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51 魔道古書店キリガクレ

 ララスギアの街から十ラトケメル。地球の単位でいえば二十キロメートルほど離れた場所にある、小さな岩山。

 その上はいつも霧に覆われており、しかも傾斜がほとんど垂直に近く、手をかけられそうな突起も少ない。

 つまり、空でも飛べない限り、山頂に辿り着くのは不可能ということだ。


 そんな岩山の山頂に、小さなログハウスが建っていた。

 入り口の上に、こんな看板が掲げられている。

〝魔導古書店キリガクレ〟

 何の捻りもなく、立地そのままの店名である。


 タクト・スメラギ・ラグナセカは、そのキリガクレで店長にコーヒーとショートケーキをご馳走になっていた。

 店内は古書店というよりはアンティークショップに近く、壁には絵画や木彫りの小物などが飾られ、ステンドグラスランプが幻想的な明かりを広げていた。

 無論、魔導古書店なのだから、魔導書も置いてある。

 しかし本棚よりも、店長が趣味で飾っている雑貨や、団欒するためのテーブルの方がスペースを取っている。

 そんな変わった古書店の店長は、店に輪をかけて変わり者だった。


 今、タクトの対面に座っているのは、体が人間で頭が馬という化物。

 これが――キリガクレの店長なのだ。


 もちろん、本当は人間なのだが、極度の恥ずかしがり屋で、素顔を絶対に晒そうとしない。

 いつも馬の被り物をしており、接客もその状態でやる。

 そんな怪物じみた格好のくせに、首から下は清楚な白いワンピースで、体つきも華奢で実に女性らしい。

 おまけに声がとても乙女チックという、存在自体がギャグのような人である。

 名前がローラというのも点数が高い。


「それにしても、タクトくんが『呪術大全・上巻』を持ってきてくれて、本当に助かったわ。うちの店、下巻はあるのに上巻がないから、並べたときに見栄えが悪くって」


「いえいえ。売れずにアジールで眠っていた本ですから。むしろローラさんが買ってくれて、ありがたいです」


 トゥサラガ王国にある魔導古書店は、組合で繋がっている。

 組合の加入店同士で本を売買することも多々あった。

 今日、タクトがキリガクレに来たのは、ローラから『呪術大全・上巻』を売ってくれ、と手紙で頼まれたからだ。


 タクトはこの本を一年半ほど前、客から七万イエンで購入した。

 店には二十万イエンで並べたが、なかなか売れない。

 そもそもアジールに来るお客さんは、呪術を扱う人が少ないのだ。

 いい加減、値下げしようかと迷っていたところ、ローラが買いたいと言い出した。

 同じ組合員ということで、タクトは店頭価格より安い十八万イエンで売った。

 ローラがいくらで並べるつもりかは知らないが、まあ、損をしないように商売するのだろう。


「ああ、ところでタクトくん。あの話知ってる? 長老が店畳むって」


 ローラは馬の口で器用にコーヒーを飲む。

 不思議な光景だ。


「長老が? 本当ですか、それ」


「だって、長老はもう百歳過ぎてるし。息子さんもお孫さんもダンジョン探索にご熱心で、古書店を継ぐつもりがないみたいだし」


 長老というのは、トゥサラガ魔導古書店組合で最高齢の組合員のあだ名である。

 ローラが言うとおり、百歳を超えていた。

 魔術師というのは一般人に比べて若さを保てる傾向にあるが、それでも百を超えると体のあちこちにガタがくる。

 店を畳むというのは寂しい話だが、仕方がないのかもしれない。


「それで、二週間後にララスギアの街で組合の競りがあるでしょ? そこに長老の店の本、全部出すらしいわよ」


「それは凄いですね。最高に盛り上がるじゃないですか」


 長老の店はかなり大きい。一万冊以上はあったはず。

 貴重な本も数多く、タクトが密かに狙っている本もあった。

 

「競りに向けて現金を用意しないといけませんね」


「それなんだけどタクトくん……どうも〝例の本〟が出てくるらしいわよ」


 ローラは低い声でそう呟いた。

〝例の本〟

 部外者が聞けば何のことやら分からないだろうが、トゥサラガ魔導古書店組合に加盟している者にとっては、特別な意味を持つ言葉だ。


「嘘でしょう!? いや、だって……あんなの噂に過ぎないでしょう。実際、長老自身は、例の本が実在しているなんて一言も――」


「言ったんだって。あるって。そして競りに出すって。組合長から聞いたんだから、確かよ」


「そうですか……いや、しかし。次の競りは荒れますね……」


 例の本――それは長老の店にあると噂されてきた、第二種グリモワールのことである。

 無論、店先には並んでおらず、長老や店員に聞いても、そんなものはないと言われてしまう。

 だが、ある程度実力がある魔術師なら、店に入った途端、違和感を感じるのだ。

 この店には何かがある、と。

 何か途方もないものが隠されているのでは、と。

 その真相は長年謎のままで、だからこそ『長老が第二種グリモワールを隠している』という噂が出てきた。

 そして――ここまで秘密にしているのだから、きっと凄いグリモワールに違いない。億単位の値段がするような、危ない本に決まっている――などと話が大きくなっていく。


 そんな〝例の本〟が出てきたら、組合員たちは目の色を変えて競り合うに違いない。

 むしろ、タクト自身が既に滾っている。


「その顔。タクトくんも競り合うつもりね。けど、私だって負けないわ。長老が隠していたグリモワール……もう、この肩書きだけでこの辺の魔術師が全員食いつきそうな本ですもの。キリガクレで落札するからね」


「おやおや、自信満々ですねローラさん。けれど、俺も負けませんよ。こっちは女神の面子がかかっていますから」


「ふふ。仮にクララメラ様ご本人が競りに来たって手加減しないから」


 タクトとローラの間に、火花がバチバチ散った。

 しかし、敵はローラだけではない。

 トゥサラガ魔導古書店組合に加入している店は十三店。

 うち一つは長老の店。よって、残る十二店で戦うのだ。

 そのどれもが強敵。

 勝つためには、今から準備を始めなければ。

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