56 女神恐るべし
「そりゃセラナさん。俺の背中に乗れば空島まで行けますが、しかし危険なことに変わりはないでしょう。高度五千ケメルですよ。酸素は薄いし、寒いし。第一、今の空島はまだ渾沌領域にいますからね。どうするつもりなんですか?」
「頑張れば何とかなる!」
セラナは不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「なりませんって。それにフィオナさんから聞いてないんですか? 今の空島、よく分からない人たちに占拠されてるらしいですよ」
「そうなの!?」
その話は教えてもらえなかったらしい。
協会としてもなるべく秘密にしておきたいのだろう。
「そんなわけで。今の空島はいつも以上に危険ですから……」
「そっかぁ……」
セラナはがっくりと肩を落とし、悲しげな声を漏らす。
魔術師の端くれとして空島に行ってみたいというのは痛いほど分かるが、今回は我慢してもらおう。
と、タクトは思ったのだが、しかし、すぐに思い直す。
――別に問題ないのではないか?
危険というのは、その辺の魔術師にとっての話だ。
女神すら軽く凌駕するタクトにとって、この世界に危険などあるはずもない。
セラナ一人をつれていったところで、そう問題はないだろう。
むしろ何日も調査することになるはずだから、いい話し相手になる。
それに別の見方をすれば、危険を顧みずに未知に挑戦する気概は素晴らしい。とても魔術師らしいといえる。
他力本願だとしても、色々な場所に行って見聞を広めるのは、いい経験になるだろう。
近頃セラナ自身も強くなってきたし、ここは更なる成長を促すためにも空島に連れて行ってしまおうか。
というか。よく考えてみれば、トーナメントのときのように、セラナのアミュレットにタクトの魔力を流し込めば、何が起きても大丈夫だ。
心配は何もない。
それに、だ。
「タクトくん、難しそうな顔してる……まあ、ダメ元で来たんだし。今日は諦めてタクトくんをお見送り……」
「いえ、一緒に行きましょう。俺がその杖を飛ばします」
「え、いいの!?」
突然の快諾に、セラナは心底意外そうに目を丸くする。
しかし、これは必然なのだ。
なにせセラナを背中に乗せて飛べば、おっぱいを押しつけてもらえる!
これが何よりも重要。
「セラナさんがこのリュックを背負ってください。それで杖の後ろに……ああ、その前に、あの剣を持ってきたほうがいいですね」
タクトはセラナにリュックを渡してから、自室に剣を取りに行く。
かつてタクトがダンジョンで拾った名もなき名剣。それにサンダードラゴンの骨粉から作ったダイヤモンドを組み合わせた、手製の魔法剣。
セラナは校内トーナメントでそれを使用し、魔王の攻撃を見事にしのいだ。
もともとセラナのために作った魔法剣なのだから、そのまま持たせてやるつもりだった。しかし、珍しくセラナに強く反発され、いまだアジールで預かっている。
なんでも「流石にこれを無料でもらうのは、申し訳なさ過ぎて死ぬ」らしい。
だが、この剣とセラナの組み合わせは強力だ。
白兵戦に限っていえば、魔術学園の教師にすら匹敵するだろう。いや、下手をしたら上回るかも知れない。
「お待たせしました。剣はリュックに刺して……これで準備OKです。さあ、俺の後ろにまたがってください」
「分かったわ」
セラナは杖にまたがり、タクトの腰に手を回して、ギュッと抱きしめる。
するとおっぱいがギュッと背中に押しつけられてきた。
やったぜ。
「にゃあ? タクト、どうしてニヤニヤしてるのにゃ?」
「……空島が楽しみで、つい笑ってしまったのさ」
タクトはニヒルな笑みで誤魔化す。
「はにゃぁ、そんなに楽しいところなら、マオも行きたいにゃ!」
などと言って、猫耳ホムンクルスがタクトとセラナの間に割り込もうと腕を伸ばしてくる。
が、その首根っこをクララメラが掴み、ひょいと持ち上げてしまう。
「だめよマオちゃん。二人の邪魔しちゃ。それに、私とマオちゃんは店番する約束でしょ」
「そうだったにゃ! マオが店番すれば売り上げ倍増間違いなしにゃ!」
マオは腕を猫耳をピコピコさせ、古書店のエースだと自称し始めた。
事実、マオのお陰で客足は伸びている。
だが、誰もがマオとおしゃべりし、最後に頭を撫でただけで満足し、帰ってしまう。
売り上げに繋がらないのだ。
おまけに常連客はハーブティーをがぶ飲みするので、むしろマイナスとすら言える。
なんとかしなければ。
今度マオに「買ってくれないと泣いちゃうにゃぁ」という芸を仕込んでみよう。
おそらく客の財布のヒモが緩くなるはずだ。
「じゃあ、店をよろしく。数日中には戻るので。あ、セラナさん。もっとしっかり掴まってください」
「うん!」
セラナは素直に腕に力を込めた。
胸も力一杯押しつけられる。
ただ一言。凄い。
この世の真理を垣間見たような気分だ。
そうやってタクトが楽しんでいると――
「セラナちゃん。空島でタクトに変なことされたら私に相談してね。ちゃんとシメておくから」
クララメラが笑顔のまま、そんなことを口走った。
まずい。
ぐーたらでも女神は女神。
タクトのよこしまな思いを見抜いている。
「変なことって何ですか?」
セラナは意味がよく分かっていないらしく、クララメラを見ながら首をかしげる。
「そ、そうですよ……へんなことなんて、するわけないでしょう……!」
タクトも何とか惚けようと、うわずった声で弁解を始める。
が、クララメラの笑顔が怖い。
「ふふ。タクト。帰ってきたら、久しぶりにお説教ね。ま、とりあえず行ってらっしゃい」
タクトは全身から血の気が引いていくのを感じた。
母親にエロ本を見つけられた中学生のような気分である。
早くこの場を逃げなければ――ということで、思いっきり地を蹴り、杖を離陸させた。
そして、あっとう今に音速突破。
生存領域の外へと飛び出す。
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