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04 交渉開始

 西暦201X年。地球に魔族が出現した。

 いまだ詳しいことは分からないが、魔族は『世界の裏側』という場所に生息していて、それが表側を支配するために侵攻してきた〝らしい〟のだ。


 魔族が実際のところ何者だったのか。それを確かめるすべはもうない。

 なにせ拓斗は別の世界に転生し、タクトになってしまったから――。


 そして、魔族の侵攻と時を同じくして、特殊な能力を持った子供が生まれてくるようになった。

 その子供たちは、体のどこかに紋章が浮かび上がり、軍用兵器すら凌駕する戦闘力を持っていた。

 人類はそんな子供たちを『魔術師』と呼び、魔族との戦いに投入した。

 皇城拓斗は魔術師の中でも最強の力を有し、『勇者』と呼ばれ、主力となって前線に立ち――そして日本列島の上空で魔族の王と戦い、倒した、はずだった。


 だが、魔王にトドメを刺した瞬間、拓斗は光に包まれ、ふと気がつくと魔導古書店アジールの近くに倒れていたのだ。

 それも、赤ん坊の体になって。


 一時はパニックに陥っていたが、幸いにも拾ってくれたアジールの店長は心優しい女性で、どこの誰かも分からないタクトを育ててくれた。

 また、こちらの世界の言語は日本語に近く、習得にさほど苦労がなかった。

 何よりもありがたいのは、勇者と呼ばれていた頃の力が、そっくりそのままこの身に宿っていたことである。


 地球における魔術師と、こちらの世界の魔術師。

 魔術の体系も役割も違うが、こと戦闘力という一点において、地球のほうが遙かに勝っていた。

 ゆえに、地球で最強といわれたタクトは、こちらの世界でも敵なし。

 比喩や誇張抜きに一騎当千だと自負している。


「おい、ボウズ。実はな。10年ほど前に2000万イエンの借金の担保としてもらった魔導書があるんだが……それを買い取って欲しい。そうだな……プレミアが付いているだろうから、3000万イエンでどうだ?」


「ご冗談を。まだ現物を見ていないのに確約など出来ません。それに2000万や3000万といったレベルの魔導書となれば、第三種か第二種指定グリモワールでしょう? 譲渡にも所有にも、魔術師協会の許可が必要です。失礼ですが、所有許可証はお持ちですか?」


 タクトは慇懃無礼ながらも、一応は商売用の笑顔を浮かべて優しく言ってやったのに、ギャングたちはもう沸点に達してしまった。


「うるせぇ! 黙って頷けばいいんだよこのガキ! 頭切り落とされたいんかボケェ!」


 十四人は一斉に抜剣。

 そのうち三人は魔術の心得があるらしく、刃に魔力を流し強度と切れ味に補正をかけていた。

 対するタクトは丸腰。完全に囲まれているので逃げ出す隙間もない。

 しかし、相手が何人であろうと、タクトにとって関係なかった。


 ソファーに腰掛けたまま、足下から魔法陣を部屋いっぱいに広げる。

 魔術式の高速展開。高速演算。高速実行。


 結果――


「か、体が動かねぇ……!」


 あれだけ粋がっていたギャングたちだが、剣を振りかぶった姿勢のまま、彫刻のように制止していた。

 もっとも、呼吸や瞬きまで禁じるのは可愛そうなので、顔面だけは動けるようにしてある。


「失礼とは思いましたが、俺は臆病なので。剣を持った人たちに脅されながら交渉するのは苦手なんですよ。だから少しだけ魔術を使いました。会話は問題なく出来ますね? では話し合いましょうか」


 タクトは足を組み、背もたれに体を預け、リラックスして語る。

 声色だってフレンドリーだ。

 とても親しみやすい雰囲気を出しているはず。

 なのにギャングたちの表情は恐怖に染まり、脂汗を流していた。


「こ、これをテメェが……? こんな複雑な魔術を、この人数に、あれだけの時間で!?」


「はい、そうです。魔術師としての俺の実力は分かってもらえたようですね。ご安心ください。古書店の店員としても、それなりであると自負しています」


 にっこりと満面の笑み。

 自分で言うのも何だが、タクトの容姿は、商店街のおばちゃんたちから「息子にしたい」と言われるほど愛らしい。

 そんなタクトが微笑んでいるのだから、きっと彼らの緊張も和らぐはず。


「拘束をといても俺に危害を加えないと誓ってもらえるなら、今すぐ魔術を解除しましょう。皆さんを苦しめるのは本意ではありません。もっとも、約束を違えた場合、次は痛い目を見てもらいますが」


 間接を逆に曲げますよ――と、タクトは笑う。

 赤ずきんを前にした狼のように、ニタリと。


 それからギャングたちを見回し、彼らの表情からこちらの思いが伝わっていることを確認してから、魔術を解除する。

 当然、誰一人として襲ってこない。声すら上げない。

 壁際まで後退し、震える瞳でタクトを見つめるだけ。


 これで少しは交渉がやりやすくなった。

 タクトはそのことに満足し、今度こそ心の底から笑う。


「さて。そろそろ魔導書を見せてください」


 はたしてどんなものが出てくるのだろう。

 古書店にとって、仕入れこそ醍醐味。

 ああ、何度やっても心が躍る。

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