49 ステーキはミディアムレアで
タクトが分厚いステーキを焼いていると、珍しくクララメラが起こしてもいないのに二階から降りてきた。
ぐーたら女神もステーキの匂いには勝てなかったらしい。
「タクト、焼き加減はミディアムレアでお願いね」
「分かっていますよ。それとオニオンソースを作りました」
「あら素敵。タクトはいつお嫁に行っても大丈夫ねぇ」
「なにを馬鹿なことを言ってるんです。それより、起きたならちゃんと着替えて下さいよ」
「はーい」
クララメラは鼻歌を歌いながら自室に戻っていく。
彼女が着替えているうちに、三枚とも一気に焼いてしまおう。
なにせタクトの魔力でフライパンを熱しているのだから、火力は抜群だ。
面倒なので全てミディアムレア。
焼き上がったステーキを石の皿にのせ、トレイを持って待ち構えていたマオに渡す。
「これをテーブルの上に並べて。熱いから気をつけてね」
「お任せにゃん!」
マオは耳と尻尾を揺らしながら、三人分のステーキをテーブルまで運んでいく。
それにしても、食事の準備をする猫耳メイド幼女を自分の目で見ることになるとは思わなかった。
大変素晴らしい光景だ。
人生とは本当に何が起きるか分からない。
「タクト、マオちゃん。お待たせぇ」
クララメラは、ダブダブのTシャツにショートパンツという、女神にあるまじきラフな格好で現われた。
しかし、いつもはネグリジェのままウロウロしているので、これでもまだマシといえる。
「早く食べるにゃ。早くしないと口の中がヨダレで大洪水にゃ!」
「それは大変だ。じゃ、いただきます」
「いただきますにゃ!」
「はい、いただきます」
ナイフを入れた瞬間、ステーキから肉汁が溢れ出す。
口に入れると旨み成分が舌を強襲。あまりの快感に絶句してしまう。
ああ、奮発して高い肉を買ってきてよかった。
マオなど一口食べた瞬間、感涙している。
クララメラも目を見開き「あらあら!」と声を出す。
「これはワインも欲しいところね。確か二十年物があったはず……」
と言って、クララメラは棚の奥からワインボトルを取り出した。
「店長。それ開けちゃうんですか? 凄く高いんでしょ?」
「いいの、いいの。森の入り口にある祠に誰かがお供えしてくれた物だから。こういうのはパーッと飲まないと。それに、タクトとマオちゃんが無事に帰ってきたお祝い。そのまま異世界に行っちゃうかと心配してたんだから」
「だから、店長を置いて消えたりしませんって」
「そうね。分かってるけど……とにかく、美味しいお肉には美味しいワインが必要なのよ」
クララメラはニコニコした表情でボトルの栓を抜き、グラスに注ぐ。
その紫色の液体を、マオが興味深げに見つめていた。
「うにゃぁ? 葡萄ジュースかにゃ?」
「違うわよ、お酒よ。マオちゃんも一口飲んでみる?」
「飲むにゃ!」
マオは無邪気にグラスへ手を伸ばす。
タクトは慌ててそれを奪い取った。
「いや、駄目だぞマオ! お酒は大人になってから飲むものだ」
「子供が飲むとどうなってしまうのかにゃ?」
「ぶっ倒れる」
「にゃにゃ! 大変にゃ! クララメラはどうして私にそんな危険なものを飲ませようとしたにゃ!?」
マオは猫耳をピーンと立たせて驚きを顕わにする。
それから隣に座る女神を向いて問いただした。
「え、それは、ほら。酔っ払う猫耳幼女が見てみたくて」
「酷いにゃ酷いにゃ。マオはぶっ倒れたくないにゃー」
「ごめんなさい。お詫びにワインを一口飲ませてあげるから」
「わーい……って、騙されないにゃ!」
マオは怒ったり驚いたり喜んだりと百面相だ。
彼女がいるだけで、その場が一気に明るくなる。
セラナも似たような性質を持っているが――二人を対面させたらどうなってしまうのだろう。
そろそろ引き合わせてみるのも一興かもしれない。
「二人とも、食事中に騒がないでくださいよ。特に店長。あんまりマオにイタズラしないでくださいね」
「ええ? だってタクトが大きくなってイタズラさせてくれなくなったから……ねえマオちゃん。あとで一緒にお風呂に入りましょう」
「入るにゃー」
クララメラの表情はイタズラする気で溢れかえっている。
なにせこの女神様、相手が可愛いと虐めたくて虐めたくて我を忘れてしまうのだ。
タクトだって五歳くらいまでは色々と――
まあ、ここらで一度、マオはクララメラの脅威を体験しておくべきかもしれない。
一つ屋根の下で暮らすのだ。
取り返しのつかないことになる前に、警戒心を養うべきである。
「ところでタクト。次元回廊について収穫はあったの?」
「一応、ありましたよ。とはいっても、小さなメモ帳だけですが」
タクトはステーキを食べながら、カマルの森での出来事をかいつまんで説明した。
「ふーん……次元回廊の研究なんて気が遠くなりそうなことを真面目にやっている人がいたのねぇ。それにしてもグラド・エルヴァスティ……聞いたことないわ」
「店長はずっと眠っていたから知らないだけでは?」
「あら酷い。否定は出来ないけど。でも、次元回廊が開く時間と場所を予測できるくらい有能だったんでしょ? なら、もっと有名になってもいいと思うんだけど……もしかして、別の国から来たとか?」
「ああ、なるほど。それは考えられます」
タクトたちがいるトゥサラガ王国の外側には渾沌領域が広がっている。
宇宙空間を旅するのに匹敵するほど過酷な環境であり、そのせいで別の国の情報はなかなか入ってこない。
「そもそもマオの記憶が間違っている可能性もあるにゃ! 記憶の怪しさにかんしては自信があるにゃ!」
そんなことに自信を持ってどうするのか。
「あらあら。マオちゃんは本当に可愛いわねぇ」
「はにゃー、褒められちゃったにゃー」
クララメラに撫でられ、マオはご満悦な様子だった。
色々と間違っているような気がするが、可愛いのでよしとしよう。




