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41 女神襲来

「ところでタクト。マオはお腹が減ったにゃ! ペコペコにゃ!」


「そっか……まあ五十年も何も食べてなきゃ、お腹も減るだろうな。何か食べたいものはある? 可能な限りリクエストに応えて作るよ」


「タクトが作ってくれるなら何でも食べるにゃ!」


 と、マオがお腹をさすりながら言うので、タクトはペペロンチーノを作ってやることにした。


 こちらの世界にもパスタはあるし、唐辛子だってある。

 塩もニンニクもオリーブオイルも簡単に手に入る。

 治安がよい上に、エミリーのような運送屋が頑張っているお陰だ。


「はい。お待たせ」


「にゃ! 美味しそうにゃ、いただきますにゃ」


 店の奥にあるダイニングキッチンで、マオはペペロンチーノを前に舌なめずりした。


 魔王の魂が混じっているのに、マオは礼儀正しく「いただきます」を言ってからフォークを手に持つ。

 そしてペペロンチーノを幸せそうな笑顔で頬張る姿は天使のようだ。

 タクトは今、ハンバート氏が幼女に狂った理由の一端を垣間見た。


「それで、マオ。君の中にある魔王の記憶って、どのくらいハッキリしてるんだ?」


「にゃー。ちょっとずつ思い出してきたにゃ。地球という星でタクトと戦っているシーンが目に浮かぶにゃ。そして、気が付いたらこっちの世界で魔物になってたにゃ。んでんで、魔術師とケンカして封印されちゃったにゃ!」


「うーん……それじゃ参考にならないな。俺に倒された直後。つまりこっちの世界に来たときのことを詳しく思い出せないか? 例えば――次元回廊って言葉に聞き覚えは?」


「次元回廊にゃ……?」


 マオはペペロンチーノをフォークでぐるぐる巻きにしながら考え込む。

 タクトとしても特に期待しないで尋ねてみたのだが――意外なことにマオは唐辛子を口に入れながら「にゃ!」と頷いた。


「何か思い出したのか?」


「にゃにゃ! マオを本に閉じ込めたその魔術師が次元回廊の研究をしていたにゃ。確か、次元回廊が開いたのを察知してマオを捕まえに来たと言っていたにゃ。そうにゃ、マオは転生してすぐに捕まったのにゃ! それでマオを本に閉じ込めてから、周りを調べたり、マオを調べたり……そいつの家がどこにあったのかは……ええっと、もうちょっとで思い出せそうにゃ!」


 マオはそう一通り語ってから、


「にゃぁぁぁっ! 唐辛子辛いにゃぁぁああああっ!」


 目を血走らせ、舌を出しながら叫ぶ。


「そりゃ……唐辛子だけを一気に食べたら……」


「はにゃぁぁ……タクトが作ってくれたものを残したら失礼になると思ったにゃぁ……」


「唐辛子は残していいよ。はい、お水」


「にゃー、ありがとにゃー」


 マオはタクトが差し出したコップを受け取り、ゴクゴクと一気に飲み干す。

 口の端から水がこぼれ、スリップが透けて肌色が見える。

 無防備すぎて困ったものだ。


 それにしても、魔王の記憶を引き出すという目的は、一定の成果を上げた。

 マオを――ではなく、魔王をグリモワールに閉じ込めた魔術師は、タクトと同じく次元回廊の研究をしていたのだ。

 そして、マオはその魔術師の家を知っていると言う。


 二百年も前の話なので、まだ家が残っているかは疑問だが、そこに行ってみる価値はある。


 そうタクトが考えていると、二階で寝ていたはずの女神様が眠そうな顔で降りてきた。


「タクトぉ……さっきからニャーニャーうるさいけど……もしかして猫でも拾ってきたの……?」


 ネグリジェのままダイニングキッチンに現われたクララメラであるが、パスタをモグモグするマオを見た瞬間、カッと目を見開き、黄色い悲鳴を上げる。


「――ッ! ッッッ!? な、なに、どうしたのこの子! こんな……こんな可愛い猫耳幼女がアジールに!?」


「何を発狂しているんですか店長。CL01を買ったって、前に教えたじゃないですか。忘れたんですか? さっき届いたんです」


「そ、そう言えば聞いた気がするけど……ここまで可愛いなんて……どういうこと!」


 それはこっちの台詞だ。

 その取り乱しかたはどういうことなのだ。

 女神としての威厳というものを、もう少し考えて欲しい。


「にゃぁ? どちら様にゃ?」


「ああ、紹介しておくよマオ。この人はクララメラ。この魔導古書店アジールの店長だ」


「はにゃー、店長しゃん。偉い人にゃ! よろしくお願いしますにゃ。私はマオにゃ!」


 マオは椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。

 よく出来たホムンクルスである。

 ハンバート社の人工魂にも、魔王の魂にも、こんな礼儀正しさはないはずだ。

 二つが混じったことにより、よい効果を生んでいるのだろう。


「あらー、可愛いうえにお利口さんなんのねぇ。そう、マオちゃんっていうの……あらあら、そうなのねぇ、あらー」


 クララメラは「あらー」と連呼しながら、マオをひょいと担ぎ上げ、ダイニングから出て行こうとする。


「にゃにゃ!? マオはどこに連れて行かれちゃうのかにゃっ!」


「そうですよ店長。どうするつもりですか」


「決まってるじゃない。こんなに可愛い猫耳幼女。抱き枕にしない手はないわ! 大丈夫。十時間くらいしたら解放するから。それまでは貸して!」


 クララメラは鬼気迫る表情でタクトを睨む。

 あまりの気迫に、タクトですら怯んだ。


 どうやら逆らわないほうがいいらしい。


 本当に十時間でマオを解放するのかは分からないが、別に食べてしまうわけでもないし。

 ここは大人しく渡すのがベターだ。


「分かりました。お休みなさい」


「はーい。じゃマオちゃん。私とにゃんにゃんしましょうねー」


「ふにゃ!? 何だか言葉の端々から怪しい気配がするにゃ! タクト、助けてにゃー!」


 マオはクララメラの肩に担がれながら、手を振り回しタクトに助けを求める。

 しかし、タクトは無言で微笑し、手を振るだけ。

 有り体に言うと、見捨てた。


 仕方がない。


 クララメラが〝あらー〟状態になると、手が付けられないのだ。

 下手に妨害すると、タクトに被害が出る。

 ここは一つ、マオに耐えて頂こう。

 なにせ、これからアジールで暮らしていくのだ。

 この程度の試練、乗り越えることが出来ないでどうする!


「にゃぁ! この人、マオのふともも触ってくるにゃ! ヤバイにゃ変態にゃ! はにゃぁぁあぁぁあっ!」


 クララメラが階段を登るにつれ、マオの悲鳴も遠ざかっていく。

 あとで助けに行くからな――と、タクトは誓ったが、助ける方法は特に思いつかなかった。

 頑張れマオ!

 君の可愛さは忘れない!

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