46 ぺったんこ
魔導古書店アジールは、来るときも帰るときも、森の二重結界に立ち向かわなくてはならない。
よって、店員であるタクトも街へ繰り出すときは、客と同じように結界を突破している。
タクトほどの魔術師ともなれば、森の二重結界ごとき、まるで苦にならないのだ。
だが、マオは違う。
マオはただの猫耳幼女だ。
自分の力で結界に立ち向かっても、跳ね返されてひっくり返るのがオチ。
「マオ。森を歩くときは俺の手を離しちゃ駄目だよ。君に二重結界の効果が及ばないよう、術式を展開し続けるから」
「にゃん!」
マオは嬉しそうにタクトの手を握って、スキップしながら森を進んだ。
それから街につくと二人で『おやつ用&非常食用』としてビスケットを買ってから、ホウキに跨がる。
忘れ物がないことを確認してから、タクトは背中にマオを乗せて飛び立った。
「はにゃ! ほんとに飛んでるにゃ!」
「そりゃ飛ぶよ。地球にいた頃の俺らなんか、ホウキも使わず、サイヤ人みたいに飛び交ってたじゃないか」
「うにゃぁ? そういえば、そんな記憶もマオの中にあるにゃー」
高度を上げ、ララスギアの街が小さくなっていく中。
タクトにしがみつくマオは、呑気ににゃんにゃんしている。
これから魔王をも封印した魔術師のすみかに向かうというのに。
究極の魔術ともいえる次元回廊の秘密が顕わになるかもというのに。
「しかし。君は本当にマオであって、魔王じゃないんだなぁ」
「にゃにゃ? そんなの当たり前にゃ! マオはマオにゃん!」
にゃーん、と言って猫耳ホムンクルスは、タクトの腰に回した腕に力を込める
これがもし、セラナやクララメラだったら、押しつけられる胸の柔らかさで大変なことになっていただろう。
しかし、だ。
マオに限ってその心配は皆無。
なぜなら――ぺったんこだからだ。
「安心というか……残念というか……」
「何のことにゃ?」
「別に。俺の個人的な趣味の話だから、気にしないでくれ」
「にゃー?」
マオは不思議そうな声を上げる。
分からないなら分からないでいい。
むしろ、そのほうがありがたい。
まさか〝俺は大きなおっぱいを押しつけられるのが好きです〟などと暴露するわけにもいわかない。
しかし、マオに罪はなかった。
マオのおっぱいが小さいのは、そう設計したハンバート社が悪いのだ。
許さんぞ、ロリコン。
大きなおっぱいは偉大なり!
「はにゃにゃ!? タクト、ホウキを加速させすぎにゃん!」
そう言われてタクトは、知らず知らずのうちに、自分が音速の五倍まで加速していたことに気が付く。
「ああ、ごめんごめん。でも、目的地についたから。あれがカマルの森だね」
タクトはホウキを減速させ、眼下に広がる森を眺める。
それは緑色ではなく――紫色の木々が広がる森だった。
もう、この時点で視覚的におかしい。
踵を返したくなる。
だが、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
見た目が怪しかろうと、飛び込むしかない。
「にゃーん。あれにゃ、あの森にゃ。何か見覚えがあるにゃ!」
「うん。あれがカマルの森だよ。とはいっても、結構広いけど……ま、適当に降りるか」
カマルの森は、小さな山一つを覆い尽くしている。
そこには川があり、滝があり、湖もある。
本来なら、風光明媚といえるのだろうが、立ちこめる禍々しさで全てが台無しになっていた。
「にゃー……近くに川があったような、そんな気がするにゃ」
「本当? じゃ、川に降りるよ」
現状、手がかりはマオの記憶しかない。
そのマオが〝川〟だと言えば、タクトとしてはそれに従うしかないのだ。
カマルの森に流れる川は、幅が十メートル程のもの。
深さも流れもゆるやかで、外見上は普通の川だった。
しかし、魚が一匹も泳いでいない。
「マオ。あの川には近づかない方がいいよ」
「どうしてにゃ?」
説明するよりも、見た方が早い。
タクトはその辺の枝を拾って、川に投げ捨てた。
その瞬間、ジュッという音とともに、枝が融けて消え去った。
「はにゃにゃ! 危ないにゃ、危険にゃ、一巻の終わりにゃ!」
マオは耳と尻尾の毛を逆立てて、タクトの背中に隠れる。
「近づかなければいいだけなんだけど……でも、そうだね。この森は魔術師ですら滅多に来ない場所だ。何が起きるか分からない。俺のそばを離れちゃ駄目だよ、マオ」
「了解にゃ! マオはタクトの手をギュッと握って離さないにゃ!」
と言って、彼女は小さな手でタクトの手を握りしめる。
なるほど。これなら離ればなれになることはない。
そしてマオは握った手をブンブンと振って、何やらご機嫌な様子だ。
耳もピコピコしていて可愛らしい。
タクトはそれを撫でながら、川の流れを遡って二人で歩き始めた。




