53 島の話
ハーブティーを飲み終えてから、セラナはマオを自分の膝の上に乗せ、頭を撫でたり、ギュッと抱きしめたりとご満悦だ。
「そう言えばセラナさん。シンシアさんは元気ですか? 友達になったんですよね?」
タクトは、ふと金髪のお嬢様を思い出した。
トーナメントの決勝戦でセラナと戦い、マジックウェポンを暴走させてあわや大惨事を起こしそうになった少女。
色々と反省すべき点は多いが、しかし才能が優れているのは確かなので、これからも頑張って欲しいと思う。
「うん。元気だし、よく遊んでるわよ。そもそも今日は一緒に来るはずだったんだけど……」
「何か急用でも?」
「そうじゃなくて。シンシア、迷子の結界は私よりも楽々突破したんだけど、圧力の結界に跳ね返されて、街の方に飛んで行っちゃった」
飛んで行ってしまったのか。
それは仕方がない。
魔力を鍛えて出直していただこう。
「ああ、ところでゴメンねタクトくん。私、お金ないから今日は何も買えないの……」
「そんな分かりきったこと言わなくても分かってますから。セラナさん、ひやかし顔ですからね」
「ひやかし顔って何!? あ、でも私はともかく、シンシアは買うつもり満々だったわよ。あの子お金持ちだから。トーナメントのお詫びにアジールの売上に貢献するんだって気合いれてた」
「買う気満々のシンシアさんの代わりにセラナさんが飛んでいけばよかったですね」
「タクトくん、本当に息を吐くように毒舌言うのね! だって仕方ないじゃないの。森の結界が強すぎるのよ」
「いや、だって、あの程度も突破できない人に本を売るわけにはいかないので……はぁ、無一文のセラナさんが来店できるのに、お金持ちのシンシアさんが飛ばされるなんて……この世はままならないことばかりです」
「タクトくん、私そろそろ泣いていいかしら!?」
泣いていいかしら、と言いつつ、セラナはさっきからずっと半べそだ。
可愛い。
「タクト。セラナを虐めちゃ駄目にゃ!」
調子にのってセラナを言葉責めしていると、耳をピンと立たせたマオに叱られてしまった。
それは正論で、全面的に正しい。
しかし、こんなにも面白いセラナを虐めるなというのは無理な話で、悪いことだと思いつつもやってしまう。
「マオちゃんはいい子ね……私のうちの子にならない?」
セラナは味方になってくれたマオを撫で撫でしながら、そんなことを言い始めた。
「にゃぁ? 残念にゃけど、マオはアジールのお手伝いさんにゃ。よその子にはなれないにゃー」
「それはそうよね。ごめんごめん、冗談だから」
「にゃ! けど一度、お泊まりに行きたいにゃ!」
「ほんとっ!? わーい、お持ち帰り決定!」
むぎゅぎゅとセラナはマオを抱きしめる。
無論、お持ち帰りなど許さない。
そもそもマオは誰かが守ってやらないと、森の結界から出ることができないのだ。
タクトやクララメラならそれが可能だが、セラナはまだ自分のことで精一杯であろう。
「あ、そうだ、タクトくん。今日は私、ただ遊びに来たわけじゃないのよ。ちゃんと用事があって来たんだから」
「そうなんですか? 別に遊ぶだけでもいいですが。何でしょう?」
まさか行商旅団の市場のように〝タクトに似合う服を見つけた〟などと言ってメイド服を出してくるのではないだろうな?
もしそうだったら本気で店から叩き出すぞ――と、タクトが身構えていると。
「あのね、タクトくん知ってる? もうすぐトゥサラガ王国に、あの『空島』が来るんだって!」
セラナは驚くべき情報を口にした。
「あ、タクトくんビックリした顔になってる! 知らなかったんだ、えへへー。職員室で先生たちが噂してるのを聞いたの。凄くない凄くない?」
空島――。
その名の通り、空に浮かぶ島のことだ。
しかし、ここがいくらファンタジーな異世界だからといって、普通の島は飛んだりしない。
だからこそ珍しい。
今から何千年も、もしかしたら何万年も前の古代文明が造り上げた謎の技術によって浮遊し続けている、島。
地上にはない鉱石、宝石。古代文明のマジックアイテム、書物、遺跡、などなど貴重なものが沢山あるらしい。
だが、高度五千ケメル――つまり一万メートル――を維持し、不規則に漂っているため調査が難しい。
そもそも生存領域に現われること自体が少ないのだ。
なにせ、この世界の大半は渾沌領域に覆われている。
空島もほとんどの時間を渾沌領域で過ごし、人の侵入を拒んでいた。
逆にいえば、辿り着いてしまえば一攫千金も夢ではない。
しかし辿り着いても、まだ問題がある。
空島は魔術師協会の管轄で、調査には協会の許可が必要。
発掘したものは全て協会に報告し、協会が欲しがっている物は協会に売らなければならない。
とはいえ、それでもリターンは大きい。
いつも空島は前触れなく生存領域に現われ、皆があれよあれよと言っている間に、また渾沌領域に行ってしまうのだが――。
「協会の魔術師が偶然、渾沌領域で見つけたんだって。こっちに向かってるって先生が行ってたよ! タクトくん、一緒に探険しに行こうよ!」
セラナは瞳を輝かせ、タクトに迫ってくる。
無理もない。
空島が来るとなれば、魔術にたずさわる者なら、どうしても好奇心を刺激されてしまう。
よって、彼女の気持ちは痛いほど分かる。
だが、絶対に駄目だ。
危険すぎる。
テーゲル山とは訳が違うのだ。




