43 メイド服入手
カビの繁殖を早送りで見ているよう――という表現は少々失礼かもしれないが、本当にそのくらいの速さで彼らは草原に広がり、露店を組み立て始めた。
椅子と木箱を置き、商品を並べるだけという最も簡素な店は、到着から十分足らずで商売を開始する。
テントを組んだ店も、場所取りと陳列をいれて一時間で開店だ。
なんと木製の小屋を組み立て始めた猛者もいるが、それだって明日には営業を始めているだろう。
ララスギアの隣にもう一つ街が出現したような状態だが、行商旅団が来たときはこれが普通なのだ。
買い物客も慣れたもので、既に商品を物色している。
タクトもそれに混ざり、古書店を探す。
が、途中で我に返り、マオの服を買いに来たのだと思い出した。
「うーん……やっぱり古書が見たい。いや、古書店の店員として見ておくべきだろう。マオの服なんていつでも買えるけど、本は一期一会。チャンスを逃したら二度と出会えないかも知れない。マオにはしばらく俺のお下がりでも着せておこう」
と、タクトは自分でもどうかと思う理論で自己正当化を行ない、せっかく発見した服屋を通り過ぎて古書店を探そうとした。
そのとき、服屋のテントから、よく知っている少女の声がした。
「あっ、タクトくんだ!」
テントから出てきたのは、ララスギア魔術学園の制服を着た、銀髪の少女。
セラナ・ライトランスである。
「奇遇ですね、セラナさん」
「そうね。私もまさかタクトくんと会うとは思ってなかったわ。タクトくんは何を買いに来たの?」
「えっと、まずは古書を。それから時間があまったら服でも見ようかな、と」
「へぇ……あっ、そうだ。本の代金、残りの五千イエン。今返しちゃうわ」
セラナはローブの裏ポケットから財布を出し、五千イエン紙幣を差し出してきた。
「いいんですかセラナさん?」
「今日、実家から生活費が振り込まれたばかりだから大丈夫よ!」
「そうですか。まあ、約束だったので受け取ります。けど、月末に苦しくなったりしませんか……?」
「うぅ……節約頑張るわ……とりあえず今日は何も買わないで帰ることにする……」
セラナは肩を落とし、トボトボと服屋から離れていこうとした。
「けど、セラナさん。セラナさんって、いっつも制服着てますよね。他に服ないんですか? 買った方がいいと思いますよ、流石に」
「え……!? いや、これはその……制服は二着あるから! ちゃんとローテーションして洗濯してるから! 臭くないでしょ!?」
「まあ、臭くはありませんけど。年頃の女の子としてどうなんですか、それは」
「だって……仕送り少ないし……勉強大変だからバイトする時間もないし……」
セラナは胸の前で指をからめつつ、モゴモゴと言い訳をした。
しかし実際のところ、魔術学園に通っていたらバイトする時間などないだろう。
シンシアのように家が金持ちなら問題ないが、少ない仕送りでやりくりするとなると、必然的に苦学生になってしまう。
むしろバイトなどをして生活費に余裕を作るとということは、勉強をおろそかにしている証明だ。
「仕方がありません。ここで会ったのも何かの縁ですし。俺が服を買ってあげましょう」
「えっ? だ、駄目よ! 本の支払いを待ってもらって、パスタ奢ってもらって、宝石手に入れるの手伝ってもらって、校内トーナメントで命を助けてもらったのに……更に服までタクトくんに依存したら、本当にタクトくんなしじゃ生きていけなくなっちゃう!」
「……言われてみると、セラナさんって俺に頼りっきりですね。いっそ結婚でもしますか?」
いつか宝石店で言われた冗談。
それをタクトの口から出してみると、セラナは真っ赤になって後ずさった。
「け、けっこ、結婚!? タクトくんと、そんな、結構なことを……! ま、まだ私たちには早すぎ……だって出会ってからそんなに経ってないし……!」
「何をうろたえているんですか。冗談ですよ、もう」
「あ……うん、冗談、よね。でも……タクトくんのウェディングドレスかぁ……似合いそうだわ!」
セラナは目を輝かせ、夢見る乙女の表情になる。
「いや、いやいや。ちょっと待ってください。何で俺がウェディングドレスなんですか? そこはセラナさんでしょう、普通に考えて。いや、どう考えても」
「私もそりゃ着てみたいけど……絶対タクトくんの方が似合うと思うのよ!」
なぜかセラナはグッと親指を立てて力説してくる。
タクトの頭脳では理解できない説だった。
「いい加減にしてください! 俺だって怒るときは怒るんですよ!」
「え、あ、はい、ごめんなさい! あれ、どうして私、怒られてるのかしら……褒めたつもりなのに……」
「それで褒めたつもりになってるのが意味分かりませんよ……それで、セラナさんは買いたい服があるんですか?」
「うん! あのね、この店に凄く欲しい服があったんだけど、ちょっと高かったから諦めたのよ!」
そう言ってセラナはテントの中に入っていく。
タクトがそれを追いかけると、セラナは目当ての服を持って待ち構えていた。
濃紺のワンピースに白いエプロン。
端的に言えばメイド服だ。
「……セラナさん。メイド服が欲しいんですか?」
「うん、欲しい! タクトくんにとても似合うと思うのよ!」
かなり言っている意味が分からない。
セラナはおかしくなってしまったのか?
それともタクトの耳が変なのか?
「解説をお願いします」
「解説? そのままの意味だけど……タクトくんに着せたくて買おうと思ったんだけど、一万イエンもするのよ! でもタクトくん買ってくれるんでしょ?」
「ケンカを売っているんですか? ええ、買いましょう。表に出てください」
「ふぇ!? どうして怒ってるの!? だってこれウェディングドレスじゃないわよ!」
「そういう問題じゃないでしょう」
「そういう問題じゃないんだ……」
セラナはメイド服とタクトを見比べ、残念そうにため息を吐いた。
実に困った人だ。
「そもそも。そのメイド服、サイズが小さすぎるじゃないですか。十歳くらいの子が着るサイズですよ」
「え、そうかな……あ、ほんとだ! タクトくんって意外と大きいのね! 私、タクトくんって凄く小さくて可愛いってイメージだったから、とにかく小さいの選んだんだけど」
「殴られたいのか」
「ふぁっ? い、今の地の底から響いたような声はなに!? タクトくんいつの間に声変わりしたの!」
タクトがドスを効かせた声で威嚇すると、セラナは涙目になってアタフタする。
その仕草が可愛いから、かろうじて許すことにしよう。
だが次はないと思え。
「しかし、そのメイド服は使えそうですね。俺が買います。セラナさんは自分用の服を選んで下さい」
「う、うん……けどタクトくんには小さいんでしょ? どうするの?」
「実はアジールの手伝いをさせるため、ホムンクルスを買ったんですよ。このくらいの服がピッタリだと思うので」
「へぇ、ホムンクルスかぁ……学園にも何体かいるわよ。売店とか食堂で雑用してる。みんな可愛いのよね。あ、タクトくんには劣るけどね!」
「……はぁ。それはもう宣戦布告と判断しますね。じゃ、さようなら」
いい加減、忍耐の限界を向かえたタクトは、セラナを無視してメイド服の会計をし、店を出て行った。
「あ、あれ? タクトくん帰っちゃうの!? 私に服を買ってくれるんじゃ……おーい、タクトくーん!」
セラナの声を背に受けながら、タクトは帰路についた。
それにしても。
怒りのあまり、古書店に寄るのを忘れたのは不覚だった。
明日もう一度来なければ。
毎日更新はここまでです。あとはちまちま更新していきます。
隔日更新が目標です。




