05 扉
案内された先は、地下倉庫だった。
中に入らずとも、扉の前に立っただけで、肌に突き刺すような禍々しさが感じ取れる。
「これだけ呪符を使っているのに……中は凄いことになっていそうですね」
タクトは隣に立つ男を横目で見て、そう皮肉を飛ばしてみた。
「……仕方ないだろう。私が雇われた時点で、あのグリモワールは手が付けられないことになっていた。呪符を買い足して何とかしのいできたが、もう限界だな。なにより呪符に1000万イエンも使ってしまった。持っているだけで金が減っていく本など、アルファーノ・ファミリーにとって百害あって一利なし。このままだと連中、屋敷ごと放置して逃げ出すぞ」
そう語る彼は、さきほどタクトを取り囲んでいたチンピラとは違い、純粋な魔術師だ。
この扉の奥にある本を封印するために雇われているらしい。
しかし封印とはいいながら、やっていることは高価な呪符を幾枚も扉に貼り付けているだけ。
なんともお粗末な手法だ。
「なるほど。だから2000万の本を3000万で買えと凄んできたんですね」
本そのものは2000万で、呪符が1000万。合わせて3000万という単純な足し算。
ならず者にしては、むしろ良心的な価格と言えるだろう。
それにしても、「古書店に売りつけて出費を回収しよう」と彼らが思いついてくれて、本当に良かった。
このまま放置して逃げ出されたら――ほどなくして封印が破られ、中身があふれ出してくる。
扉越しでもこれほど感じるのだ。
外に漏れたなら、数十人単位で死者が出るような厄災が街を襲うだろう。
なにせ強力なグリモワールは、それ自体が魔力を持つ。
だからこそ魔術師協会はグリモワールの所有や譲渡、売買に制限を設けているのだ。
犯罪組織やら資産家やらが財テクとして所有し、ふと気がついたときには取り返しの付かないことになっていた、なんてよく聞く話。
「さて。ボチボチ始めましょうか」
「おい、ちょっと待て。扉を開けるつもりなのか……?」
「当然です。中に入らず、どうやって本を鑑定しろと? 怖いのなら、上で待っていてください」
タクトが涼しい顔で答えると、男は「うっ」と唸り、扉と階段を交互に見やる。
まだ子供のタクトが平然としているのに、大人の自分が怖じ気づくのは情けない。そう考えているのかもしれない。
しかし、正直なところ足手まといなので、さっさと消えて欲しいというのが本音だ。
そんなタクトの気持ちが伝わったのか、彼は「気をつけろよ」と言い残し、階段を上って行く。
「ご忠告にしたがい、少しは気をつけようか」
そう呟きながらも、タクトはまるで気負うことなく、指先に魔力を集中させる。
そして扉のふちをなぞり、積み重なって貼られていた無数の呪符を焼き、一瞬で炭化させた。
その瞬間、奥からあふれ出す魔力がより一層、禍々しくなっていく。
ぐずぐずしていると、冗談抜きでご近所が壊滅してしまう。
タクトは間髪入れずにドアノブを回し、中に押し入った。
内部は予想していたとおり、常人なら一呼吸しただけで絶命するほどの邪悪な魔力で満ちていた。
濃度が高すぎて、黒いモヤとして視認できるほど。
そんな状況でも、タクトは焦らない。
むしろ――。
これほどの力を宿しているのなら、さぞ素晴らしい魔導書なのだろうと歓喜していた。




