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55 ポンコツ少女とトランポリン

 早朝五時。

 まだ森には朝霧がたちこめていた。

 白いモヤの中を色とりどりに輝く光虫(こうちゅう)が舞い、その灯りで木々が浮かび上がる光景は、なかなかに幻想的だ。

 そんな中、タクトは四日分の食料と着替えを入れたリュックを背負い、飛び立とうとしていた。

 目指す先は空島。

 魔術師協会が本格的に動き出す前に、謎の勢力を倒し、思う存分に調査してやるのだ。


「お店はマオに任せるにゃ。タクトは安心して空島を探検してくるにゃ」


 頼もしい猫耳幼女はすでにメイド服に着替え、やる気に満ちた瞳でお見送りしてくれる。

 その隣には、ネグリジェの上にカーディガンを羽織ったクララメラが、あくびをしながら立っていた。


「ふぁぁ……まあ私もコーヒーをがぶ飲みすれば、六時間くらいなら起きていられるから。何とかするわ」


 コーヒーがぶ飲みして六時間しか起きていられないというのは、かなり問題がある。

 これが普通の人間だったら何かの病気を疑うべきであり、いますぐ病院に連れて行く。

 しかし彼女は女神様。

 そういうものなのだ、と思うしかない。


「では留守番お願いします。もし無理そうだったら、店は閉めてもいいですよ。俺の空島調査が成功すれば、莫大な利益が出るんですから」


 空島は古代文明の遺跡。

 しかも、まだまだ未調査の区画が多く残っており、比喩や誇張抜きに宝の山なのだ。

 もしかしたら、億単位の収入になるかもしれない。


「じゃ、いってきま――」


 と、タクトが離陸しようとした、そのとき。

 頭上から脳天気な少女の声が聞こえてきた。


「タクトくーん」


 言うまでもなく、そこには学園の制服である白いローブを着た、銀髪の少女がいた。

 見習いの杖にまたがり、森の上空を旋回。スカートがバタバタと風にあおられ、スパッツがよく見える。

 タクトにとって、眼福この上ない。


「セラナさん。そんなところで何をやってるんですか?」


「えっとね。昨日、フィオナさんのとこに遊びに行ったら、タクトくんが空島に行くって聞いて。それでお願いがあって来たんだけど……出発前でよかったぁ」


 そう言いながら、セラナはぐるぐる飛んで、黒いスパッツに覆われた太ももを見せてくれた。

 これは出発前に気合いが入る。

 その礼として、話くらいは聞いてやろう。


「ところでタクトくん。森の結界、強すぎない? さっき、普通に入り口から入ろうとしたら迷子になって街に戻っちゃったんだけど」


「ああ。開店していないときはそうなんですよ。ちょっと待ってください。今、弱めますから」


「ええ、でも空からだといける気がするわ。だってタクトくんが見えるし!」


「そりゃ障害物がないから、迷子の結界も張りようがないですし。そのかわり、空は圧力の結界が一層強くなってるんです。セラナさん、跳ね返されますよ」


「本当? ちょっと試してみる!」


 そしてセラナは、てやぁっ、と気合いのかけ声と共に、杖を真下に向け、垂直に落下。

 ものすごい勢いで突っ込んで、ものすごい勢いで吹っ飛ばされていった。


「きゃああああああああああっ!」


 圧力の結界とは、進入しようとするものを跳ね返す結界である。

 それを突破するには、圧力に屈しない魔力が必要なのだ。

 今のセラナには――というよりタクトと女神以外は、閉店時の結界に対抗できない。

 そんなところに垂直に突っ込めば、当然の帰結として、トランポリンのように飛ばされる。

 びよーん、とセラナは天高く舞い、また垂直に落ちてきて、結界に接触。

 びよーん、びよーん。

 止まらない。


「た、タクトくーん、助けてー、目が回るー」


 セラナは錐揉み回転をしながら、ずっと同じ軌道で森の上で飛んだり落ちたりを繰り返していた。

 見ているだけで酔いそうだ。

 こんなに悲惨な目にあっている少女を見たのは、転生してから初めてである。


「やっぱり愉快な人にゃん」


 マオはなにやら感心し、腕を組んで唸っていた。

 クララメラも頬に手を当て、あらあら、と微笑んで見守っている。

 しかし、いつまでも見守っていては、セラナがシェイクされ、本当に死ぬかもしれない。

 錐揉み回転スパッツを十分堪能したタクトは、結界強度を引き下げ、セラナが自分の目の前に落ちてくるように調整する。


「んひゃあああああ!」


 そして、落ちてきたセラナを両腕でキャッチ。

 銀色の美しい髪がふわりと舞い、タクトの鼻先をかすめる。

 何が起きたのか分かっていないセラナは、きょとんとした顔でタクトを見上げていた。


「はい、お疲れ様。セラナさん。トランポリンは楽しかったですか?」


「な、何がなんだか分からなかったわ……!」


 それもそうか、と思いつつ、タクトはさりげなくスパッツを撫で、セラナを地面に下ろす。

 セラナは立ち上がりはしたものの、ふらふらしたままだ。三半規管がストライキ中らしい。


「セラナ。髪の毛ボサボサにゃ」


「駄目じゃないのセラナちゃん。年頃の女の子が、そんな姿で男の子の前に出ちゃ」


 クララメラはセラナの銀髪に触れ、手櫛で乱れを直す。

 すると、あっとういう間に美少女セラナの復活だ。


「あ、ありがとうございます、クララメラ様」


「ふふ、いいのよ。そのかわり、アジールの常連になってね。若い女の子が来るなんて皆無に近いから。セラナちゃんが来てくれると、私とても嬉しいの」


 そう言ってクララメラはセラナを撫でる。

 母親か、姉か、そんな気分に浸っているのだろう。

 基本的にクララメラは人恋しい性格だ。

 誰かがそばにいないと、それこそ永久に眠り続けるかもしれない。

 だから、セラナのような少女と仲良くなれるのは、彼女にとって本当に嬉しいことなのだ。


「常連になります! 次に本を買えるのはいつになるか分かりませんけど!」


「大丈夫よ、タクトがあなたを一人前にしてくれるから。ね?」


 なぜかクララメラは、タクトにウインクしてみせた。

 まあ、タクトもセラナを鍛えてやるつもりではいる。

 彼女が一人前になって金を稼げるようになれば店の売り上げに繋がるし、それを抜きにしても放っておけない少女だ。

 それにタクトはセラナに個人的な好意も持っている。

 というか、おっぱいが大きい美少女に対して非友好的になるのは不可能である。


「それでセラナさん。今日はどういったご用件で? 俺はいますぐ空島に行くつもりなのですが」


「うん、それよ。この前タクトくんの説明で、私が空島まで飛んでいくのは無理だって分かったから……タクトくんの背中に乗っていこうと思って!」


 セラナはぐっと拳を握りしめ、気迫に満ちた顔で言う。

 そんな自信満々に他力本願を口にするとは、セラナのタクト依存もなかなかに極まってきたようだ。

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