表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/97

70 ミスリルを手に入れたぞ

 どうやら、あの塔が空島のほぼ中央に位置しているようだ――と、上空を飛び回ったタクトは、そう結論づけた。

 塔は空島全体にマナを広げ、それを制御して混沌領域の中に秩序を生み出している。

 やはり、樹の特異点(ネムス・テラ)と女神の組み合わせによく似ている。

 ただ、その規模は当然、比べものにならないほど塔のほうが小さい。

 使われているマナの量が少ないというのもあるが、燃費効率そのものも悪いように見える。

 もしあの塔に女神がいれば、同じマナの量でも、空島の三倍の面積をカバーできるはずだ。

 クララメラを間近で見続けてきたタクトにすれば、あの塔で実行されている術式は、少々稚拙に見えてしまう。


 もっとも、それは当然の話だ。

 塔によって機械的に作られた生存領域が、女神が作る生存領域と同じ精度なら、女神など無用になってしまう。


「けど。それにしてもソックリだな……」


 稚拙ではあっても、その設計思想は通ずるものがある。

 いや、むしろ。

 空島を作った者が、その改良型として構築したのが女神システムなのではないか。

 タクトは空島を見下ろしながら、そんな妙な想像をしてしまう。


「……流石にそれはないか。女神を作ったのがエルフだってことになってしまう。いや、まあ、空島をエルフが作ったって話も、本当がどうか確かめようがないけど」


 それからしばらく、タクトは滝やら森やらを見てから塔に帰った。

 塔を調べるのは、これで終了だ。

 タクトの魔術は攻撃に偏っており、何かを分析するのは専門外。

 頭を捻っても、これ以上は何も分からないだろう。


 アジールに帰ったら、タクトが調べたことを報告書にまとめて、協会に提出する。

 そすうれば、いずれ誰かタクトより博識な者が詳しく調査してくれるはずだ。

 無論、エルフのことは伏せるが。


「にしても、セラナさんたちはどうしてるんだろう? あれから三時間くらい経ったけど」


 探険すると言っていた洞窟は、ソルーガとソニャーナが何度も遊びに行っている場所なので、危険はないだろう。

 仮に危険だったとしても、アミュレットが自動防御を行い、セラナを完璧に守りきる。

 また、タクトの魔力を必要とするほどの防御結界が張られた場合、タクトはそれを感じ取ることが出来る。

 しかし今のところ、そのような気配はない。

 仮にゴーレムのような敵と遭遇しても、あの剣を持ったセラナなら、自力で何とかしてしまう。

 魔術師セラナはともかく、剣士セラナは既に立派な戦力なのだ。


「タクトくぅぅん」


 タクトが小屋に帰ろうかと思っていると、セラナが銀髪を揺らしながら走ってきた。

 その後ろをエルフの兄妹が追いかけてくる。

 すっかり仲良し三人組だ。


「三人とも、お帰りなさい。洞窟探検はどうでした?」


「一番奥の宝物庫まで辿り着いたわ!」


 そう語るセラナの両手には、それぞれ一本ずつインゴットが握られていた。

 人間の肘から手首くらいまでの大きさだ。

 セラナの髪と同じ、光り輝く銀色をしている。


「セラナさん、それ……もしかして純銀のインゴットですか? お金持ちになれるじゃないですか!」


「それがね、銀にしては妙に軽いの。持ってみて」


 タクトは、セラナが差し出したインゴットを受け取る。

 すると確かに軽かった。

 いや、ほとんど重さを感じないくらいだ。

 銀は金属の中でも重いほうで、鉛の次くらいの密度があるはず。

 よってこれは銀ではない。


 しかし、この質感は金属のはずだ。

 少なくとも発泡スチロールでないのは確かである。


「セラナさん。これ、ちょっと思いっきり叩いてもいいですか?」


「いいわよ。タクトくんにあげようと思って持ってきたんだし」


 その言葉に甘え、タクトはインゴットを地面に置く。

 それから手に魔力を集め、空手チョップを振り下ろした。

 決して本気ではないが、しかしダイヤモンドですら切り裂く一撃だ。

 なのにインゴットはビクともしない。

 へこみもしないし、傷もつかない。

 カーン――と高い音を響かせるだけ。


「この強度……まさかミスリルのインゴット!?」


 ミスリルといえば、オリハルコンと並んで高価かつ貴重な金属だ。

 尋常ならざる強度と耐熱性を持ち、加工するには一万度まで熱する必要がある。

 これを使って作った剣や盾はまず破壊不可能であり、剣士にとっては憧れの存在だ。

 だが、オリハルコンと違って魔力をほとんど通さない。よってマジックアイテムの素材には適さない。


「やっぱりミスリル? 洞窟の奥にまだ沢山あったわよ。タクトくん、残りも持ち出しちゃおうよ!」


 セラナはそう言ってグッとガッツポーズを作る。

 しかし、空島のものを勝手に持ち帰ったら、エルフに怒られるのではないだろうか?

 確かにロッツは聖典以外は好きにしていいと言ってくれたが、彼以外のエルフはどう思っているのだろう?

 そう思ったタクトは、ソルーガとソニャーナをちらりと見やる。


「ま、いいじゃろ。どうせいつか他の人間に見つかって持って行かれる。なら、恩人であるお主らにくれてやった方がマシじゃ」


「むしろ、好きなだけ持って帰ってくれ。エルフの誠意というやつだ」


 ソルーガとソニャーナはそう言ってくれた。

 もともとタクトは、空島から金目のものを持ち帰ろうとしてやってきたのだ。それがエルフのお墨付きになったのは嬉しい。


「ありがとうございます。では、その洞窟に案内してくれませんか」


 するとセラナはタクトの手を取り、「こっちこっち!」と言って歩き出した。

 目的の洞窟は、十五分ほどで到着する。

 切り立った小さな岩山の壁に、入り口が開いていた。


「その宝物庫とやらは遠いんですか?」


「ワシが道を暗記したから、三十分もあればつくぞ」


「兄者は記憶力が凄いのだ。兄者の脳内マッピングがなければ、この洞窟の探索を終えるのにもう一年かかったかもしれん」


「凄いなぁ、私一人だと絶対迷子になって帰れなくなりそう」


 そんな会話をしながら、タクトたちは洞窟に侵入した。

 先頭はもちろんソルーガだ。

 彼はライティングの魔術で周りを照らし、迷いのない足取りで進んでいく。


 洞窟の壁は綺麗な断面になっており、自然に出来た物ではないと物語っている。

 分かれ道が無数にあり、侵入者を惑わそうという魂胆も明確だ。


「ここを右に行くと、天井から槍が降ってくる罠があるから気をつけるのじゃぞ」


 そう言ってソルーガは分かれ道を左に曲がる。

 やがて通路が突如として開け、巨大なドーム状の広場が目の前に広がった。

 丸い床の直径は百メートルほど。

 高さはその半分といったところだ。

 そんなドームの中央には、さきほど倒したゴーレムと同型のものが一体、一回り小さいタイプが二体転がっていた。

 どれも頭部を切断され、停止している。


「あれは……?」


「この場所で待ち受けていたのじゃ。おそらく宝物庫の門番として配置されていたのじゃろうな。しかし、オラたちが見事倒したのじゃ!」


「兄者。またそうやって嘘をつく。倒したのはセラナ一人だぞ。いやはや、見事な技だった。魔術と剣術を組み合わせて戦うとは珍しいな。人間の間では流行っているのか?」


 ソニャーナに褒められ、セラナは照れくさそうにと頭をかき始める。


「流行ってないですよ。普通の人は両方極めるなんて無理ですからね。セラナさんはまず剣術を極めてから魔術学園に入学したので、世にも珍しい魔法剣士として戦えるんです。まだまだ魔術の方は発展途上ですけど、これからの成長に期待です」


「ほほう。魔法剣士とは格好いいのじゃ。まあ、確かに魔術の方はワシらから見ても未熟なところが多いが……タクトが指導すれば、すぐに上達するじゃろ」


 ソルーガも珍しく素直に褒め称え、セラナの肩をバンバン叩く。

 するとセラナはますます赤くなり「えへへー」とニヤついた。


「そんな、私の剣なんて、お父さんやお母さんに比べたらまだまだ……でも、ありがとう……えへへ」


 てれてれ。

 可愛い。


「アミュレットの防御結界を作動させないまま勝ったのは大したものですよ。この調子で頑張ってください」


「うん、頑張る!」


 セラナの成長と努力に期待しつつ、ドームの反対側にある扉に向かう。


「ここが宝物庫ですか?」


「そうじゃ。ビビるくらい色々あるぞ」


 ソルーガが扉を押し開くと、中から光が飛び出してきた。

 と思ったが、それは錯覚だ。

 ライティングの明かりが中のお宝に反射して、眩く輝いているのだ。

 ガラスケースに飾られた、黄金の首飾りや王冠。

 宝石を散りばめた鎧に盾。

 水晶で作った剣などもある。


 そんな中、片隅に積まれたインゴットの数々。

 金、銀、プラチナ。

 そして、ミスリル。

 それぞれ二十本はあるだろう。


「全部持って帰ったら、お主ら億万長者じゃな!」


「いや、そこまで欲張りではないというか、二人じゃ持ち帰るのは無理です。どう頑張っても十本くらいでしょう」


「タクトくん、謙虚!」


「いや。謙虚じゃないですよ。セラナさん、このミスリルのインゴット一本でいくらするか知ってます?」


「うーん……百万イエンくらい?」


「その十倍はしますよ」


 そう教えてやると、セラナは「どひゃー」と叫んで目を白黒させる。


「ってことは十本で一億イエン!? 一生遊んで暮らせるじゃない!」


「一生は無理だと思いますけど。山分けしても五千万イエンですからね。セラナさん、毎日美味しいものが食べられますよ。良かったですね」


 タクトは山分けするのが当然だと思っていた。

 なにせ二人でここに来たのだ。

 であればお宝は二等分だろう、と。

 しかしセラナはブンブンと首を振った。


「もらえないわよ! 私はくっついてきただけなんだから! これは全部タクトくんのもの。当たり前でしょ」


「いや、しかし……このミスリルを見つけたのはセラナさんですし。全部俺のものというのは……」


「タクトくんのもの! 私は絶対にもらわないから!」


 セラナはムスッとした顔になり、そっぽを向いてしまった。

 まあ、気持ちは分かる。

 タクトがセラナの立場でも、断っていただろう。

 しかし、セラナの財布事情が本当に心配なのだ。

 せめて一本でもいいから素直に受け取って欲しいのだが、説得は難しい。


「……分かりました。その代わり条件があります。俺がセラナさんにご飯を奢りたくなったら、いつでも奢られてください」


「……結局、私が得してるじゃない。私がタクトくんにお返ししなきゃ駄目なのに……」


「細かいことはいいんですよ。この条件が飲めないようでしたら、俺が風呂に入っているところを覗きに来たって街中に言いふらしますよ」


「それはやめて! 大人しく奢られるから、それだけは許して!」


 セラナはタクトの肩を掴み、ガクガクと揺すりながら必死に訴える。

 よかった。

 タクトとしても、あの話を世に広めるのは避けたい。


「では話がまとまったところで、インゴットを持って帰りましょう」


「あ、そうだ。私のローブを鞄の代わりにしたら運びやすいんじゃないかしら」


 セラナはローブを脱ぎ、それを風呂敷みたいに広げてインゴットを包み始める。

 これならセラナ一人で十本運べる。

 ならタクトも同じようにすれば、更に持ち出せる――と一瞬考えたが、地上まで降りていくときのことを思えば、やはり欲張らずに十本に抑えておいた方が無難だ。


        △


 タクトたちは小屋がある場所に戻った。

 十個も小屋が並んでいると、ちょっとした村のような雰囲気で、タクトはそれを結構気に入っていた。

 が、どうしうたことだろう。

 エルフ手作りの小屋が、綺麗サッパリ消えている。

 しかしロッツたちがいるので、場所を間違えたわけではなさそうだ。


「むむ。ワシらの家がないのじゃ!」


「オラたちどうやって暮らしていけばいいのだ!」


 ソルーガとソニャーナは悲鳴を上げてロッツのもとへと走り出したので、タクトとセラナも少し遅れて追いかけた。

 エルフたちのところに辿り着くと、兄妹が脳天気な笑い声を上げていた。


「あはは。撤収の準備をするなら事前に言ってくれ隊長。何事かとビックリするじゃろ」


「オラはてっきり、魔術師協会が攻めてきて、小屋を焼き払ったのかと思ったぞ」


「いや、すまない。なにせ我々の痕跡は可能な限り消したいからな。崖下の遺跡と一緒に埋めてしまったのだ」


 ロッツの言うとおり、崖は崩れていた。ゴーレムの残骸や、聖典があった遺跡はもう見えない。

 これなら、タクトとセラナが黙っていれば、ここにエルフがいたと誰も思わないはずだ。


「おお、タクトくんにセラナくん。君たちの荷物はそこにある。しかし、それにしても本当に世話になった。まともに礼も出来ないのが申し訳ない……」


 ロッツが指差した先には、タクトのリュックサックが置いてあった。

 四日分の食料と着替えをいれてきたのだが、結局、ほとんど使わずに済んだ。


「礼なんていいですよ。勝手にミスリルのインゴットを持ってきたので。これで一儲けさせて頂きます」


「そうか。そう言ってくれると助かる。もし君たちがデルニア王国に来ることがあれば、我々の村に寄ってくれ。精一杯、歓迎しよう」


「はい。そのときは是非。あとそれから、今のうちに聞いておきたいことがあるのですが」


「なんだ? 私が知っていることなら、喜んで話そう」


「ありがとうございます。実は、その聖典に書かれている創世記について知りたいのです。ソルーガさんとソニャーナさんからざっくりとは聞きましたが、なにせ人間社会に創世記はまるで伝わっていないので。詳しく教えてくれませんか」


 タクトがそう言うと、セラナがコクコクと頷いた。


「それ、私も聞きたいと思ってたのよ! 聖典そのものは見ちゃ駄目でも、中の話は伝わってるんでしょ。ロッツさん、教えてください!」


「そんなことか。いいだろう。それほど長い話でもないからな」


 そう言ってロッツは草むらの上にあぐらをかいた。

 タクトとセラナもそれに倣い、彼の前に座り込む。

 わくわくしながら待っていると、ロッツはよく通る声で語り始めた。


 いわく――


 かつてこの星に混沌領域などなかった。

 大地の全てが緑に溢れ、空はどこまでも澄み渡り、海は生物の宝庫だった。

 だが、ある日突然、世界の秩序に亀裂が走る。

 空間の裂け目から別世界の法則が流れ込んできたのだ。

 それはあっという間にこの星を覆い尽くし、混沌で塗りつぶしてしまう。

 そのとき、この星に住んでいた大神様たちは混沌を止めようとした。

 しかし勝てなかった。

 彼らは為す術なく死んでいった。

 このままでは星が滅びてしまう。

 ゆえに彼らは五人の女神、五つの樹の特異点(ネムス・テラ)を創り、それに適応した生物を生み出した。

 それがエルフであり、人間であり、その他動植物である。

 大神様たちは混沌に敗れ消えてしまったが、今この星に生きる我々は、その末裔として命を繋いでいかなければならない。

 いずれ混沌を消滅させ、星をあるべき姿に戻すために――。


「というのが、エルフに伝わる創世記だ。十万年以上昔の出来事と言われている」


 ロッツはそう締めくくった。

 すると周りから拍手が巻き起こる。

 いつの間にかエルフが集まって、一緒に創世記を聞いていたのだ。


「いやぁ、隊長の語り方はいつ聞いてもいいなぁ。何度も聞いた物語なのに、聞き入ってしまう」


 エルフの一人がしみじみと言った。

 実際、素晴らしい声である。演説などをすれば、嫌でも士気が上がるだろう。

 セラナなど完全に聞き入っており、紙芝居を楽しむ子供のような顔になっていた。


 タクトも当然、ロッツの美声に聞き惚れていたが、それ以上に色々と考えてしまう。

 どこまで本当の話なのだろう、と。


 混沌領域も、五大女神も、樹の特異点(ネムス・テラ)も、実在するものだ。

 人間はその起源を知らない。

 エルフには語り継がれている。

 エルフの言っていることが〝必ず正しい〟ということにはならないが、与太話だと切り捨てることもまた出来ない。


 この星が混沌領域に覆われる前にいた、大神様たち。

 何者なのだろう。

 古代人の比喩? あるいは本当に神々がこの星を支配していたのか?

 どうやら、しばらくは考えごとで眠れない夜を過ごすはめになりそうだ。


「ロッツさん。貴重な話をありがとうございます。トゥサラガ王国は特にエルフ族との交流が少ないので、おそらくこんな機会がなければ、一生知らずに過ごしていたでしょう」


「気に入ってくれたようでありがたい。私も人間に語って聞かせるなど初めてだから、新鮮だったよ」


 タクトは創世記の礼として、リュックから干し肉を取り出し、エルフたちに配って一緒に食べた。

 そうしているうちに、空からホウキに乗ったエルフが一人、降りてきた。

 そういえば一人足りないと思っていた。

 見回りにでも行っていたのだろうか。


「混沌領域を抜けたぞ。下に草原が見える。トゥサラガ王国に入ったらしい!」


 彼は興奮した声でそう言った。

 早く撤収しないと、魔術師協会が来るかも知れない。

 団欒はここまでだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ