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63 エルフの事情

 エルフの小屋は、外も中も、しっかりした造りになっていた。

 材料はどこから運んできたのだろう、とタクトは一瞬悩んだが、この空島には植物が生えているのだ。

 木材は現地調達できるし、一年も前からここにいるのだから、小屋くらいは作れるだろう。


 タクトとセラナは木製の椅子に座り、その対面に隊長が座る。

 そして、これまた木製のマグカップでコーヒーを飲みながら、話し合いが始まった。


「まず、自己紹介から始めようか。私の名はロッツ。ここにいるエルフの隊長を務めている」


「俺はタクト・スメラギ・ラグナセカです」


「セラナ・ライトランスです」


 こちらの名前を確認したロッツは頷き、そして早速本題に入った。


「では、エルフ側の目的を告げよう。それはたった一つだけ。この空島にある聖典を持ち帰ることだ。それさえ叶えば、空島自体に用はないのだ」


「なるほど。しかし、それならなぜ立てこもるような真似を? 魔術師協会に申請を出し、正規の手続きを踏んでから聖典を持ち出せば、ことを荒げずに済んだのです。おそらく協会は近いうちに攻め込んできますよ。そうなれば、エルフの十人などひとたまりもないでしょう」


「ハッキリと言ってくれるな。だが、君たち二人にも勝てないようでは、そうなのだろう。しかし、だ。その正規の手続きを踏めば、本当に聖典を持ち出せるのかね? 人間である君たちの前でこんなことを言うのも失礼だが、我々エルフは人間を完全に信頼することはできない。特に魔術師協会は警戒に値する。同じ人間が相手でも、協会が欲しいと思った物は強引に持って行ってしまうと聞くぞ。それが何千年も前の、古代エルフが残した聖典の原書となれば、なにやらゴタゴタが起きそうな気がするのだが。どうかね?」


 タクトとセラナは言葉に詰まってしまう。

 ロッツの協会へのイメージは少々偏見も混じっているが、おおむね正しいと言わざるをえない。

 魔術師協会は、この世界の魔術を全て管理しようと考えている集団だ。

 エルフの聖典の原書、などという貴重な物があると知れば、当然手に入れようとするだろう。


「第一、この空島はエルフが造った物なのだ。それが、どうして人間の組織の顔色をうかがって調査する必要がある? いや、仮にそうでなかったとしても。空を漂っている島の所有権を、魔術師協会はどのような理屈で主張しているのだ? その強大な権力を使い、強引に言い張っているとしか思えん。むしろ我々エルフとしては、そのような連中に聖典の存在を知られるわけにはいかんのだ。エルフは聖典がいつか人間の手に渡るのではないかと危惧してきた。そして一年前、空島が我々の村の上空を通過した。これは大神様のおぼしめしとしか思えぬだろう。長老の指示で、我ら十人が飛び乗った。タクトとセラナよ。お前たちのことは信用するが、しかし聖典は絶対に手に入れるし、渡さぬぞ」


 ロッツの主張は、ぐうの音が出ないほどの正論だった。

 確かに、魔術師協会が空島の所有権を主張するに足る、合理的な根拠はなにもない。

 ただ、誰も逆らえないからそうなっているだけだ。

 むしろそれは、タクトが普段から感じていた疑問である。

 協会はときとしてやり過ぎではないか、と。


 おまけに聖典の存在が知られた時点で危険だという考えも正しい。

 なにせタクト自身が、その聖典を見たくてたまらない。


 だが、正論が通るとは限らないのが世の中だ。

 魔術師協会はこの世界で最強の組織。そんな彼らがルールを決めるというのは、むしろ自然なことであろう。


 地球には『長い物には巻かれろ』という諺があったが、それはこちらでも通じる概念だ。

 しかしエルフ族というのは、どうやら誇り高い種族らしい。

 不条理に従うことをよしとせず、戦ってでも勝ち取るという選択を取ってしまった。


 別に悪いことではない。

 その気概はむしろ尊敬できる。

 だが、勝てない。無謀。

 魔術師協会が本腰を入れたら、その瞬間に終わってしまう。

 仲間が人間に殺されたとなれば、エルフの人間に対する心証は更に悪化するだろう。


「ロッツさん。俺たちの目的は二つです。まず第一に、あなたがたが空島から撤退すること。第二に、空島の探索です。思うに聖典さえ手に入れてしまえば、互いの目的は達成されると思うのですが、いかがでしょう?」


 魔術師協会がくる前に、聖典を手に入れ、エルフにはお帰り頂く。

 これが全員にとって一番幸せな結末のはずだ。

 タクトは、自分ならそれを実現する自信があった。

 ただし、ロッツがここで頷いてくれれば、の話ではあるが。


「それは是非、こちらからお願いしたいこと。先程も言ったが、私は君たち二人のことは信頼している。なにせソルーガとソニャーナは私たちの村では、天才と呼ばれていた。精神的に未熟でも、魔術では一番だったのだ。それを容易く倒してしまう力を持っていながら、こちらを害する意志がない。君たちがが協力してくれるというのであれば、全員が救われるだろう」


 ロッツは手を差し出してきた。

 タクトはそれを握り返しす。

 そのあとロッツはセラナにも手を伸ばしたので、彼女は慌てた様子で対応する。

 何とか、話が収まるところに収まりそうになってきた。

 物語の中はともかく、自分の周りに起きることは、全てハッピーエンドであって欲しい。

 今回も、そうであってくれればいいのだが――。

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