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71 帰還

 タクトたちはまず塔に行き、空島を覆う結界を解除した。

 それから、それぞれのホウキや杖に跨がって地上へと飛び降りる。


「あ、セラナさん。ミスリルのインゴットは俺が背負うので、杖の制御を任せます」


「え、ええ!? 大丈夫かしらっ?」


「もう生存領域ですから大丈夫でしょ」


 というわけでタクトは、インゴットをリュックサックに詰めて背負い、セラナの後ろに乗った。


「ほら、セラナさん。エルフの皆は飛び降りちゃいましたよ。怖がってないで、思い切って」


「う、うん!」


 空島のふちから眼下を眺めていたセラナだが、エルフに遅れること数十秒。

 意を決して降下を開始する。


「うひゃあっ、風が強い!」


 近頃、空を飛ぶのに慣れてきた様子のセラナだが、やはり高度五千ケメルは勝手が違うようだ。

 杖はタクトを乗せたまま、上下左右へと激しく揺れ動く。


「落ち着いてください。エルフに追いつくことは考えず、まずは杖を安定させましょう。風を読んで。基本は低空飛行と同じです」


「分かったわ……!」


 エルフとの距離は開いていくが、杖は徐々に安定し、やがて揺れを感じなくなる。

 いい調子だ。

 やはり何だかんだいってセラナは才能がある。

 ただのポンコツ少女ではない。


「それじゃ、細かいことはお任せするので、エルフのあとを追いかけてください。もしヤバくなったら、俺がコントロールを奪うので、安心して」


「うん。多分、大丈夫!」


 自信満々に言うだけあり、杖は快適に降下していく。

 そして草原に降りると、エルフたちが待っていた。


「おお、二人とも。ようやく来たか。我々はララスギアの街に行き、そこで行商旅団に乗せてもらい、故郷に帰ろうと思う。できれば、ララスギアの街まで先導してくれないか?」


 タクトたちを見つけたロッツがそう頼んできた。

 こちらもララスギアの街に帰るのだから、断る理由はない。


「いいわよ。私についてきて」


 セラナは張り切って、再び杖に跨がる。

 しかし、その前にタクトは、エルフの皆に言っておくべきことがあった。


「街に入る前に、耳を隠しておいたほうがいいと思いますよ。行商旅団の人たちはあちこちで商売しているので大丈夫かも知れませんが、ララスギアの住民はエルフに慣れていないので……」


「ああ、それなら問題ない。こちらも心得ている」


 エルフたちは服についたフードを被った。

 尖った耳も金色の髪も隠れてしまい、ただの美形集団に早変わりだ。


「さあ、セラナよ。ワシらをララスギアとやらに案内するのじゃ」


「ついでにこの国の美味しいものが食べたいぞ」


 ソルーガとソニャーナが脳天気なことを言い出す。

 だが次の瞬間、上空で轟音が鳴り響いた。

 見上げると、魔術師の編隊二十人ほどが、トゥサラガ王国に侵入した空島に向けて、超音速で突入していた。

 全員が精鋭だ。

 やはり魔術師協会は、この期を使って空島を占拠した連中を全滅させるつもりだったらしい。

 もっとも、全員既に脱出していて、ここで談笑しているのだが。

 空島がもぬけの殻だとは、魔術師協会も思わないだろう。



 そして一同がララスギアの街につくと、すっかり夕方になっていた。

 ギガントドラゴンの周りに広がる露店市はまだ健在だ。

 もっとも、行商旅団が来て九日目なので、明日か明後日には撤収してしまうだろう。

 エルフたちが便乗するには、かなりギリギリのタイミングだったというわけだ。


「ありがとう。君たちのおかげで聖典が手には入り、行商旅団のところまで辿り着けた。あとは私たちが何とかする」


 露店市の外側に降り立ったロッツは、タクトとセラナと握手を交わしながらそう言った。


「大丈夫ですか? 行商旅団にコネでも?」


「うむ。いくらエルフといっても、完全に外界との接触を断っているわけではないからな。行商旅団が国に来たときは、人に紛れて取引をすることもある。なかには、こちらがエルフと知った上で付き合ってくれる商人もいた。そのツテを頼ってみようと思う」


 なるほど。それでロッツは人間であるタクトとセラナを見ても取り乱したりしなかったのか。


「しかし、人間との交流が多少でもあるなら、どうして〝どれーはーれむ〟なんて迷信が残っているんですか?」


「人間と接触するのは大人だけだ。人間である君たちの前でこんなことを言うのもなんだが……人間のなかにはエルフに対する差別意識が強い者もいる。好奇心の強い若者が森の外に出るのは危険なのだ。だから人間は危険な生き物だと教えている。実際、人間の全てが善人だと、君らとて断言は出来ないだろう?」


「それは、まあ……」


 その通りなのだが。

 だからといって〝どれーはーれむ〟というのは酷い。

 もう少しマシな方便はなかったのだろうか。

 しかし〝どれーはーれむ〟のインパクトがあったからこそ、ソルーガとソニャーナのような脳天気エルフですら人間を恐れたのだ。

 実は最適な方便だった……のかもしれない。


「なにはともあれ。デルニア王国まで半年以上かかりますから、お気を付けて」

「頑張ってください!」


 こうしてタクトとセラナは、エルフたちと別れを告げた――と思いきや、なぜか知らないが、ソルーガとソニャーナだけがこちらを追いかけてくる。


「こら、二人とも。どこへ行くつもりだ。勝手な真似はゆるさんぞ」


 ロッツが当然の説教をする。

 しかし兄妹は胸を張り、したり顔で抗議する。


「隊長。こうして行商旅団のところに辿り着いた以上、旅はもう終わったも同然じゃ。ならばララスギアを探索し、見聞を広めるべきじゃろ」


「兄者の言うとおりだ。幸いにも、信頼できる案内役が二人もいるしな!」


 と言って、ソニャーナはこちらを指差す。

 あいかわらず図々しい兄妹だ。

 この二人に比べたらセラナですら霞んでしまう。


「まあ、俺は別にいいですけど。十人全員でぞろぞろするならともかく、二人だけなら」


「私もこのままお別れするより、もっと遊びたいわ!」


「よし、決まりじゃ!」


「二人がいいと言っているのだから、隊長に止める権利はないぞ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるソルーガとソニャーナを見て、ロッツはため息を吐きつつ頷いた。


「いいだろう。ただし、明日の朝までには帰ってこい。私がここで待っているから」


「了解じゃ。さてタクトにセラナ。街を案内するがいい!」


「とにかくオラはお腹が減ったぞ!」


 案内しろと言いながら、エルフの兄妹は勝手に歩き始めてしまった。放っておいたらどこまで行くのだろうと考えつつ、タクトはそのあとを追いかけた。


        △


 ソニャーナはお腹が減っているらしいが、まずはアジールに行って、帰還の報告だ。

 当然、森の二重結界の中を進んでいくわけだが、エルフの兄妹は無事についてくることが出来るだろうか。

 お手並み拝見である。


「森に足を踏み入れた瞬間、方向感覚を狂わされたのじゃ」


「これは迷子の結界か?」


「なかなかの結界じゃが、この程度ではエルフは迷ったりせん!」


 それからしばらく進むと、今度は圧力の結界が待ち受ける。

 魔力が足りない者は跳ね返され、街に逆戻りしてしまう強力な壁だ。

 が、ソルーガとソニャーナはこれも悠々と突破した。


「すごーい。楽勝って感じね! 私なんか初めて来たとき、死にそうになったのに」


 セラナは羨ましそうに呟く。

 しかし、そのセラナとて、今は汗一つ流さずに結界の中を歩いている。

 来店するたびに成長しているということ。

 将来が楽しみな少女だ。


「ワシらは天才魔術師じゃからな」


「オラたちの歩みはこんな結界では止められぬ! ところでタクト。あれがお前の家か?」


「はい。魔導古書店アジールです。そして、あそこで虫網を持ってアゲハチョウを追いかけているのが、お手伝いのマオです」


 タクトの視線の先には、必死の形相で走り回る猫耳メイド幼女がいた。


「マオちゃん、あいかわらず反則的な可愛さね。はぁ……お持ち帰りしたい……」


「だから駄目ですって。おーい、マオ。ただいまー」


 そう叫ぶと、マオはアゲハチョウからこちらへ視線を移し、そして「うにゃん!」と大声を上げた。


「タクトにゃー、タクトが帰ってきたにゃー!」


 虫網を投げ捨て、マオは全速力で走ってくる。

 そのまま減速せずにタクトの胸にドスンとぶつかり、猫耳と尻尾をピコピコさせた。


「おいおい。昨日出発して今日帰ってきたのに、随分と大げさだなぁ。店長がいるから寂しくはなかっただろ?」


「クララメラも好きだけど、タクトも好きにゃ。両方いないと駄目にゃん!」


 出発前は「安心して空島を探検してくるにゃ」なんて言っていた癖に。

 一日留守にしただけでこれである。

 随分と寂しがり屋さんのようだ。

 今後、アジールを留守にするときは気をつけないといけない。


「何じゃ何じゃ。こやつはホムンクルスか?」


「タクトに懐いておるな。可愛いのう」


 エルフにもマオの愛らしさは通用するようで、ソルーガとソニャーナは興味深げに猫耳幼女を眺めていた。

 するとマオもタクトの胸からを顔を上げ、二人のエルフをしげしげと見つめる。


「お客さんかにゃ?」


「お客さんだけど、店の客じゃなくて俺の客だよ。えっと、こっちがソルーガで、そっちがソニャーナ」


「タクトのお客さんにゃー。ようこそいらっしゃいませにゃ、私はマオですにゃー」


 マオはタクトから離れ、両手を広げて歓迎のポーズをとる。

 そのときエルフの二人は被っていたフードを外し、耳を露出させた。


「歓迎してくれてありがとう。ワシらはこういうものじゃ」


「にゃ!? 変な形の耳にゃん!」


 マオは大きな目を更に見開いて、ピンと尖ったエルフ耳を凝視する。


「変な耳はお主のほうじゃろ」


「オラたちのは平均的エルフ耳だ」


 ソルーガとソニャーナは鋭いツッコミを入れ、二人でマオの耳を左右から撫で回した。


「にゃーっ! くすぐったいにゃ、そんなに撫でちゃ駄目にゃぁぁ!」


 マオはじたばたと暴れてから逃げ出し、タクトの背中に隠れてしまう。

 そんなにくすぐったいものなのか。

 タクトには猫耳がないので分からない。


「ところでマオ。店長は起きてる?」


「さっきまで頑張って起きてたけど、つい三十分ほど前に力尽きて居眠りにゃ。幸せそうにスヤスヤにゃ」


「へえ。八時からさっきまで起きてたんだ? そりゃ凄い」


 開店時間が八時で、今が五時だから、九時間も起きていたことになる。

 あの睡眠大好き女神にしては快挙といえよう。

 そして眠ったばかりのところを申し訳ないが、帰還の報告のため、叩き起こす。


「店長、ただいま戻りました」


 店に入って叫んでも、反応がない。

 しかし、クララメラはちゃんと、カウンターの奥にいた。

 椅子に座り、背もたれに体重を預け、ヨダレを垂らして眠っている。

 近づいて耳を澄ませば、静かな寝息が聞こえ、その肩がゆっくりと上下しているのが分かる。


「これがタクトの上司か? 美人じゃなぁ」


「それに乳が大きい。オラもこんな乳が欲しいぞ」


 ソルーガとソニャーナはそんな感想を口にした。

 女神に対して失礼だなぁ――とタクトは思ったが、よく考えたら二人にはクララメラが女神だと教えていなかった。

 今更教えるのも面倒なので、黙っておこう。


「ちょっと二人とも退いてください。店長を起こすので。これが結構、難しいんですよ」


 タクトはカウンターに侵入し、クララメラの前に立ち、その顔に手を伸ばして、両頬をムニッと摘んだ。

 女神の美しい顔が変形する。


「店長、タクトです。帰ってきましたよ。ほら、お客さんもいます。起きてください。店長、店長!」


「ん、ん……なに……いたっ、ほっぺが伸びる……いたい、いたいっ!」


 指に力を込めて左右に引っ張ると、クララメラはようやく目を覚ましてくれた。

 良かった良かった。

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