42 ギガントドラゴン
十時間で解放すると言ったにもかかわらず、次の日の朝になっても二人は部屋から出てこなかった。
心配になったタクトが様子を見に行くと、クララメラとマオは抱き合ってスヤスヤ眠っていた。
しかも部屋にはボードゲームやカードゲームの類いが散乱しており、どうやら普通に仲良く遊んでいたらしい。
安心したが拍子抜けでもある。
「二人が寝ている間に、マオの服でも買ってくるか。ちょうど今日は、行商旅団が来る日だし」
タクトは乱れた布団を直してやってから街に出た。
いつも人で賑わっている商店街だが、今日はほとんど誰もいない。
それどころか、開いている店そのものが少なかった。
なぜなら今日は、行商旅団が来る日なのだ。
ゆえにララスギアの住民も、それどころか周辺の町や村の人々もそちらに集まっている。
行商旅団は言葉の通り、行商人の集団だ。
生存領域から生存領域へ。国から国へ。
渾沌領域を走破して、分断された人類をかろうじて繋げる、流浪の者たち。
約一年ほどかけて五つの生存領域を周り、それぞれの特産品を買い集め、次の生存領域で売りさばき、また次の場所へと向かっていく。
扱う品は、絵画や彫刻などの芸術品。
書籍全般。武器、防具。
植物。鉱物資源。
魔術を使った冷凍庫もあるので、食物も運搬する。
サーカスの一団、凄腕の占い師なども旅に同行しているから、行商旅団が滞在しているときは、催し物も開かれる。
行商旅団が滞在するのは、いつもララスギアの外縁部と決まっている。
なぜなら、彼らの乗り物が巨大すぎて、街中まで入ることが不可能だから。
それが近づいてくる光景は、なかなかに迫力があった。
タクトも久しぶりに見たいので、外縁部にある丘へと急ぐ。
時刻は朝の八時。
丘の上には既に千人以上の人だかりが出来ていて、物好きな連中が行商旅団の来訪を見物しようと必死になっていた。
なかには酒盛りをしている集団もいる。完全にお祭り騒ぎだ。
だが、タクトも気持ちは分かる。
実際、十四歳の体でなければ酒盛りに混ざりたいくらいだ。
タクトがビール瓶を恨めしそうに見ていると――どこからか歓声が上がった。
「地鳴りだ! 行商旅団が近いぞ!」
その言葉どおり、かすかに地面が揺れている。
そしてドスン、ドスンと規則正しく、草原の向こうから音が近づいてきた。
巨大な生物の足音――。
時間の経過とともに足音は大きくなって、ついに地平線から顔が現われた。
「うおぉ――ッ! 相変わらずでっけぇぇぇ!」
浮かび上がる二つの瞳。
距離が遠すぎて色が減衰しているが、緑のウロコはここからでもハッキリ見える。
続けて牙、顎、首と上ってきて――ようやく全容が視界に収まった。
馬鹿げた大きさの、四足歩行ドラゴンだ。
東宝特撮の映画から抜け出してきたような相貌であるが、無論、この世界には東宝も円谷英二も存在しない。
これは映画ではなく現実。
頭から尻尾までの全長が二百メートルに迫る巨大怪獣。ギガントドラゴン。
それが、自分の体と同じくらい大きな『箱』を引きずって、ララスギアに向かって歩いてくる。
その箱こそが、行商旅団の居住区にして倉庫。
外壁に施した防御結界によって渾沌領域に耐え、ギガントドラゴンに牽引させて世界を旅する集団。
その外見も、生き様も、箱の中身も、何もかもが『男の子のロマン』を刺激してくる。
タクトはがらにもなく、ギガントドラゴンの巨体を見上げながらワクワクしてしまった。
やがてギガントドラゴンは丘の前に辿り着き「どっこいしょ」と言いたげな仕草で座り込む。
これから約十日ほど、ギガントドラゴンはララスギアで休み、樹の特異点から吹き出すマナを食べて英気を養うのだ。
そしてお腹一杯になったら、また次の樹の特異点付近に行き、食事をする。
よって、行商旅団の滞在期間も約十日間。
タクトたちが見ている前で、箱から沢山の人が降りてきた。
背に荷物を背負った者。
リアカーを引く者。
馬車に乗った者。
そのほとんど全てが商人。
さあ。露店祭りの始まりだ。




