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72 まさかのエミリーさん

「おはようございます、店長。そして、ただいま」


「うぅ……タクト? ああ、おかえりなさい。意外と早かったのね……けど、こんな痛い起こし方しなくてもいいじゃないの……」


「他の方法だと起きそうもなかったので」


「そんなことは、あるけど……」


 クララメラは目に涙を浮かべて、赤くなった頬をさする。

 情けない姿だ。

 とてもではないが女神には見えない。

 やはりソルーガとソニャーナには教えないでおこう。


「セラナちゃんも無事……それから、ん? エルフが二人?」


 店内にエルフ兄妹を発見したクララメラは、目をゴシゴシ擦り、それからもう一度眺める。

 やはり三百年以上生きている彼女にとっても、エルフは珍しいようだ。


「幻覚じゃないですよ。本物のエルフです。ソルーガとソニャーナというのですが……空島のちょっとした縁で、ララスギアを案内することになったんです」


「へぇ……色々複雑な事情がありそうね……けど今は眠いから……話はまたあとで……ふぁぁぁ……っ」


 クララメラははしたなく口を大きく開けてアクビをすると、そのまま眠りの世界に帰っていった。


「美人なのに怠け者じゃなぁ。美人じゃから許すが」


「そして乳が大きい。乳が大きいのは正義だぞ」


 ソニャーナは自分の胸をぺたぺた触りながら、クララメラの胸と見比べた。なるほど。確かにソニャーナの胸は小さい。

 そしてエルフの世界にも、胸は大きいほうが良いという価値観があるようだ。

 素晴らしい。

 同じ価値観をもっているということは、分かり合えるということ。

 やはり人間とエルフは仲良く出来るのだ。


「店長が寝てしまったので、俺たちだけでご飯を食べに行きましょう。マオも来るだろ?」


「当然にゃ!」


 マオは、にゃんにゃんと両腕を上げる。

 なぜだか、セラナやソルーガ、ソニャーナまで一緒に「にゃんにゃん」と言って楽しそうにしていた。

 感染したのだろうか?


 タクトは、にゃんにゃん病の彼女らを尻目に、ミスリルが入ったリュックサックを床に置く。それから、にゃんにゃん踊っている人々の背中を押して街へ向かう。

 泥棒など入らないとは思うが、念のために結界強度を最大まで上げてから、目的の定食屋を目指す。


 そこは運送屋のエミリー・エイミスが、港町から持ってきた魚をおろしている店だ。

 普通、海辺の村でしか生魚は手に入らないのだが、エミリーが冷凍魔術と飛行魔術を駆使して、鮮度を保ったまま運んできてくれている。

 その冷凍魔術はタクトが教えたものだが、どんな魚を仕入れてくるかまでは指示していない。

 だから店のメニューは来るたびに変わる。

 さて。今日はどんな魚があるだろう。

 楽しみだ。


「こんばんは」


 扉を開けて中に入ると、晩ご飯にはまだ少し早い時間ということもあって、他に客はいなかった。

 ソルーガとソニャーナの正体がバレる恐れがなくて安心だ――と思ったのも束の間。

 奥のトイレから、黒い三角帽子に黒いローブの女性が出てきた。

 魚を運ぶ官能小説大好き魔女、エミリー・エイミスだ。


「おや、タクトくんじゃないか。それに君はえっと……魔術学園で一番強い女の子!」


「セラナ・ライトランスです! エミリーさん、よく私の部屋に実家の手紙届けてくれるじゃないですか」


「うん。顔と部屋は覚えているのだけど、名前は失念していた。いや、失敬。そしてマオにゃん!」


「にゃーん♪」


 エミリーとマオはにゃーんと言いながら抱き合った。

 どうやらエミリーもにゃんにゃん病を煩っているらしい。


「あれ? ところでエミリーさん、いつの間にマオと知り合ったんです?」


「ふふ。実はさっき、用事もないのにアジールに遊びに行ったんだ。タクトくんが留守でガッカリしたが、代わりにマオにゃんと仲良くなれた。いやぁ素晴らしい。まさかこの世に猫耳メイド幼女が実在したなんて! タクトくん、君は実にいいセンスをしている! 私が見込んだだけのことはあるなぁ!」


「はぁ、それはどうも」


 しかし、マオことCL01を設計したのはハンバート社であり、メイド服を発見したのはセラナだ。

 タクトはお金を出しただけで、マオが猫耳メイドになってしまったのは全くの偶然である。

 もちろん、素晴らしいというのは同感であるが。


「そして、そちらのフードを被った二人は何者だい? とんでもない美形だが……」


「ようやくワシらに興味を持ったか。では名乗ってやる。ワシの名はソルーガ!」


「そしてオラはソニャーナ。ソルーガの妹である!」


「これはご丁寧に。私はこのララスギアの街周辺で運送業をやっているエミリー・エイミスだ。とこで君たち……」


 エミリーは二人に近づいて、その顔をジロジロと見つめる。

 あまりの図々しさに、流石の二人も戸惑っている様子だ。


「もしかして、エルフかい!?」


 エミリーはどんな理屈か知らないが、二人の正体に気付いてしまった。

 そして、彼らのフードに手を伸ばす。

 が、すんでのところでセラナが後ろから羽交い締めにし、更にタクトが口を塞ぐ。


「もが、もがもが」


「エミリーさん、お願いですから黙ってください。幸いにも店にお客さんはいませんけど」


 そうやって、タクトが安堵していると。

 厨房から店のマスターが現われた。

 白髪の交じった初老の男だ。やたらと強面で、日本ですれ違ったらヤクザかと疑うほどである。


「俺の店に客がいないのが、どうして幸いなんだ、タクト!」


「あ、いや。その……」


 確かに冷静に考えると大変失礼なことを口走っていた。

 どう謝るべきか。


「なんてな。冗談だ。平日だから客がいないのは仕方がない。あと、エなんとかって単語も聞こえなかったぞ。そんなわけで、俺は厨房に戻る」


 マスターは急にガハハと笑い出し、奥に引っ込んでしまう。

 顔は怖いが、やはり、いい人なのだ。


「ぷはっ。ああ苦しかった。セラナちゃんも放してくれよぅ」


「あ、ごめんなさい」


 そして自由になったエミリーは、少し離れた場所から、もう一度ソルーガとソニャーナを監視する。


「うん、やはりエルフだ。別に噛みついたりしないから、君たち、フードをちょっと外してくれないか?」


 エミリーの懇願に、兄妹は顔を見合わせる。そして、エミリーが悪い人間ではないと判断したのか、素直にフードを脱いだ。


「おお、尖った耳。輝く金髪! ああ、美形だなぁ……今夜の妄想が捗るぞ!」


 エミリーは潤んだ瞳でそう呟いた。

 それを見てエルフの兄妹は困惑した顔になる。

 しかし、エミリーが寝る前にどんな妄想をしようと、彼らに害はないので、安心してもらいたい。


「それでエミリーさん。どうして二人がエルフだと気付いたんです? まさか透視魔術を身につけたんですか? 結構難しいと聞きますけど」


「まさか。私は空を飛ぶことと、魚を凍らせること以外に能のない女さ。いや、実は私の実家の近くに森があって。そこで小さい頃、エルフを見たことがあるんだ。ちらっとだがね。素晴らしい美形だった。君たちとそっくりだったよ」


 エミリーが言うとおり、トゥサラガ王国にもエルフは住んでいる。

 しかし森から滅多に出てこないので、人間と交流することはほとんどない。

 目撃したというだけでも珍しく、まして『街の定食屋に現われる』のは奇跡といえるだろう。

 なにせ剛胆なエミリーですら、エルフを見て興奮しているくらいだ。

 もしフードをかぶらずに道を歩いたら大騒ぎになるのは確実である。


「あ、ところで、私は十七歳だから。小さい頃というのはほんの数年前のことだよ!」


 エミリーは自分の設定年齢を思いだしたらしく、慌ててそう付け加えた。


「え!? エミリーさん、私と同い年だったんですかっ?」


 セラナはギョッとした顔になる。


「騙されちゃ駄目ですよ。この人は毎年十七歳だと言い張ってるんですから」


「うん。かれこれ十三年ほど言い張っている」


「自分で暴露するんですか……」


「ははは。嘘はつけない性分なのでね」


 などと言ってエミリーは胸を張る。

〝じゅうななさい〟なのにマオ並の胸だ。悲しい。


「正直なのは偉いにゃー」


「ありがとうマオにゃん。しかし、常に正直が偉いというわけでもないぞ。たとえば、そうだな。今ここで、私が毎晩、タクトくんをおかずにどんな妄想をしているか赤裸々に語ったら、タクトくんは怒るだろう?」


「ぶっとばします」


「はっはっは。私はM寄りだがタクトくんにぶっ飛ばされると結構本気で入院するはめになりそうだから勘弁だ。まあ、そんな感じで、正直だからいいというわけじゃないのだよ、マオにゃん」


「難しいにゃー」


 マオは首を捻る。

 だが、この場合。正直かどうかというより、エミリーという存在そのものに問題があるような気がしてならない。

 取り返しのつかないことになる前に、闇討ちをした方がいいのでは――と真剣に検討するタクトだった。


「まあ、何はともあれ。愉快なメンバーが勢揃いしたんだ。席について食事とお酒を楽しもう。あ、ソルーガくんとソニャーナちゃんはフードを被った方がいいぞ。いつ他のお客さんが来るか知れないからね。なぜエルフがここにいるのかという話は、酒を飲んでからだ」


 エミリーは変態のくせに常識的なことを言って、テーブル席を陣取った。

 丁度、六人全員が座ることが出来るテーブルである。


「おーい、マスター。私にビールをジョッキで持ってきてくれ!」


「ワシもトゥサラガ王国のビールが飲みたいのじゃ」


「オラもだ。ビール二つ追加!」


 エミリーは17+13歳なのでビールを飲んでも全く問題ない。

 しかし、ソルーガとソニャーナはどう見ても十代半ばだ。

 エルフの歳の取り方は二十歳あたりまで人間と同じなので、見た目どおりの年齢である。

 もっとも、エルフの文化では、子供が酒を飲んでもいいことになっているのかもしれない。口は出さないでおこう。


「いやぁ、隊長や村長がいると絶対に酒など飲ませてくれないからな。今のうちにがぶ飲みじゃ」


「うむ。オラたちは立派な大人なのになぁ」


 エルフ的にも未成年が酒を飲むのは推奨されないらしい。

 だが、面倒だから放置だ。

 死にはしないだろう。


「にゃーん。マオもそのビールというものを飲んでみたいにゃー」


「駄目だマオ。前にも言っただろ。子供が酒を飲むとひっくりかえる」


「はにゃ。ビールはお酒だったのかにゃ。残念にゃ……」


 猫耳が残念そうにしおれた。

 耳と尻尾さえ見ていれば、マオの感情が全て分かってしまうので可愛い。

 これが本物の『正直』というものだ。


「お酒はどうでもいいから、私たちはご飯を食べましょ」


 セラナはメニューを片手に語る。


「ですね。あ、そうだマスター。今日はどんな魚がオススメですか?」


「ああ、魚っていうか……イカの刺身があるぞ」


 マスターはビールジョッキ三つを運びながらそう語る。

 イカ、か。

 魚ではないが、海の幸だ。

 デルニア王国に海はないから、エルフにとっては見るのも初めのはず。


「じゃ、マスター。そのイカの刺身を人数分お願いします。それと、俺とセラナさんとマオに水を」


「あいよ!」


マオですにゃ!

こないだアジールにファミ通文庫マンを名乗る怪しい奴が来たから追い返してやったにゃ!

そのときのレポートを活動報告に上げておいたから読むといいですにゃ!

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/596746/blogkey/1264048/

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