39 バールのようなもの
扉に休業日の札をかけ、それから二重結界の強度を最大まで上げた。
これで誰もアジールに近づけない。
クララメラも二階で眠っているし、ゆっくりと作業が出来る。
「さて、と」
タクトは袖をまくり、床に置いた木箱を眺める。
まずはバールのようなもの――というかバールそのもの――でクギを抜いてフタを開ける作業からだ。
魔術師らしからぬ作業だが、このホムンクルスは一般人向けに販売されていたものだから、魔術師らしい梱包がされていない。
「よし、これでクギは全部抜いたな。中身は大丈夫かな? なにせ五十年も前のホムンクルスだから……腐ってる可能性も……」
猫耳幼女の腐乱死体が出てきたら、流石のタクトも腰を抜かす。
恐る恐るフタをずらしていくと――中から冷気が漏れてきた。
ハンバート社がホムンクルスの品質を保つために施した冷凍魔術が、今も機能していたのだ。
つまり、ホムンクルスの保存状態は良好ということ。
「へぇ……こりゃ確かに……人気が出るのも頷けるな」
木箱の中に入っていた折のは、十歳前後の少女の姿をしたホムンクルス。
少し力を入れれば、折れてしまいそうな華奢な体。
新雪のように白い肌。
漆黒の髪は腰まで伸びて、その頭には猫の耳。
お尻の上からは尻尾が伸びている。
それらの肢体の上には薄いスリップが一枚あるだけで、タクトとしては目のやり場に困ってしまう。
「で、初回起動用の人工魂は……これだな」
猫耳ホムンクルスと一緒に、木箱の中にはガラスの小瓶が入っていた。
その中には、白く光る球体が浮かんでいる。
これを飲ませることによってホムンクルスは動き出すのだ。
人工魂がなければホムンクルスは肉で出来た人形に過ぎない。
ようはパソコンとOSの関係である。
「えっと、付属の人工魂に別の魂を混ぜるときは……同じ瓶にいれて振ればいいんだよな、たしか」
タクトは店の本棚から『人工魂自作マニュアル』という本を取り出し、パラパラとめくる。
「よし。大丈夫だ。丁寧に混ぜろってしか書いてない」
難しいのは魂を作ることであって、混ぜることそのものは誰でも出来る。
だが、タクトは魂を作ったことがないし、作るつもりもない。
なぜなら、タクトが混ぜようとしているのは、グリモワールに封印されている、魔王の魂なのだから。
「まずは本から取り出す」
タクトがパチンと指を鳴らすと、カウンターの上に置いたグリモワールから、黒い火の玉が飛び出した。
それが暴れ出す前に封印術式で拘束し、指で摘んで瓶の中に閉じ込める。
白と黒の二つの魂――それらが入った小瓶をタクトは、思いっきりシェイクした。
バーテンダーがカクテルを作るように、白黒が均一になるように徹底的に。
三十秒ほど経ってから瓶を見ると、中身は既に原形をとどめないほどドロドロになっており、灰色に混じり合っていた。
「これを飲ませて……あ、違う。その前に首輪だ」
すんでのところで思い出し、タクトはカウンターの引き出しに入れておいた首輪を取り出す。
その内側には細かい模様が刻まれている。全て封印用の魔術回路だ。
グリモワールの中身を参考に、タクトが組み上げたものである。
これがあれば、魔王の意志がホムンクルスを乗っ取ろうとしても、未然に防ぐことができるのだ。
タクトは首輪をホムンクルスに装着させ、それから灰色になった人工魂を飲ませる。
これで、魔王の記憶を持ったホムンクルスとなって動き出すはずだ。
ここで重要なのは、魔王の〝意志〟そのものがホムンクルスに宿るのではなく、あくまで魔王の〝記憶〟を持っているだけ、ということだ。
上手くいけば、魔王の邪悪さや、タクトに対する怨みが消滅し、知識だけを引き出すことが可能となる。
「おい。起きろ。まさか壊れているわけじゃないだろ?」
タクトはホムンクルスの上半身を抱き起こし、頬をペチペチ叩いた。
すると彼女はゆっくりと目を開け、そして――
「にゃ……にゃぁ……ここはどこにゃあ……」
と、ノンビリした声を出す。
とてもではないが、魔王には見えない。
どうやら魔王の意志を消すことに成功したらしい。
だが、それにしてもノンビリし過ぎている。
記憶はちゃんと残っているのだろうか。
「お前、俺のことが分かるか? お前の中にある魔王の記憶が、俺を知っているだろう?」
不安になったタクトがそう尋ねると、猫耳ホムンクルスは不思議そうに首をかしげ、
「うにゃぁ?」
と、可愛らしく呟いた。
――ま、まずい……俺、何か失敗した、のか……?




