ。ワシよりも若いくせに。なんでも、孫に誤魔化されて強力なマジックウェポンを作り、校内トーナメントを滅茶苦茶にしたらしいじゃないか。子供が馬鹿をしでかそうとしたら叱って止めるのが大人の役目なのに、利用されてどうする!」


 どうやら本気で怒っているらしい。

 年寄り仲間が脱落して、悲しいのだろうか。


「いや、まあ……長老より若いといっても、八十歳を過ぎていますし。というか、長老から見たら皆が若者になってしまいます」


「何を言う。ワシだって若者のつもりだ。クララメラ様を見ろ。あのお方は大昔からトゥサラガ王国を守って下さっているのに、ずっと若々しくて可憐なままだ。ワシらのアイドルだ。ロリババアだ!」


「はぁ、ロリババアですか……本人にそう伝えておきます」


「お、おいタクト! やめてくれ、冗談だろ!?」


 今まで気合いに満ち満ちていた長老の顔が、途端に情けないものになる。

 タクトにすがりつき、本気で懇願していた。


「ええ、冗談です。だから長話はやめて、そのノートを貸して下さい」


「全く……可愛い顔をしていながら狡猾だな、お前さんは」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 タクトが飄々とした態度をとっていると、長老はついに降伏した。

 何も言わずにノートをテーブルに放り投げ、自分はソファーにずてんと腰を下ろす。

 ノートのどこを見たらいいのか、と一瞬迷ったが、ちゃんと付箋が挟んであった。

 それを信じて開くと、例の本にかんするものと思わしき、記録が書かれていた。


 日付は九十七年前。

 さっき長老が言っていたように、発見した段階で箱に入れられ、結界で封印されていたようだ。

 そして重要なのは、発見した場所。

 その記述にタクトは驚愕する。

 なにせ『カマルの森にある滝の裏の洞窟』で手に入れたと、そう書いてあるのだ。


 つまり、魔王を封印し、次元回廊にかんするメモを残してくれた、あのグラド・エルヴァスティの住居である。

 そんな馬鹿なと思い、タクトは三回読み返した。

 しかし当然、書いてある内容は変わらない。


「どうした、タクト。目を点にして」


「いえ……実はこのカマルの森の洞窟に行ったことがあるんですよ。すでに荒らされていて、めぼしいものは何も残っていなかったんですが……長老のお父さんの仕業だったんですね」


「ほう。お前さんもお宝探してダンジョン探索なんぞするのか。まあ、そうやって見つかった魔導書も多々あるからな。ワシは洞窟だの古い砦だのに入っていくのは好まんが……とにかく、ワシの親父がタクトに一歩先んじたということだな」


「そのようです」


 タクトは平静を装って答えたが、内心、不思議な思いで一杯だ。

 荒らされていた洞窟を見たとき、そこにあったはずの品物とは、もう巡り会えないだろうと思っていた。

 それが実は長老の店にあり、タクトの手に渡ったのだ。

 しかも、長老の父親が持ち帰った本は、一冊だけではない。

 ノートには、三十冊近い魔導書の題名が羅列されていた。


 そしてその中に、特別目を引くタイトルがあった。

『次元回廊の研究』

 短いその一行の記述が、タクトの心を鷲掴みにする。

 まさに、欲していたものだ。


「……長老。この本は今どこにありますか?」


 タクトは震える指でそのタイトルを指差し、長老に尋ねる。

 どうしても声がうわずってしまう。

 胸の高まりが止まらない。本当に手に汗を握ってしまう。

 しかし、なぜタクトが興奮しているのか分からない長老は、不思議そうに首を捻っていた。


        △


『次元回廊の研究』は残念ながら売却済みだった。

 百年近く前に入荷した本だ。当然であろう。

 だが、そのあとを追いかけるのは容易だった。

 なぜなら購入したのはバルフォア家であると、そう記録が残っていたからだ。


 つまり、シンシアやチャーリーの家である。


 同じ街に住んでいるうえに、ちょっとした知り合いだ。

 セラナを通せば、アポイントメントも取りやすい。

 本当に不思議な縁が繋がっているなぁ――と思いつつ、タクトは長老の店を出て、すぐに魔術学園の女子寮に向かった。


 セラナの部屋番号はあらかじめ聞いていた。

 今度遊びに来てね、なんて言われていたが、今の今まで尋ねたことはない。

 それは当然。

 なぜなら女子寮は男子禁制。そしてタクトは男子。

 そんな場所に出向く勇気を持ち合わせていなかった。

 しかし、今日はそんなことも言っていられない。

 無論、こちらから尋ねていかなくとも、いずれはセラナがアジールに遊びに来るだろう。

 だが、それは明日かもしれないし、来週かもしれない。

 タクトは一刻も早く『次元回廊の研究』を見つけたいのだ。

 よって恥を忍んでこうして女子寮にやって来たのだが――。


「うーん……やはり入りづらい……」


 ララスギア魔術学園の女子寮は、五階建ての立派なアパートメントである。

 周りはレンガ畳みで綺麗に舗装され、樹と花壇で目を楽しませてくれる。

 そして授業を終えた女子生徒たちが、仲良く語らいながら帰路についていた。

 そんな場所をタクトはかれこれ十数分間ウロウロしていた。

 はっきり言って、不審者以外の何者でもない。

 セラナが通りかかってくれたら問題は解決するのだが、先に部屋に帰っていたらお手上げだ。

 まさか男子禁制の寮に突撃するわけにもいかないし。

 今日のところは帰ろうか――と思った、そのとき。


「ねえ、ちょっとあなた。さっきからここで何してるの?」


 背後から声をかけられた。

 驚いて振り返ると、そこには眼鏡をかけた女子生徒が立っていた。

 魔術学園は入学年齢も卒業までの期間も、それぞれバラバラなので様々な年齢の生徒がいる。しかし彼女は若い。もしかしたら二十歳になっていないかもしれない。

 見るからに真面目そうな雰囲気を漂わせた少女だ。


「いや、あの、俺はその……セ、セラナさんに会いたくて……!」


 慌てたせいで、声が裏返り、噛みまくりだ。

 完璧に変質者。

 通報されたら言い訳できない。

 これはもう、飛んで逃げるしかないのでは。


 そうやってタクトが身構えていると、眼鏡の女子生徒はニッコリと笑った。


「ああ、何だ。セラナの友達ね。いいわ、案内してあげる。こっちよ」


 眼鏡の女子生徒はタクトの手を引っ張り、寮に入っていく。

 そしてセラナの部屋の前まで連れて行ってくれた。


「はい、ここがセラナの部屋。じゃ、私は帰るけど、セラナにちゃんとご飯食べるように伝えておいてね。あと、制服以外の服も買うようにって」


「は、はぁ……」


 委員長タイプの女子生徒は、タクトを置いてどこかへ行ってしまった。

 いいのだろうか?

 もちろん騒ぎになるよりは遥かにありがたい。

 だが、ここは男子が立ち入ることが許されない女子寮。

 ましてタクトは部外者だ。

 もう少し警戒心を抱いて然るべきだと思うのだが。


「まあ、いいや。セラナさーん、いますかー?」


 タクトはセラナの名を呼びながら、金属製の扉をノックした。

 すると、奥から「あ、タクトくんだ!」と声が聞こえてくる。

 そして即座に扉が開かれる。


「やっぱりタクトくん! いらっしゃい!」


 銀髪の少女が顔を見せる。

 もちろん制服だ。彼女は制服以外の服を持っていない。


「こんにちはセラナさん。急に尋ねてしまって申し訳ありません。けど、よく扉越しに俺だと分かりましたね」


「え、だってそりゃタクトくんだもん。分かるわよ!」


 セラナは理由にならない理由を語る。

 意味はよく分からないが、野生の勘みたいなものだろう。


「えっと、上がってもいいですか?」


「どうぞ、どうぞ! 狭いけど遠慮なく!」


 なにやらセラナは大喜びで招き入れてくれた。

 本当にここは男子禁制なのだろうか。

 タクトが知らないうちに、規則が変わったのかもしれない。


「お邪魔します」


 その部屋は1Kで、六畳間ほどの広さだった。

 ベッドと机と小さな本棚があるだけの簡素な部屋で、飾りといえばベッドの上に転がっているクマのぬいぐるみくらいだ。

 女子にしては色気がない。

 しかし、セラナは万年金欠の苦学生なのだから、むしろイメージどおりだ。


 ただ予想外だったのは、ベッドの上に、ぬいぐるみと並んでシンシアが座っていたことである。


「あら、まあ。タクトさん」


 シンシアは驚いた声を上げ、口元に手を当てる。

 いかにもお嬢様育ちといった感じの声色と仕草だ。

 この貧相な部屋に相応しくない。身分が違うとすらいえる。

 それでもセラナとシンシアは仲が良いらしいから、世の中、不思議なものである。


「シンシアさん。先日はありがとうございました。おかげさまでミスリルを売却できました」


「いいえ、お父様もお喜びでしたわ。あんなまとまった数のミスリル、滅多に手に入りませんから」


 一億イエンも現金でもらってしまい心苦しかったのだが、先方が喜んでくれているなら問題ない。双方の利益になるのが、理想的な商売の形なのだから。


「んでんで! タクトくんが来てくれたことだし、何する何する? とは言っても私の部屋にはトランプくらいしか遊ぶものないけど! ババ抜き? 七並べ? あ、私、ポーカーのルールは分からないから!」


 友達が部屋に集まってくれたことがよほど嬉しいらしく、セラナはウキウキと小躍りすらしていた。


「まあ、トランプをしてもいいですけど。それより、聞いてください。ここって確か、男子禁制ですよね? なのに俺がウロウロしていていても怪しまれないどころか、親切な人にセラナさんの部屋まで案内してもらったんですが。これはどういうことでしょう? まさか規則が形骸化してるんじゃないでしょうね? 駄目ですよ、学生なんですから。ちゃんと節度を保たないと……」


 タクトは割と本気で心配している。

 女子寮ということでセラナの両親も安心して娘を遠くの学校に入れたはず。

 それなのに当たり前に男が出入りしていたら大問題だ。

 まさかセラナも男を部屋に連れ込んだりしているのではないだろうな。

 お父さんは許しませんよ!


「え、普通に男子禁制だし……門限とかは割と緩いけど、そこだけは厳しいわよ? 男の人が入ってきたり、連れ込んだりしたのがバレたら、停学もありえるわ」


 セラナは真顔でそう答える。


「そうなんですか。それを聞いて安心しましたけど、じゃあ、なぜ俺は大丈夫だったのでしょう?」


「なぜって……それはタクトくんがタクトくんだから……」


「はあ? ちょっとよく分からないので、詳しく」


「え、詳しく!? 詳しく言ったらタクトくん、怒るじゃん……」


 セラナは言いにくそうに口をモゴモゴさせた。

 それを見て、タクトも理由に思い至った。


「ああ、はい……そっち系の理由ですね……もっと早く気が付くべきでした」


 ゆえに、この話はもう終わりだ。

 トランプに興じつつ、今日ここに来た訳を語ろう。

 そうタクトは思ったのだが。

 空気を読めないお嬢様が一人いた。

 彼女は頬に手を当てて、心底不思議そうに口を開く。


「そもそも、男子禁制の寮にタクトさんが入ることに、一体どんな問題があるのですか?」


 シンシア・バルフォアはタクトをジッと見つめながらそう言った。

 タクトは自分の頬がピクピクと痙攣するのを感じた。

 それを見てセラナがアワアワと慌てる。

 しかし、お嬢様はポカンとしたままだった。


 どうやらシンシアは重大かつ途方もない勘違いをしているらしい。

 間違った知識は人生の敵だ。

 彼女のためにも、説明してやる必要があるだろう。

異世界にトランプがあってもいいだろ!!

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