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62 鈍い音

 タンポポの花畑はどこまでも続いているように見えたが、それも唐突に途切れた。

 不意に崖が現われ、その向こうには大きな窪地が広がっている。

 野球ができそうなほどの面積が、スプーンですくったようにへこんでいた。

 その奥底は……見えない。

 不思議なことに、窪地の底には白い霧がかかっており、どうなっているのかは確認不可能だった。

 しかし、崖の上は快晴。

 実によく見える。


 そこにはいくつかの小屋が並んでいた。

 そして焚き火を取り囲む、人の姿もある。

 ただし、それらは正確には純粋な人間ではなく、亜人。

 ソルーガやソニャーナと同じく、耳をピンと尖らせたエルフ族。

 滅多にお目にかかれないはずの彼らが八人も並んで、和気藹々と談笑をしていた。


「タクトくん、凄い。エルフ族って、こんなに沢山いたのね……」


「そりゃいるでしょう……と言いたいところですが、同感です。ほとんど幻獣の類いだと思っていたので」


 種として生きながらえている以上、その個体数が一人や二人というのは有り得ないことだ。

 少なくとも数百人はいるだろうというのが普通の考え方である。

 しかし、人間にとってエルフ族は貴重というか、単純に珍しい。お目にかかる機会がない。

 よって八人――ソルーガとソニャーナをいれたら十人――という数のエルフ族が一カ所に集まっているというのは、信じがたい光景なのだ。


「なんじゃ。失礼な連中じゃな。ワシらに言わせれば、人間のほうがよほど幻獣じゃ。まぁそれはさておき。おーい隊長。ソルーガとソニャーナじゃ。今戻ったぞ!」


 ソルーガがそう叫んで手を振ると、焚き火を取り囲んでいたエルフたちが一斉にこちらを見た。

 男五人に、女三人という構成。

 その全員がとてつもない美形だった。

 タクトは普段からクララメラやセラナといった美人や美少女と接しているので慣れているほうだが、その水準から見ても、やはりエルフ族は凄い。

 その造形に遊びがない。工芸品のごとく整っている。

 だが逆に、完成されすぎていて画一的ともいえた。

 どこか人形めいていて、おまけに髪色が全員金色なので、差異が分かりにくい。


 しかし、それは人種の違いからくる感覚かもしれない。

 もしかしたら、エルフから見れば人間のほうこそ同じ顔かもしれないのだ。


「ええっと……お前がタクトだったか?」


 案の定、ソニャーナはセラナを指差して、そんなことを言う。


「私はセラナ! タクトくんはこっち!」


「おお、そうか。似たような顔なので分からんぞ。ではタクト。オラたちを倒した人間ということで、隊長たちに紹介するぞ。ついてこい」


「うむ。人間が突然近づいていったら皆が驚いてしまうからな。まずはワシらが紹介するぞ」


 エルフも驚くだろうが、タクトだって驚いている。

 しかし、そんなことはお構いなしに、ソルーガとソニャーナはこちらの手を引っ張って小屋に近づいていった。


「ああ、タクトくん待ってぇ!」


 セラナが慌てた声を出して追いかけてくる。

 そして、向こうにいるエルフたちは、セラナ以上に慌てた顔でこっちを見ていた。


 なにせ彼らの間で人間は〝どれーはーれむ〟を作ると言い伝えられているのだ。

 控えめに評して変質者。変態。

 おそらくは悪鬼羅刹にしか見えないだろう。


「な、なんだ!? 二人とも、どうして人間をここに……!」


 当然、エルフたちからは、そんな疑問が上がった。

 ザワザワとどよめき、一歩二歩と後ろに下がっていく。

 顔面蒼白になり、ガタガタ震え出す始末。


 そんな中、毅然とタクトに立ちはだかるエルフが一人いた。


 長髪をオールバックにまとめた男だ。

 見た目は二十歳前後だが、落ち着いた物腰は、その倍以上の経験を思わせる。


「ソルーガ、ソニャーナ。人間が空島に近づいたら追い返せと命じたはずだが。なぜここに連れてきた。説明しろ」


 口を開いた彼の表情には、タクトやセラナに対する警戒がこもっていた。

 しかし恐怖ではない。

 毅然とし、状況を観察し、冷静に対処しようと努めていた。


「おお、隊長。聞いてくれ。このタクトという人間。なかなか強い上に、人間にしては話が分かるのじゃ」


「そうそう。オラたちを性どれーにするつもりはないらしい。おまけに聖典を手に入れるのを手伝ってくれるとも言っていたぞ」


 まだ手伝うとは断言していないのだが。

 ここまで来たからには仕方がない、か。

 場の流れだ。

 エルフたちに恩を売って、空島を解放してもらおう。


「うむうむ。ワシらの強さに恐れをなして、ペコペコ土下座を初めたのじゃ。そして『何でもするから命だけはお助けを~~』と哀れな声で訴えられてな。ワシらは心優しいので、助けてやることにしたというわけじゃ」


 タクトが黙って聞いていると、ソルーガが不穏なことを言い始めた。

 誰が誰に恐れをなしたと?

 話があべこべではないか。

 調子づくのも大概にして頂きたい。

 流石に反論しておこう――と、タクトが思ったそのとき。


「タクトくんを馬鹿にするなぁ!」


 セラナはソルーガの後ろに近づき、その耳元で怒鳴る。

 離れていても耳がキンキンするほどの大声だった。

 それに驚いたソールガは飛び跳ね、倒れ、そして運が悪いことに石に頭を打ち付けた。


 ゴツン――とても鈍い音だ。

 明らかに打ち所が悪い。


「あ、兄者ぁぁぁ!」


 ソニャーナは悲鳴を上げて兄に駆け寄っていく。

 どうやら、ややこしいことになりそうである。



「兄者ぁ! 兄者しっかりしてくれぇぇ!!」


 ソニャーナの泣き叫ぶ声が響く中、エルフたちはこちらを取り囲み、敵意を込めた目で睨んでくる。

 怯えや恐れもまだ残っているのだろうが、それよりも仲間をやられた怒りが優っているのだ。


「に、人間め……! よくもソルーガを!」

「油断させて後ろからとは卑怯だぞ! これだから人間は信用できないんだ!」

「私たちで〝どれーはーれむ〟を作るつもりなんでしょう!」


 せっかくソルーガとソニャーナを通して、エルフとの間に信頼関係を築こうとしていたのに。

 しかし、タクトはセラナを責める気はさらさらない。

 なにせソルーガの言っていたことは、あまりにも礼を欠いていた。

 セラナがやらなければ、タクトがやっていたかもしれないのだ。


 とはいえ、この状況はマズい。

 一触即発。

 特にやらかした張本人であるセラナに対して、エルフたちは今にも掴みかかりそうだ。

 タクトにはセラナをここに連れてきてしまった責任がある。

 よって指一本触れさせはしない。そのこと自体は容易だ。

 しかし、エルフに怪我人を出すのも本意ではなかった。

 

 どうしたものか――と、次の手を決めあぐねていると。


「皆の者、落ち着け!」


 一喝する声が響く。

 それは、エルフの中で唯一人だけ敵意を浮かべていない、隊長の声だった。

 あれほど不穏な空気が流れていたのに、一瞬にして場が鎮まり、全員が黙ってしまう。

 彼らの隊長に対する信頼が見て取れた。


「人間の娘よ。なぜソルーガを怒鳴った? 言って見ろ」


 隊長はセラナを真っ直ぐ見て問いかけてくる。


「だって、ソルーガとソニャーナはタクトくんにボロ負けしたのに! なのに自分たちが勝ったみたいな言い方して……ペコペコ土下座したのはそっちじゃないの!」


 セラナがそう叫ぶと、ソニャーナは気まずそうに目をそらした。

 それから昏倒していたソルーガが目を覚まし、うーん、と唸ってタンコブを撫でる。

 エルフたちの注目は、その兄妹に集まった。

 目覚めたばかりのソルーガは、何が起きているのか分かっていないようで、不思議そうな顔を浮かべている。


「ソルーガよ。この人間は、負けたのはお前たちだと言っている。それは本当か?」


「あ、いや……それは、その……隊長は人間の言うことを信じるのか!?」


「私が見る限り、この人間たちは手練れだ。特に少年の方はずば抜けている。とてもではないが、お前たちが勝てる相手とは思えぬ。いや、我々が全員束になっても返り討ちだろう。もう一度聞く。本当に勝ったのか?」


「うぐっ……それはじゃな……」


 ソルーガは助けを求めるように妹を見るが、しかしソニャーナは首を振る。誤魔化すことなど無理だと悟っているらしい。

 そんな妹の様子を見て、ソルーガも観念した。

 またペコペコと土下座を始める。


「そのとおりじゃ……ワシらはこの人間たちに負けた。しかし、こやつら人間なのに大人しいから利用できるかと思って……それで、せっかくだからワシらが倒して屈服させたことにしたほうが、手柄も大きいかと……」


 ソルーガがそう白状すると、エルフたちからため息が漏れた。

 またかよ、という雰囲気である。


「たわけ。どうしてお前は昔からすぐ分かる嘘をつく。嘘などつかなくても、お前の才能は誰もが認めているというのに」


 隊長は特に声を荒げるでもなく、淡々と説教をしている。

 そこのことが逆に応えるらしく、ソルーガはすっかり小さくなっていた。


「隊長……兄者をそれ以上叱らないでやってくれんか……確かに兄者は嘘をついたかも知れぬが、負けたのはオラも一緒だし、オラにとってはたった一人の兄なのだ……」


「ソニャーナ。私は負けたことを責めるつもりはない。嘘をついたこと。さらに客人の名誉を傷つけたことを責めている。その相手が人間であっても、だ」


「うむ……」


 ソニャーナは土下座する兄を悲しげな顔で見つめていた。


「というわけで、ソルーガ。お前は明日まで食事抜きだ。人間の客人よ。それで許してやってくれんか? 私からも謝る」


 隊長はタクトとセラナに視線を向け、そして頭を下げた。

 威厳ある彼にそんなことをされては、むしろ恐縮してしまう。


「いや、その。事情はどうであれ、ケガをさせてしまったのはこちらですし」


「そう……私、ついカッとなっちゃって……ごめんなさい」


 別にこちらが頭を下げる必要はないのだが、隊長の迫力に負け、ついつい下げてしまった。

 だが、そのお陰で随分と雰囲気が和らいだ。

 大勢のエルフはまだうさんくさげな目をしているが、少なくとも即座に殴り合いが始まるような剣呑さはなくなった。


「なるほど……どうやら話し合える人種のようだ。聖典を手に入れるのを手伝ってくれる、というのは本当なのか?」


「ええ、まあ。しかし何も詳しいことを知らないので。まずはお互いの事情を語りませんか?」


「よかろう。では二人とも、私の小屋に来たまえ。他の者たちは、ここで待機を続けろ」


 隊長は踵を返し、小屋に向かって歩いて行く。

 拒否する理由もないので、タクトとセラナはそのあとをついていった。

 背中にエルフたちの視線を感じるが、隊長は道理が通じるタイプに見える。

 話がこじれたりはしないだろう。

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