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78 人類発祥以前のナントカ

 この本の中身は、口で語るよりも実際に触れた方が早い。

 そう考えたタクトはクララメラに手渡して、ページを開くように言う。


「どこでもいいですから、適当に。そしたら頭に直接、情報が流れてきますから」


「ほんとに? 変な幻惑魔術でもかかってるんじゃないでしょうね?」


 クララメラは懐疑的な表情を浮かべながらも、言われるがまま、グリモワールを開く。

 そして、すぐに固まった。

 目は一点だけを見つめ、瞬きすらしない。

 呼吸さえ止めているのでは、と思うほど微動だにしない。


 しかし、それも長くは続かず、三秒ほど経つとクララメラは勢いよくグリモワールを顔から遠ざけた。


「はぁ……はぁ……っ!」


 きっとタクトと同じものを見たのだろう。

 肩で息をして、頬に汗を流す。

 三百年以上生ている女神にとっても、強烈な内容だったということだ。


「どうでしたか店長。創世記が見えました?」


「ちょ、ちょっと待って……見えた……というか感じたけど……え、何これ」


 クララメラは頭を抱え、うーん、と唸る。

 その気持ちはタクトにもよく分かる。

 一緒になって頭を抱えたいからこそ、クララメラに見せたのだ。


「にゃー、マオも見たいにゃん」


「いや、マオは駄目だ。危険だから」


「そうね……マオはやめておきなさい」


「うにゃぁ、二人だけで見てズルいにゃー」


 マオは頬を膨らませて拗ねてしまう。

 だが、タクトやクララメラですら疲労を覚えるほどのイメージなのだ。

 マオに見せたら、その心と体にどれだけの影響を及ぼすか分からない。

 我慢してもらうしかないのだ。


「話を整理するため、お茶でも飲みましょう。私、まだ混乱してるわ……」


「同感です。思いっきり濃いのが飲みたいですね」


 タクトはグリモワールを金庫に戻す。

 マオが不用意に開けないよう、即席の施錠魔術をかけてから、担ぎ上げてアジールに入る。

 そして金庫をカウンターの裏に置いてからダイニングに行き、クララメラの煎れたエルダーフラワーとペパーミントのブレンドティーを三人で飲む。

 甘さのあとから、ミントの爽快感がやってくるお茶だ。

 頭がいい感じに働いてくれる。


「美味しかったにゃー」


 ついでにマオを見ていると和む。

 これで話し合う余裕も生まれるというものだ。


「さて、店長。まずは俺が感じたイメージと、店長が感じたイメージ。それが同じものかを確かめましょう」


「そうね。お互い違うイメージだったら、それこそ話にならないから」


 タクトとクララメラは二杯目のハーブティーを飲みつつ、グリモワールから流入してきたイメージを語り合う。


 人類発祥以前の種族。

 この星が混沌領域に覆われてしまった理由。

 五大女神システムの限界。

 迫り来る混沌。

 この星の滅亡。

 それを回避するために必要なのが、生命体の進化。


 グリモワールに刻まれていた情報は、ざっとそのようなものだ。


「どうやら俺と店長は同じものを感じ取ったようですね」


「みたいね。けど、だからといって、グリモワールが私たちに語ってきたことが真実だとは限らないわよ。だって人類発祥以前なんて……タクトが異世界転生してきたってのより信じがたいわ。技術を持て余した魔術師が、後世の人間を驚かせようと作ったんじゃないの。あのグリモワール」


「うーん……絶対にありえないとは言いませんけど……」


 タクトもクララメラも、この世界の水準から見れば非常識なレベルで強いのだ。

 まずクララメラは人間ではなく女神だ。国一つを覆い尽くす巨大結界を維持し続けている存在である。弱いわけがない。

 そしてタクトは異世界から転生してきた人間だ。根本がして違う。比べることからして間違っている。タクトの本気を十とすれば、女神ですら端数にしかならないだろう。


 そんなタクトとクララメラに対し、問答無用で幻覚を見せる。

 まさに人外の技だ。

 そんな技術を持った魔術師がいたとは到底思えない。


「常識的に考えて、あんな本、人間には作れないと思いますよ。というより、本じゃないでしょ。あれは」


「じゃあ、タクトは本当に人類発祥以前のナントカってのを信じるの? どうしてそんな凄いものが長老のところにあるのよ。第一種グリモワールに分類されてもおかしくないような代物よ」


「うーん……それは長老に聞いてみないことには何とも……」


 競売に長老本人は来ていなかった。

 その代わりに読み上げられた手紙いわく、あのグリモワールらしき物体は、長老の先代が手に入れてきたらしい。

 つまり、長老自身も詳しくは知らないのだ。

 だが、店の記録や日記などに、情報が残っているかもしれない。


「近いうちに長老のところに行ってみます。それより店長こそ何か知らないんですか? 女神様でしょう? あのグリモワールが嘘つきの仕業か否かはともかく、混沌領域とか女神システムとかが生まれた理由があるはずです。先代の女神様から何か聞いていないんですか?」


「聞いていないわね。先代様は……早く死にたい消えたいってしか言っていなかったから。私が跡を継がないと、女神が不在になってトゥサラガ王国が滅びていたかもね」


 クララメラは重い話をさらりと言った。


「……女神は死ねるんですか?」


「死ぬわよ、そりゃ。一応、生き物だもの。寿命はないけどね。首を切り落したり、心臓を貫いたりすれば死ぬし、自殺できる。だから、女神システムがいつか限界を向かえるっていうのは同意ね。むしろ、いまだに維持されているほうが奇跡。薄氷の上に立っているのよ、人類は。もっとも歴代の女神は、途中で役目を投げ出さないような人を後継者に選んでいるはずだし、私も引退するときはそうするわ」


 引退するとき――。

 それは単純に女神をやめて、普通の人間に戻りたくなったときのことだろうか。

 もしくは、この世界から消えてしまいたくなったときなのだろうか。

 そもそも女神から人間に戻れるのだろうか。

 世界から消えてしまいたいというのはどういう感情なのだろうか。


 分からない。

 怖いから聞かない。


「店長。俺が生きている間は、消えたりしないでくださいね」


「あら、それはこっちの台詞。勝手に消えたりしないでよ、タクト」


「消えませんよ。何度も言っているじゃないですか」


「だったら私も消えないわ。だってタクトがいて、マオちゃんもいて、たまにセラナちゃんも遊びに来て。ええ、楽しいわ。今は本当に楽しい。だから、あなたたちが生きている間は女神をやめない。この国を守ってあげる」


 それは逆に言えば――

 タクトたちがいなくなれば、クララメラにとっても生きる意味がなくなる、ということなのか?

 この場合、タクトは何と言えばいい?

 俺が死んでもあなたは生きていて下さい、なんて無責任。

 けれど、好きなときに死んで下さい、というのも不謹慎。

 つまり沈黙するしかなかった。

 三百年以上生きている女神を前に、タクト程度の人生経験では語る言葉が出てこない。


「にゃぁ!」


 ダイニングに漂っていた微妙な空気を吹き飛ばすように、猫耳幼女の元気な声が響く。


「にゃぁぁ、にゃあにゃぁにゃあ!」


「どうしたんだマオ。お茶のお代わりかい?」


「そうじゃないにゃ! 思い出したのにゃ、魔族がどうして地球に攻め込んだのか、思い出したにゃ! 混沌領域の仕業にゃん!」


 と、猫耳幼女は唐突に衝撃的なことを言い出した。

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