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57 普通であるという異常

 樹の特異点(ネムス・テラ)から噴出するマナを女神が制御することにより、押し寄せる渾沌を排除し、秩序を構成する。

 この世界の人類はそのシステムによって生きており、女神が生み出す秩序ある場所のことを、生存領域と呼んでいる。

 生存領域はリンゴを投げれば下に落ちてくる世界だ。太陽と月が交互に昇る世界だ。

 では逆に、渾沌領域とはどのような場所かといえば。

 それはただ一言。

 無秩序というより他にない。


「タ、タタタ、タクトくん! さっきまで下が草原だったのに、急に岩だらけになっちゃったんだけど!?」


 タクトの後ろにいるセラナは、初めて目の当たりにする渾沌領域の姿に悲鳴を上げていた。

 なにせ生存領域にいたときは、地平線の向こうまで続く青々とした草原が広がっていたのだ。

 それが、あるラインを越えた途端、景色が一変してしまう。

 振り返っても、さっきまでいたトゥサラガ王国は見えない。

 信じがたい現象だが、これはまだ序の口だ。

 ザザッとノイズが聞こえ、視界がぐにゃりと歪み――岩肌だった眼下が、今度は氷に覆われた。

 それに驚く暇もなく、昼だった空が夜に変わり、雲一つない満天の星空から、激しい雷が落ちてくる。


「どわぁぁっ、あっ、ああああッ! 昼が夜に! と思ったらまた昼に! うわわ急に目の前に火山が! マグマが飛んでくるゥゥゥゥ! タクトくん避けてえええええひゃああああああお母さぁぁぁぁぁんっ!」


「大丈夫ですよ。俺の結界は雷の直撃を受けようが、火山口に突っ込もうが、ビクともしません」


 大丈夫だ、と言ったところで、目まぐるしく変化する渾沌領域は恐ろしいだろう。

 実のところタクトとて、切り抜ける絶対的自信があっても、なかなか落ち着けないのだ。

 こんなところに進入すれば、普通の人間は一瞬で消え去る。

 魔術師であっても、超一流の者が短時間滞在するのがやっとだ。


「空島は……あれか」


 赤い空に黒い満月という退廃的な色彩になった景色の奥に、タクトは漂う物体を発見した。

 ゴツゴツとした岩の塊。

 遠い上に、周りに対比させる物がないので正確なところは分からないが、かなりの大きさだ。

 少なくとも、ララスギアの街よりは巨大なはず。

 流石の渾沌領域も、そんな物体が風船のように漂っているのは珍しいといえる。


「セラナさん。あれが空島です。加速して突っ込みますから、しっかり掴まって。あと舌をかまないように」


「わ、分かった!」


 もともと押しつけられていたセラナの胸が、更にギュッと密着する。

 が、渾沌領域でその感触にうつつを抜かすつもりにはならなかった。

 油断すれば何が起きるか分からない。


 全身全霊で防御結界を張り巡らせ、空島に向けて一気に突き進む。

 そして空島の上に回り込んで、着陸しようとした。

 しかし、タクトは意外なものをそこに見る。


「結界が張ってある……?」


 目指すべき空島の地面は見えず、代わりに、空島をドーム上に包む白い壁が広がっていた。

 かなりの強度だと一目で分かる。

 そもそも、渾沌領域の中で維持されている時点で、生半可な代物ではない。

 それでもタクトは、自分ならこの結界を破壊することなく〝すり抜ける〟ことが可能だと確信していた。


「突っ込みます」


「えぇ!? だって壁が!」


「怖いなら目をつむっていてください」


「ちょ、ストップストォォォップ!」


 セラナが絶叫しているが、聞く耳持たず。

 白い壁に突撃だ。

 タクトの結界と、空島の結界が接触。

 構成術式を読み取り、干渉。分解。

 案の定、強固極まるものだったが、タクトは造作もなくすり抜けた。

 しかし、ふと違和感を覚える。

 空島の結界が、クララメラたち女神が行うマナの制御に、とてもよく似ていたのだ。

 そして白い壁を越えて、飛び込んだ先には、なだらかな丘と、小川。蝶が飛び交うタンポポの花畑があった。


「なんと!」


 タクトは驚きつつも減速し、タンポポの上に杖を下ろす。

 ふと見上げれば、白い雲と青空。

 何の変哲もない、当たり前の空があった。

 渾沌領域のまっただ中だというのに、まるで生存領域のような穏やかさである。


「タクトくん。これが空島……? なんか、凄い普通なんだけど……」


「はい。俺も驚いています。普通だというのが普通じゃないですね。念のため、俺の手を握っていてください。防御結界を張り続けます」


「う、うん!」


 セラナはドキッとしたような顔になってから、必要以上に力を込めてタクトの手を握ってきた。

 まさか、異性と手を掴むという行為に緊張しているのだろうか。

 十七歳のくせに。

 しかもこちらは三歳も年下なのに。

 まあ、セラナらしいと言えばそれまでだが。


「しかし……結界なんて張る必要がないほど穏やかというか、のんびりしているというか……」


「お弁当持ってきてピクニックしたいくらいね」


 セラナがそんなことを言い出すが、呑気だと責められない。

 なにせタクトも似たようなことを考えていたのだ。

 空島の上には――少なくともこの周辺には、秩序が構成されている。

 渾沌を押しのけ、生物が生存できるようになっている。


 誰かが女神の真似事をしているのか。

 あるいは、自動的にそうなる機構があるのか。


 いずれにしても、驚異的な技である。

 タクトはいままで、空島が渾沌領域の中でも秩序を保っていられるという話を聞いたことがなかった。

 もっとも空島についてそれほど詳しく調べたわけではないので、たんに勉強不足だったのかもしれない。

 もしくは、一年前から空島を占拠している連中の仕業とも考えられる。


「とりあえず、歩いて色々調べますか。何から調べていいのかも分かりませんが」


「そうね……にしても綺麗。夢の中にいるみたい」


 そう呟いたセラナの頭の上に、モンシロチョウがとまった。

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