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64 焚き火の輪

 予想していたことだが、聖典はこの小屋が立ち並ぶ崖の下にあるらしい。

 しかし、崖の下には古代のゴーレムがいて、聖典を守っている。

 何千年も経ったせいか、ゴーレムは主人であるエルフですら敵と見なして攻撃してきたという。

 だから一年かかっても聖典が手に入らないのだ。


「君たちの協力を得られたのは喜ばしいことだ。しかし、いつの間にか日も暮れててしまった。本格的に動くのは明日にして、今日は体を休めてくれ。小屋を一つ、空けさせよう」


「いえ、お構いなく。渾沌領域で屋根がある場所に泊まれるとは思っていませんでしたから――」


「しかし、現に小屋があり、我々はそこで寝泊まりしている。なのに客人である君たち二人を野宿させたのでは、エルフの名誉に傷がつく」


 ロッツにそこまで言われてしまっては、小屋に泊めてもらうしかない。

 実際、ありがたい話だ。


 ところで、小屋を数えると十一軒もある。

 エルフが十人だから、一人一軒としても、一つあまる。

 何のための小屋なのかとロッツに尋ねると、風呂場だと教えてくれた。

 なんとも贅沢な話である。

 しかし、年単位の戦いだと考えれば、このくらいの装備があってしかるべきかもしれない。


焚き火の周りでは、エルフたちが集まって、鍋を取り囲んでいた。

 野菜やキノコが山盛りになっており、とても美味しそうだ。

 酒盛りしているエルフもいて、とても賑やかである。

 しかしソルーガの姿だけが見えない。

 そういえば、彼は明日まで食事抜きの刑だった。可哀想に。


「ソニャーナ」


 ロッツが声をかけると、その輪の中からソルーガの妹が飛び出してくる。


「隊長。オラに用か?」


「うむ。タクトとセラナにお前の小屋を貸してやってほしい。構わぬか?」


「ああ、それならオラは兄者のところに行く。タクト、セラナ。小屋にはベッドが一つしかないから、片方が床や椅子で寝るなり、仲良く二人で寝るなり、工夫してくれ」


 そしてソニャーナの案内で、小屋まで連れて行かれる。

 タクトとセラナは彼女に礼を言ってから、リュックや杖、剣といった荷物を降ろして、焚き火の輪に加わった。


「兄者がメシ抜きなのにお前たちに食わせるのも悔しいが、まあ、考えてみればこっちに原因があるし、なによりオラたちは負けた。だからお前たちは勝者らしく、好きなだけ食え」


 そう言ってソニャーナは鍋からスープをすくい、どんぶりにいれ、タクトとセラナの前に置いた。

 温かいご飯を食べさせてくれるのはとても嬉しい。

 しかし、そんな言い方をされると、まるでこちらが敗者を虐げ、食料を奪っているように聞こえてしまう。

 現に、ソニャーナの台詞を聞いた他のエルフの目つきが険しくなる。

 だが、そこに助け船を出してくれたのは、やはりロッツだった。


「こら、ソニャーナ。どうしてそう皮肉じみたことを言う。彼らは聖典を手に入れるのに協力してくれるのだぞ。つまりは仲間。種族は違うが、仲良くしろ」


「むむ……別に意地悪のつもりで言ったのではないのだが……」


 そう呟き、ソニャーナはどんぶりに椎茸を一つずつ追加してくれた。

 どうやら、お詫びのつもりらしい。

 なかなか可愛らしいところがある。


 しかし、今度は別のエルフが口を開いた。


「隊長。なんだって人間なんかを信用する? いくら大人しそうな顔をしていても、裏で何を考えているのか分からないのが人間ってものだ」


 そして彼はタクトとセラナをジロリと睨む。

 そんな態度を取られては、こちらとしてもムッとするしかない。

 エルフの間で人間がどう言われているのか知らないが、それはお互い様だ。

 人間の世界にも、森に迷い込んだ子供がエルフに化かされたとか、行商人の荷物が盗まれたとか、おとぎ話がいくつもある。

 そういった類いの話がエルフ側にもあるのだろう。

 だが、それを根拠に批判されても、難癖にしか聞こえない。


「私は何も人間という種を信頼したのではない。この二人と直に話し、その上でタクトとセラナは信頼に足ると、そう判断したのだ。この二人のことが信じられなくても、この私の判断は信じて欲しい」


 ロッツはそう言って彼をいさめる。

 理屈になっているような、なっていないような。

 そんなロッツの言葉だったが、それで話は終わってしまう。

 大した人物である。


 実のところ今まで、タクトはエルフなど森の奥に住む田舎者という認識をしていた。

 しかしロッツは大概の人間より視野も度量も広く、威厳があった。

 その一方で、さっきタクトとセラナを睨んでいたエルフは、まさにイメージにピッタリだ。

 ソルーガとソニャーナの兄妹は――まあ変な奴、という感じだ。

 つまり、色々いる。

 ステレオタイプで語ることに意味はない。

 人間と同じだ。

 そのことを互いに認識できたら、二つの種族の関係も、いい方向に変わってくるのかも知れないなぁ――と思いながらスープを飲んだ。

 とても美味しかった。

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